第五十九話
第五十九話
「それでだ、カイト、もし勇者がこっちに来たら、お前が相手をしろ」
ギルド長と勇者の対応を話していると、突然叔父さんは爆弾を投げつけてきた。
「勘弁してくださいよ。無理ですよ」
「お前しかいない。お前はこのダンジョンをだれよりもよく知っている。四大英雄にも啖呵切ったんだろ。報酬も出してやるから」
「いりませんよ、そんなの」
たとえどれだけ大金をもらってもやりたくない仕事はある。
「そう言うな、それに何もすべてを面倒見ろとは言わない。どうせ向こうもお前なんて相手にしない」
「あーまーそうですね」
どう見ても中の下程度の俺を、伝説の勇者が相手にするとは考えづらい。
「それよりも気になるのは四英雄だ。勇者とあの四人に激突されたらかなわん」
「あーそうか、そっちがありましたね」
失念していたが、このダンジョンにはそっちの問題もあったのだ。
これまでほとんど定住をしてこなかった四英雄だが、このダンジョンが気に入ったのかそれぞれ館を構えている。
シグルドは剣の館と言う道場を築き、腕に覚えのある者を集めて剣を教えている。
これまでシグルドは弟子や門下生を取らないことで有名だったが、ここにきて道場を開いたため、彼の教えを請おうと続々と名の知れた剣豪や剣士が集まっている。
他にもアルタイル嬢は、魔法都市から高名な魔法使いを呼び寄せていると聞く。彼女たちの目にとまろうと、他にも魔法使いがやってくるようになった。
クリスタニア様はここに教会をたてようと、寄付を募っている。おかげで聖女様に一目会おうと世界中から信者が集まっている。
おかげで優秀な剣士や魔法使い。僧侶がやってくるようになり、中にはギルドに協力し、シュナイダーさんやゲッペルさん。フレザンスさんのように新人育成に協力してくれたりもしているので、悪いことではない。
「争いになりますかね?」
「ならないことを祈りたいが、これまでのことを考えると、そうもいかんだろう」
勇者と英雄は相性が悪い。格下を相手にしない勇者だが、実力者に対しては無視できないのか、進んで喧嘩を売ることが多い。過去にはそうして勇者に殺された人たちも多くいるのだ。
勇者がここに来る目的も、ダンジョンではなく四英雄かもしれない。
「シグルドや夜霧も問題だが、ヴァーミリオン家の嬢ちゃんや聖女様もおられるからな」
「そういえば、今回の勇者は男でしたね」
男の勇者は女好きで、手が早いことでも共通している。
聖女や灰塵の魔女を、自分に相応しい女と考えるかもしれない。
「あの四人が簡単に喧嘩を買うとは思えん。四人とも立場があるからな」
ギルド長は四英雄の人となりを信頼していた。
確かに、英雄の気風がある彼らは、軽率な行動をとらないだろう。
「とはいえ、剣の館の者たちは血気盛んです。勇者がシグルドを挑発すれば、シグルドにその気はなくても、周りの者が黙っていないかもしれませんね」
四英雄にひかれて集まってきた者たちは、当然だが彼らに心酔している。無礼な振る舞いがあれば、四英雄が許しても周りが許さないだろう。
「ヴァーミリオン家の嬢ちゃんは貴族だしな。お貴族様を怒らせると後が怖い。勇者はそのことを考えてくれないからな」
叔父さんがため息をつきながら答える。
貴族は体面が全てなところがある。だが勇者はそのことがよくわかっていないのか、貴族の面子を潰した記録がいくつもある。
アルタイル嬢の短気さも考えると、ここが消し飛ぶかもしれない。
「そして聖女様だ。教会は表立って勇者を非難できない。公認しているからな。だが勇者が聖女様に手を出せば、教会の信者たちが黙っていないだろう。それだけは何としてでも避けねばならん」
叔父さんが顔をしかめる。
当然だが聖女クリスタニア様は教会の象徴だ。いくら勇者とはいえ彼女に手を出すような真似は許されない。
