第五十六話
第五十六話
ダンジョンに作った書庫で、俺は安楽椅子に腰を掛け、足を延ばす。
弛緩した空気にリラックスしていた。
すべて万事順調だった。
カジノは来客で埋まり、ホテル業も稼働率が九十%を超えている。新たに打ったイベントや興行は軒並み大当たりしている。新たに追加した景品はどれも人気があり、転売目的の商人の買い占めが問題になるぐらいだった。
ダンジョンの上に作られた街も景気がいいらしく、どんどん人や物が集まり、金が動くようになっている。
移住者は毎日のように増え、町は拡大の一途をたどり、そこから得られるマナも毎日のように増加している。
いずれ増加も限界は来るのだろうが、もう俺には予想できない規模となっていた。
ソサエティも、俺の予想通りの結果となっていた。
旧グランドエイトがいがみ合い、その様を見て嫌気がさしたマスターが、俺の陣営に来てくれている。
中にはスパイや裏切り者がいるかもしれないが、それでも受け入れていくべきだろう。
また最近ではモンスターの貸し出し業も利用者が出始めている。ダンジョンを攻略されそうになったマスターが、育成しているモンスターの一体であるアルファスをレンタルしてくれたのだ。
攻略組の冒険者はそれなりに強者ぞろいだったが、対四英雄用に強化していたアルファスの相手ではなく、あっさりと瞬殺し、華々しいデビューを飾った。
その功績が噂となり、攻略におびえていたマスター達が利用し始めているのだ。
中小のダンジョンマスターに取って、モンスターの育成は死活問題だった。
強力なモンスターを生み出すのには、巨額のマナと時間がかかる。馬鹿にならない維持費も必要なため、マナ収入の安定しない中小ダンジョンマスターには負担が大きい。
かといって強力なモンスターを擁していなければ、強力な冒険者が攻略し始めた時支えきれない。
ダンジョンマスターには悩ましい問題だった。
その点俺のレンタルモンスターなら、王手がかかった状態でも盤面をひっくり返せる。高額の貸出料金と引き換えだが、それでも強力なモンスター軍団を維持する必要がない分、マナの負担が大きく減る。
そして余裕が出来たマナでダンジョンを深くし、モンスターを繁殖させて売りに出せば収入の安定につながると、他のマスターが気づき始めたのだ。
もっとも、俺は慈善事業でレンタル業を始めたわけではない。人気取りも目的の一環だが、本来の狙いは、他のダンジョンの調査と偵察だ。
ダンジョンはマスターにとって冒されざる聖域だ。獲得マナなどはランキングに乗るので知ることが出来るが、詳しい内情は冒険者を捕らえて聞き出すなど、間接的な方法に頼らざるを得ない。
だが俺はモンスターを貸し出したとき、お目付け役として知性化したモンスターも同時に派遣している。そして顧客となったダンジョンの内情を、つぶさに調べ上げている。
この調査により、顧客のダンジョンの構成や、安全マージンの取り方などの情報を把握できた。もし連中が反旗を翻せば、この情報を冒険者に与え、間接的に抹殺することもできるだろう。
人気取りをしながら、顧客の情報を集める。元の世界でも大企業が良くやっていた手だ。ここでも真似させてもらおう。
カジノにソサエティと、収入の屋台骨が順調で、新規に立ち上げた俺主導のレンタル業も上手く回り始めてくれたが、少し予想外の結果となっているのがレジャー業だ。
四英雄に攻略され、今は俺のものとなっているグランドエイトの四つのダンジョンは、レジャー施設として再利用することにした。
各ダンジョンに四季を当てはめ、花が咲き誇る春ダンジョン、熱い日差しに青い海の夏ダンジョン。紅葉が美しい山々の秋ダンジョン。雪山でスキーやスケートを楽しめる冬ダンジョンとなった。
観光ダンジョンとして生み出したのだが、ちょっと違う使われ方をしている。
まずは咲き誇る花々が美しい春ダンジョンだが、連中、せっかくの花を売りやがった。
薬効成分のある草花を採取し、観賞用として人気のある花を鉢植えに移し替え出荷している。
草花を愛でる気持ちとか一切ない。おかげで草花が乱獲され、ちょっと悲しい。
