第六十八話
第六十八話
「それで、聞きたいこととは何だ?」
サイトウがゆっくりと歩きながら俺と距離を取り、少し離れてから尋ねてくる。
「ああ、どうしてもお前に聞きたいことがあったんだ。お前は多分知っていると思う」
俺はそこで言葉をきり、一拍置いてから訊ねた。
「あのさ? 漫画のパンター×パンターは連載再開したか? 続きが気になっていてさ、知っていたら教えてくれ」
俺は元の世界にいた時、読んでいた漫画の続きを尋ねた。
サイトウは一瞬意味を図りかね、しばらくして右手を掲げた。そして掲げた手から光弾のようなものを飛ばし、俺が操るパペットの胴を撃ち抜いた。
何かの魔法だろう。速度威力共に十分。パペットの体など紙きれの様に貫かれた。しかし距離を取っていれば、自爆の嫌がらせから逃れられると思っていたのだろうが甘い。
俺が自爆装置を作動させると、鼓膜を突き抜ける轟音とともに、網膜を焼く閃光が周囲を覆いつくした。
まばゆい光に俺の目も眩んだが、自爆したことで強制的に接続が切れたため、まぶしかったのは一瞬だけだった。
憑依室にまた戻った俺は、光を浴びた目を軽く揉みながら周囲を見回す。視力はすぐに戻ったが、憑依室にケラマの姿は無い。ちゃんと自分の仕事に向かってくれたようだ。
俺はすぐに迷路に配置した予備のパペットに憑依し、またダンジョンに戻る。
前と同じように階段を下りて、白の回廊に三度、舞い降りると廊下ではサイトウが悶えていた。
先ほど破壊されたパペットは、体内に閃光爆弾に音響爆弾。さらに催涙爆弾を満載した特製だ。多少距離を取っていても関係ない。
ただしちょっとした嫌がらせが目的であるため、バッドステータスになるほどではない。ただうるさくて、まぶしくて、ちょっと目や鼻が染みる程度だ。
サイトウはバッドステータスに対する耐性スキルを持っているだろうが、いくらスキルがあっても、単純な光や音、臭いまでは遮断できない。事前にモンスターを使い検証しておいたし、そもそもそれができてしまえば、逆に日常生活に支障をきたすからだ。
しかし最後に会ってから一年以上たつというのに、サイトウに成長がない。ちょっと煽れば、すぐに激高する癖はまるで変っていないようだ。むしろ神の加護を受け、力を強めたことで、油断するようになっている。
「大丈夫か?」
俺は再びサイトウを気遣った。
「貴様! よくも!」
ようやく目が元に戻ったサイトウが、背中の神剣ミーオンに手を伸ばす。
「おっ、来るか? 次の奴も仕掛けはすごいぞ?」
俺はこのパペットにも特別な細工がある事を教えておく。
すると剣に手を掛けたサイトウが、顔をしかめて柄から手を離した。
「人を馬鹿にしやがって!」
サイトウは怒りがこもった声を上げるが、それは違うだろう。
「馬鹿にされる方が悪い。お前に恨まれる覚えがあるのに、何も対策せずに会うわけがないだろ? しかも二回も引っかかったのは、どう考えてもお前の落ち度だ」
俺はサイトウの油断を指摘する。
弟のサイトウは俺に似て頭はいいのだが、考えなしのところが多い。
「ちょっと人より有利な立場になると、図に乗って相手を見下す。そんなことだから四英雄に相手にされず友達もいない。彼女にも振られる」
調子に乗るなと、俺は過去に何度も注意してやったことを、この世界でもしてやる。
するとサイトウの奴は、眼を見開いて俺を睨んだ。
「俺の女を取ったのはお前だろうが!」
サイトウが激高する。
「そういえばそんなこともあった。だがそれは誤解だ。お前が彼女のことは遊びだなんて言ったところを聞かれたのが原因だろう? 身から出た錆じゃないか。そのあとでお前の彼女が俺に乗り換えても、俺は悪くないだろう」
俺は弟を諭す。サイトウが不用意な発言をしなければ、避けられた事態だったのだ。
「お・ま・え・が! 俺に言わせて、彼女に聞かれるように仕向けたんだろうが!」
怒り狂ったサイトウが叫ぶ。
確かに、俺がいろいろ計画して段取りしたら、絶妙なタイミングで成功し、思いのほかうまく行った。
しかもそのあと、彼女が俺に乗り換えるのは本当に予想外だった。
「すまん、アレはちょっとしたいたずらだったんだ。でもお前が下手なこと言わなければ、ああはならなかったんだよ」
俺は笑って謝罪した。しかしあの一件で元から悪かったサイトウとの仲は、完全に断絶した。
まぁ、あの事件が無くてもいずれそうなっていただろうけど。
「あの時のことは悪かったよ。それにもう過ぎたことというか、別の世界で起きたことだ、水に流そうじゃないか」
「ふざけるな!」
俺は和解を切り出したが、サイトウは拒否した。
「そう怒るな、それにお前だって本気じゃなかっただろ? お前の彼女に聞かれるように仕組んだけれど、遊びだって言ったのはお前の本心だったはずだ。女の方もそれが分かっていたから、当てつけに俺に乗り換えただけだ。実際、彼女とはすぐに別れたからな」
俺は学生時代の甘酸っぱい思い出を語る。
「お前があの娘のことを本気で愛していたっていうなら、俺もマジで謝るけど、そうだったのか?」
