第七話 冒険者カイトの発見①
第七話
ロードロックの冒険者であるカイトは、街に戻る最中、不審な魔力の動きを感じた。
最初に気づいたのは魔導士のメリンダとハーフエルフのシエルだった。さらに近づけば俺達でも魔力の出所を探知することができた。
「これは、新たなダンジョンが生まれたみたいだな」
俺の言葉に全員がうなずいた。毎日のように歩いている道のすぐそばに、ダンジョンができるとは思ってもみなかった。
しかし運のないダンジョンだ。一昨日ここを通った時にはこんな魔力の波長はなかった。つまり今日か昨日できたばかりということ。
「ついてないダンジョンだな。そして俺たちはついている」
俺の言葉に、みんなが笑った。
できたばかりのダンジョンを、最初に発見できたのは幸運だ。
強力なモンスターや罠を持つダンジョンとはいえ、できたばかりでは弱くもろい。簡単に攻略できるだろう。
カイトたちはロードロックではそれなりの冒険者だ。ギルドやほかの冒険者たちにも一目置かれているが、一般的にはほとんど知られていなかった。
腕は悪くないと自負しているが、目立った成果を上げていないためだ。
ダンジョンを攻略したとなれば、控えめに言っても拍が付く。それができたばかりの弱いものであってもだ。
魔力の波長に引かれて街道を外れて山の方に進むと、ほどなくして崖にぽっかりと穴が開いていた。こんなところに洞窟があるなんて聞いたことがないので、ここがダンジョンとみて間違いないだろう。
「昨日今日できたダンジョンに、強力なモンスターや罠があるとは思えないけれど、用心していこう。アセル。頼んだ」
ローグのアセルに斥候を頼む。
アセルは罠がないことを確認しながら前に進む。
「おいおい、心配しすぎじゃないか?」
戦士のガンツが軽く愚痴をたたくが、油断するつもりはない。
「できたばかりのダンジョンに足をすくわれて、一生の汚点を作るつもりはないよ」
冒険者の失敗談の中には、事実を疑うような失敗をする話がいくつもある。その逸話の登場人物になるつもりはない。
アセルを先頭に洞窟を進むと、緩やかな坂が続き、しばらく下ると平坦な道となった。
道の先には赤く大きな扉が一枚あった。扉の上には奇妙な言葉が書かれていた。
「カジノ? カジノってなんだ?」
周りに聞いてみるが答えはない。僧侶で博識なトレフを見てみるが、首を振るばかり。
とにかく扉を開けてみようと手をかけようとすると、扉がひとりでに開いた。
そしてまばゆい光が、俺たちの目に飛び込んでくる。
「おいおい、なんだ、ここは?!」
ガンツが驚きの声を上げる。確かにそこはまるで別世界だった。
天井には光が満ち、床には赤い絨毯が敷き詰められ、どこかから軽快な音楽が流れてくる。モンスターの姿はなく、まるで宮殿にでも迷い込んだみたいだった。
一室大きなワンフロアのようで、天井が高く奥行きも広い。
見渡せる限りにモンスターの姿はない。部屋のところどころに大きなテーブルや椅子が並び、別の場所では箱のようなものがいくつも連なっていた。箱の前には椅子が備え付けられているが、あんな箱見たことがない。
「気をつけろ、何か妙だ」
こんなダンジョン聞いたことがない。もしかしたら誰も知らない罠や、モンスターが見せている幻影の可能性がある。
ハーフエルフのシエルや魔術師のメリンダ。僧侶のトレフが知る限りの魔法を使い、モンスターや罠、幻覚の魔法がないかどうかをチェックする。
しかしすべての魔法に反応はなく、危険がないことを教えてくれた。
「罠もなし、敵もなし? なんなんだ、ここは?」
俺の放った疑問に答える者はおらず、ダンジョンに吸い込まれていく。
「おい、ここに宝箱があるぞ」
ガンツが入り口の脇を見ると、確かに小さな宝箱が置かれていた。
入ってすぐに宝箱。これは怪しい。しかも隣には立札があった。
「開店記念セール? 初回の方に限り、お一人様コイン十枚プレゼント? いったい何なんだ? このダンジョンは?」
明らかに怪しい宝箱だが、開けないという手はない。これが罠なら罠で、このダンジョンの傾向がわかるというものだ。
「アセル、頼んだ」
罠や鍵の開錠が得意なアセルに調べてもらい、魔法の罠がないかどうかも入念に確かめるが、罠はない。それどころか鍵すらかかっていなかった。
あからさまに怪しいが、開けてみるしかない。
「よし、開けよう」
勇気を出して開けてみると、やはり罠はなく袋が一つあった。中には見慣れないコインが数十枚入っていた。
「金じゃないのか、つまらん」
ガンツが吐き捨てるが、これは大事にとっておくべきだろう。攻略に必要なものかもしれない。
「どこを調べます?」
トレフが問うので、まっすぐ先を見つめて答えた。
「もちろんあの扉だ」
入ってきた入り口の真正面に、同じく大きな扉が見える。
ダンジョンで大きな扉は、次の階層につながることが多い。まずは下へとつながる道を探すべきだ。
まっすぐ進み扉の前にたどり着くと、両開きの扉には、それぞれ太陽と月のマークが描かれていた。
「押しても当然開かないな」