だが過去に勇者が聖女に手を出した例があり、散々ひどいことになったのだ。
「聖女クリスタニア様には借りがある。このダンジョンの是非をめぐって、ロードロックの教会関係者をなだめてくださったからな」
「あれは意外でしたね」
教会はダンジョンを悪の根源であるとし、根絶を教えとしている。
もっとも、教会が指示しなくとも冒険者はダンジョンを攻略しているので。教会が声高にダンジョンの殲滅を扇動したことはない。あくまで一つの教えとしてそうされているだけだ。
しかしここのように、街とダンジョンが癒着した例はなく、この町のありようを教会関係者はよく思っていない。
にもかかわらずクリスタニア様はこのダンジョンに好意的だ。どういうわけか強硬派をなだめてくれている。
クリスタニア様のおかげでこの街も軌道に乗ったと言える。必ず勇者の手からは守って差し上げたい。
「そして夜霧だ。どこにいるかも分からないが。ほかの三人とは違い、やつは賞金首でもある。殺したとしても文句は出ない。だがあいつが今死ねば、この街はとんでもないことになる」
叔父さんの言葉はまさしくその通りだった。
四英雄はそれぞれこの街に協力的だが、最も貢献してくれているのが夜霧だろう。
突然大きく発展したこの街は、多くの人が流れ込んできた。
その中にはやくざ者やごろつき、強盗団や窃盗団もあった。
俺たちギルドも取り締まりを強化していたが、あまりに多く、手が回らない状態だった。
犯罪都市となる一歩手前まで来ていたが、ある日を境に彼らはいなくなってしまった。
どこかに出て行ったとか、旅に出たとか、そういう痕跡は一切なく、ただいなくなった。
まるで夜に降る霧に包まれたように。
誰が何をしたのかはわかっていない。証拠など一切ない。だがそれ故に、だれがやったのかが分かってしまった。
夜霧のおかげでこの街の治安は回復した。
もし夜霧が死ねば、再びごろつき共が集まるようになるだろう。夜霧は賞金首だが人々や町には必要な人間だ。だが果たして勇者がそのあたりのことを理解しているかどうか。
「というわけで、勇者と英雄が激突することはどうあっても避けねばならん。このダンジョンが攻略されることはもっとならん。お前が何とかしろ」
「無茶言わないでください。俺に勇者は止められませんよ」
完全に荷が重すぎる話だった。
「だからお前に止めろとは言わん。何とかして四英雄に、今だけどこかへ行ってもらうのだ。それしか方法はない。お前、四英雄に名前ぐらいは覚えてもらっているんだろう? 何とか四人を説得しろ」
なるほど、確かにそれなら可能だ。というか、それしかない。
「今すぐ、勇者が来る前に説得しろ」
ギルド長が厳命する。
「ではすぐに」
今なら四英雄はカジノに来ているはずだ。ちょうどいい、なんとか説得して、すぐにどこかへ行ってもらおう。
俺が席を立とうとすると、部屋の扉が勢いよく開かれた。
扉を開けたのはカル君だった。
「なんだ、話し中だぞ!」
ギルド長が怒鳴りつける。確かに、重要な話の最中に、扉を開けるのは良くない。
だがカル君とて、その程度のことはわきまえている。礼儀を忘れるほどの事態があったのだ。
その証拠に、カル君の顔は青ざめ、凍り付いていた。
「まさか、誰か来たのか?」
俺は驚きを持って訪ねた。頼む、違うと言ってくれ。
俺の願いもむなしく、カル君は震える唇で最悪の答えを口にした。
「勇者がカジノにやって来ました。今、四英雄と会っています」
頼むから勘弁してくれ!
俺はただ神に祈った。
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次回更新は三月十八日水曜日の零時を予定しています。
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