第六十二話
第六十二話
「勇者様、まだやりますか?」
聖女クリスタニア様が勇者に問う。
戦いに水を差された勇者は、つまらなそうにしていた。
「もういいよ、気持ち悪い奴ら」
勇者サイトウが顔を歪めて吐き捨てる。
そんな勇者を無視して、聖女様が俺を見て、喉に白い手を差し伸べた。
「大丈夫ですか? カイトさん」
クリスタニア様の指から白い光が発せられたかと思うと、喉から一瞬にして痛みが消え去る。
聖女様の回復魔法だ。
「そんな聖女様、もったいない」
隣にいたメリンダが恐縮して頭を下げる。
確かにこの程度の怪我に回復魔法はいらない。何よりもっと治療すべき人が目の前に。
「クリスタニア様、私などよりまずお顔を」
聖女様の顔からは今も血が流れ続けている。
しかし聖女様は自らの顔を治療しようとはせず、周囲に倒れていた冒険者や警備隊の人間を治療してまわった。
治療された方も、礼を言うべきなのか辞するべきなのか迷っていた。
だが周りがまごついている間に、治療が終わってしまった。
「クリス、早く自分の傷を治しなさい。痕が残る」
アルタイル嬢がようやく言ってくれる。
回復魔法といっても万能ではない。場合によっては傷跡が残ることがあるのだ。もちろん聖女様の回復魔法でそのようなことが起きるとは考えにくいが、傷ついてから時間が経過すればするほど、痕が残る可能性は高まってくる。
しかし親しい友人に忠告されても、クリスタニア様は自らを治療しようとはしなかった。
「アルタイル。私は顔にくっついて生まれてきたわけではありませんよ?」
クリスタニア様は自らの容姿に価値を見出さず、傷を治そうとはしなかった。
「知ってる。私も友達を顔で選んだわけじゃない。あなたがどんな容姿でも、私と貴方は友達よ」
アルタイル嬢もまた、聖女様の価値は顔ではないとした。
「ただ生まれたときに偶然持っていた容姿や才能を有難がって喜ぶなんて、生まれた家柄を比べ合う貴族と変わらない」
自身も貴族であるというのに、アルタイル嬢は出自による階級制度を意味がないものとした。
「大事なのは、生まれ持ったものを使って何をなしたか、何をなそうとしたかよ。十の力を持っていて一の善しか成さない者もいれば、一の力を持っていて一の善を成す者もいる。大事なのは力を向ける方向性。そこに力の強弱や、才能の優劣は関係ない」
灰塵の魔女は天才と呼ばれながらも、才能にさえ意味がないとした。
「クリス。貴方は私の友達よ。でもそれはあなたの顔がいいからでも、回復魔法の腕がいいからでもない。だから貴方がどんな顔をしていても気にしないし、関係ない。でも友達の顔に傷が残ったら、その原因となった相手を私は許さない」
アルタイル嬢が宣言し、シグルドと夜霧もうなずく。
親友と仲間の態度に、クリスタニア様が渋々折れる。
「わかりました、貴方がそういうのなら」
クリスタニア様がつぶやくと、白い回復魔法の光が聖女様の顔を覆ったかと思うと、どんな術を使ったのか、流れ出ていた血さえ消え去り、初めからなかったかのように全てが元に戻った。
「傷は……残ってないわね」
アルタイル嬢がクリスタニア様の顔を確認し、傷跡が残っていないことに安堵する。
クリスタニア様は元に戻った顔で、勇者サイトウを見る。
「ですが勇者様。私は自分の顔に未練などありませんので、御所望でしたら顔の皮を剥いで塩漬けにして送りますよ?」
聖女様はまるで季節の贈答品のように扱う。
クリスタニア様の顔は真顔そのもの。聖女様は本気だ。
その証拠に自慢げに血の付いた短剣を掲げていた。
曲者ぞろいの四英雄だが、聖女様が一番の曲者かもしれなかった。
「もういい、一生仲間ゴッコやってろ。このダンジョンは僕が攻略する」
勇者サイトウが顔を歪めて吐き捨てる。
カイトは勇者に対する嫌悪感がさらに膨れ上がったが、これで去ってくれるのなら、さっさとどこへなりと言ってほしかった。
このダンジョンを攻略されては困るが、言ってきくような相手ではない。
奥へと進むには警備隊が保管しているシンボルが必要だが、こうなっては勇者に与えてもいいだろう。
説得に応じる相手ではないし、場合によっては力づくで奪っていくような人間であることはすでに分かっている。
必要ならばシンボルを持ってこさせるつもりだったが、おそらくその必要はないだろう。
「誰か、支配人スケルトンを探してきてくれ」
カイトは周りにいる冒険者にこのダンジョンの責任者の捜索を頼んだ。
この事態を知れば、四英雄の時のように特例で扉を開けてくれるだろう。もし駄目ならシンボルを用意すればいい。
すぐに支配人スケルトンと話をしたかったので捜索を頼んだが、これは不要の命令だった。
「カイト様。ここにおりますよ」
人だかりの輪の外から声が響く。争いを見ていた客や冒険者が道を開けると、そこには燕尾服を着たスケルトンが立っていた。
支配人スケルトン。いや、ここのダンジョンマスターだ。
「申し訳ありません、カイト様。そして四英雄の方々。本来なら私どもが仲裁せねばならないところを、お客様である皆様にご迷惑をおかけしてしまいました」
操っている傀儡とはいえ、ダンジョンマスターが深々と首を垂れる。
人間の勇者がしでかした問題を、スケルトンが謝罪する。何ともおかしな事態だった。
カイトたちに頭を下げたスケルトンが、白い頭蓋骨を上げ、くぼんだ眼窩で勇者サイトウを見る。
その顔を見て、カイトは少し驚いた。
スケルトンに表情筋はない。顔色などわかるはずもないが、目の前にいるダンジョンマスターは明らかに怒っていた。
それも店で暴れたからではない。もっと別種の、軽蔑と恨みが入り混じった怒りだった。
「勇者、勇者か。まったく、誰が来たかと思えば、お前とはな、サイトウ」
いつも丁寧な言葉を話す支配人の口調が突然豹変し、軽蔑の混じった言葉で勇者の名前を呼んだ。
そのスケルトンを見て、勇者サイトウが肉食獣のような笑みを見せる。
「やっぱり君か、マダラメ」
勇者もスケルトンを見て名前を呼んだ。
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