力自慢のガンツに押してもらったが、びくともしない。鍵穴もないからアセルにあけてもらうこともできない
「ここに何かをはめろということでしょうねぇ」
トレフがつぶやくように答えた。
扉はちょうど手を当てる位置に、太陽と月の形をした窪みがある。ここに何かをはめろ、ということだろう。
「ねぇ、こっちにも宝箱があるよ」
魔導士のメリンダが扉の脇に置かれた宝箱を見つける。
罠を確認して開けてみるが、中には何も入っていなかった。
「外れ?」
「いえ、そうではありませんね、箱の底に何か書いてあります」
見てみると確かにはこのそこに文字が書かれていた。
『コインを入れて蓋をしてください』
「コインって、これのことか?」
入り口で手に入れたコインを見てみる。
「あっ、ここに石板があるよ」
少し離れた壁に石板が設置されていた。石板には攻略のヒントとなることが書かれていることが多い。すぐに読んでみたが、ちょっと意味が分からなかった
「太陽のシンボル十万コイン。月のシンボル十万コイン。上級回復ポーション千コイン。下級回復ポーション十コイン。何なんだ? これ?」
ほかにもいくつか書かれているが、意味が分からない。
「まるで値段表ですね」
トレフの指摘に気づく。確かに、これじゃぁ商品のメニューだ。
「ここに描かれているコインは、このコインでいいのか? このコインを入れると、交換できるってことか?」
「アイテムが手に入るの?」
俺の考えに、メリンダが懐疑的な声を上げるが、そうとしか思えない。
「物は試しだ、とりあえずやってみよう」
コインを十枚入れて箱を閉めると、箱から物音が聞こえた。
箱を再度開けてみると、ちゃんと下級回復ポーションが入っていた。
「おお、本当に入っていた」
ローグのシエルに鑑定をしてもらったが、間違いなく下級ポーションだった。
「つまり、二十万コインをこの箱に詰めれば、シンボルが手に入り奥へと進めると言うこと……か?」
「でもどうやってコインを手に入れればいいんだ?」
ガンツが俺に問うが俺にもわかるわけがない。
「ねぇ、こっちの箱には、両替機って書いてあるよ」
ハーフエルフのシエルが別の箱を指さす。
少し離れたところに、似たような箱が置いてあった。こちらは貨幣を入れると、コインに両替してくれるらしい。ロードロックで使用される千クロッカ銀貨が使えるようだが、レートがおかしい。
「銀貨一枚で十コインってふざけているの!」
メリンダが怒った。
確かに、これでは扉を開けるのにクロッカ銀貨にして二万枚。二千万クロッカも必要になる。ぼったくりもいいところだった。
「ですが、下級ポーションが千クロッカ銀貨なら、それほど高額でもありませんよ」
トレフが、先ほど交換されたばかりの下級ポーションを眺めながら答える。
「そういえばそうだ。下級ポーションの販売価格は九百~千クロッカだから、それほど高いわけでもないな」
他にも中級回復ポーションや解毒剤などがあったが、ロードロックの相場から見ても、それほど悪い交換レートじゃない。
むしろ高額な品になるほど、交換レートは良くなる傾向になる。コイン千枚の上級回復ポーションは、普通に売り買いすれば十万クロッカ以上はするので、ここでやりとりをするだけで儲けることができる。残念ながら十万クロッカも今手持ちがないけど。
基準となるのがポーションしかないが、これらの交換レートは適正だ。他に武具や防具。高級な酒などあるが、それなりに期待できるかもしれない。
「でも両替をして、シンボルを手に入れるのは現実的じゃないな」
こんなできたばかりのダンジョンを攻略しても、そんなに大金は手に入らない。
「もう少し調べてみよう。もしかしたらどこかでコインが手に入るかもしれない」
部屋に隠されたコインを探して扉を開ける。宝探し的なダンジョンなのかもしれない。
とりあえず安全そうな、テーブルが並ぶエリアを調べてみる。
半円形のテーブルには短い毛の織物が張られ手触りがいい。テーブルにはバカラやポーカー。ブラックジャックなどの文字が書かれているが、何のことかわからない。しかもテーブルには準備中の札がかけられてあるから、ふざけているのかと思う。
「ねぇ、バカラとかポーカーってなんだ?」
メリンダに問うが彼女は首を振った。
「知らないよ」
とにかくわからないことだらけだ。なんとなく怖い。
一応机をくまなく調べてみたが、コインは見つからなかった。
ほかにも酒場のようなカウンターがあったが、酒棚は空で、コインどころか埃も積もっていない。ここにも準備中の札がかけられてある。ここで酒を飲むことがあるのだろうか?
最後に、いくつもの箱が連なるように並んでいるエリアを調べる。それは奇妙な箱だった。
人の背丈ほどもある箱で、箱の横にはレバーのような棒が一つ突き出ている。中央には三つに切り分けられた円筒状の物体が横に並べられ、いろんな絵柄が書かれていた。
円筒の下には四角い穴があり、まるで口のようでもある。ただ、この箱の名前なのか、箱の上部に文字が書かれていた?
「スロットってなんだ?」
聞いたことのない言葉に、俺は首を傾げた。