俺がまじめに問うと、サイトウは視線をそらし答えなかった。やはりサイトウにとってはどうでもいい相手だったようだ。
「まぁ、そのことはいいさ。それより本当にお前に聞きたいことがあるんだ」
今度は本気で尋ねる。俺はサイトウにはどうしても聞きたいことがあるのだ。
「もう何も答えてやらん」
だがサイトウは顔をそむけた。ちょっとからかいすぎたようだ。
「俺は今からお前を殺す。それだけだ。話すことなんて何もない」
サイトウはもう、冥土の土産をくれる気が無くなってしまったらしい。
「そういうな。この奥にはちゃんとモンスターがいる。そこからはお前の望み通り、生きるか死ぬかだ。とはいえ、そうなったらもう話すことはない。正真正銘、最後の兄弟の会話になる。あそこに行くまでちょっと位いいだろ? ほれ、行こうぜ」
俺は扉に向かって歩き始める。
サイトウはすぐについては来なかったが、しばらくして歩みだした。
この白の回廊は短い。それほど距離がないため、乗り物や召喚獣を使って移動するほどではない。俺に付き合うというより、わざわざ魔法を使ってまで踏破する必要はないと考えたのだろう。
「いいだろう、だが馬鹿にするならもう話さないぞ」
「安心しろ、もうおちょくらねーよ。ほんとに聞きたいこともあるしな」
ついてくるサイトウに、俺は馬鹿にしないと誓う。
「ったく、臭いなぁ、なんだよこれ」
サイトウは体についた臭いや、べとつく血糊にイライラしながら歩く。どうやらだいぶ臭いらしい。俺は臭い思いをしたくないのでパペットの嗅覚をきっておいて正解だった。ほかにも光や音、平衡感覚なんかもいじり、鈍感にしておいた。
「悪い悪い。それで、さっそく本題なんだが、お前を召喚した奴ってどんな奴だ?」
俺の質問に、サイトウはむっとした。
「そんなことを聞きたいのか!」
おそらく予想していた質問と違ったのだろう。サイトウが怒鳴る。
「なに怒ってるんだよ。っていうか、これお前とじゃないと話せないことだろ? 俺も召喚された時、世界の支配者にしてくれるとか言われたが、ほんとに叶えてくれるかどうかなんて、分からないだろ?」
俺に指摘されて、それもそうだとサイトウもうなずいた。
正直これまで判断材料がまるでなかったので、予想すらできなかった。
しかし同じく召喚されたサイトウがいるなら。ある程度の推測はできる。
まずこの世界に来た時、百億ポイントを貯めれば世界の支配者になれると言われた。
それが本当かどうかは今をもってわからない。過去に百億貯めたものはいないし、俺を召喚した相手とは会ったことすらない。
約束を守るのかどうかもわからないのだ。
「相手が信じられる奴かどうかなのか、考えておく必要がある」
「それは、そうだな」
サイトウは右手を顎に当てた。こいつが考え事をしている時の仕草だ。
「根本的な問いとして、神様は一人なのか、それとも二人以上いるのかだ。それで前提が変わってくる」
俺はサイトウが現れてから、考えていた持論を話す。
「まず、神様が一人だった場合。俺たちを召喚した理由は何だ?」
サイトウは問われて、少し迷っていた。
頭は悪い奴じゃない。むしろ他人より秀でている。そのせいで人を見下すところはあるが、分析能力は高いと言えるだろう。
「さぁ、なんだろうな、俺たちが争いあうのを見て楽しむためじゃないか?」
サイトウは不機嫌そうに答える。
「だとするなら神様は趣味が悪いな」
俺は神の性格を評する。
人が争うところを見るのは確かに楽しいが、いくらなんでも手間をかけすぎだろう。
「でもそれなら、わざわざ別の世界から呼び出さなくてもいいだろう? この世界にも仲の悪い奴らはいるだろう。そいつらに力を与えて争わせればいい」
俺はサイトウの答えを否定する。
「それに、こっちのクリア条件は結構めんどくさくてな、下手すりゃ百年単位でかかるやつだ。正直、まだクリアのめどすら立ってない」
現在、我がマダラメダンジョンが手にしたマナは八億ほど。目標額の一割にも届いていない。
「クリア直前でお前が送り込まれたなら、神様が遊びでやっている可能性もある」
俺は神の思考を想像する。
ゲームや漫画などでは、主人公たちは敵が世界征服直前までいったあたりで動き出し、ギリギリのところでラスボスを倒して大団円となる。
場を盛り上げるための、使い古された演出だ。
「でも正直、俺の方のクリアは程遠い。そのはるか手前でお前を送り込んでくるってことは、達成されたら困るからだろう。つまり、お前の神様は俺たちの目的を本気で阻みに来ている」
「神様は二人いると?」
サイトウの問いに、俺はうなずく。
「お前はどう思う? 神は遊びでお前を呼んだのか? それとも本気でつぶすために呼んだのか?」
俺はサイトウに尋ねる。
こればかりは神と間接的にでも接触した、サイトウにしかわからないことだった。
「召喚された時は遊びだと思わなかった。それにスキルを見ても、ダンジョンを攻略するには最適の構成だ。争いあうところを見たいなら、両者が拮抗するようにバランスをとるだろう」
サイトウの答えに、俺は満足する。
遊びでないとするなら、神は二人いる。
そのことが分かっただけでも、大きな収穫と言えた。