運び出せない巨木や、人気のない草花は無事だが、連中はそんな花に目もくれず、毎日山に分け入っては、売れる草花ばかり探している。
次に海が広がる夏ダンジョンだが、海水浴客は多少来てくれているのだが、それ以上に多いのが漁業をする者たちだ。
魚釣りもアクティビティの一つと考えていたので、魚や海藻など海産物も豊富にそろえていたのだが、漁業を生業にして居つくやつが出始めた。特に多いのが真珠とりだ。
一獲千金になるらしく、真珠貝を取りつくす勢いだ。最近では水深の深い所にも潜っている。
深いところだと水深百メートルぐらいあるのだが、あいつら重しの石とロープだけで毎日二時間ぐらい潜っている。
一人の人間が、毎日二時間息を止めていると考えると、呆れるのを通り越して感心する。
貝に真珠が入っている確率はかなり低いのだが、それでもおぼれ死ぬ危険を顧みず潜りに行くのだから、いい金になるのだろう。
紅葉がきれいな秋ダンジョンは、キノコ狩りが人気だ。俺としては落ち葉拾いを期待していたのだが、やはりここでも色気よりも金気らしい。
食用になるものも人気だが、幻覚作用や猛毒のキノコもよくとられているので、使用方法が気になる。食中毒で死なないように注意はしてほしい。
雪山が雄大な冬ダンジョンは、氷の採取場所となってしまった。
スケート場として用意した池の氷を、連中は切り出して運び出し、氷室用に売り始めている。
スキー用の雪山は見向きもされず、せっかく用意したスキー板やスケート靴はさっぱり使われない。
どうやらここの連中に、レジャーやアクティビティを楽しみ。草花を愛でる感性はないらしい。
残念な結果だが、四つの施設を閉めるつもりはない。
予想外の利用法に呆れたくもなるが、結果としてダンジョンに人が居つき、少なくないマナが入っている。いつかレジャーを楽しむ人も出てくるだろうから、気長に待つとしよう。
予想外のこともあるが、おおむねダンジョン経営は万事順調だった。
懸念材料として、シルヴァーナと四英雄の動きだが、今のところ両者に目立った動きはない。
もちろん、動きがないということは、何かを企み力を貯めているということだ。しかし対応はできている。
たとえ四英雄が今日俺のダンジョンを攻略しにかかっても、広大な階層が俺を守ってくれる。いくら四英雄でも、たった四人ではすぐには攻略できない。
そしてシルヴァーナは多くのダンジョンマスターを味方にしているが、直接的に俺を倒す手段がない。
ダンジョンルールに、ダンジョンマスターを害してはいけないとは書かれていない。とはいえ、直接害する方法は限られている。ダンジョンマスターは基本的に不死だし、憑依体を用いれば体の損壊もあまり気にする必要がない。捕らえて幽閉したり、不利な契約を結ばせて、経済的に殺すことはできるが、ダンジョンに乗り込み、コアを破壊する方法は取れない。
策略を巡らせたとしても、間接的な手段を取らざるを得ない。搦手ならマナに余裕のある俺の方が有利だ、後手に回っても互角以上の戦いができる。
あとは彼らに対する対策と、さらなるダンジョンの発展構想を考え、ゆっくりと実行に移すつもりだった。
しかし俺の今後の予定はノックもなく開かれた扉によって遮られた。
「マダラメマスター大変です」
ノックもなしに扉を開けたのは、専用のスケルトンを操るケラマだった。だが俺は注意しない。我が副官が礼儀を忘れるほどのことが起きたのなら、それは緊急事態と言えるからだ。
「どうした? ケラマ、何があった」
「旧グランドエイトの二つが落ちました」
答えを聞くと、そんなことかと拍子抜けした。
「どこだ? メグワイヤか? それともエンミ? あるいはソジュか? シルヴァーナではないよな」
シルヴァーナの所が落ちたのなら祝杯をあげたいが、攻略されているとは聞いていない。
「エンミとソジュのダンジョンです」
「どうせいつか落ちるとわかっていたダンジョンじゃないか」
旧グランドエイトの二人は、俺の策にはまり、互いにいがみ合っていた。
だが運転資金であるマナが足りず、徐々にダンジョンを削られてやせ細っていた。いずれ攻略されるのは時間の問題とわかっていたし、驚くほどではない。もう少し先だと思っていたが、それだけだ。
「落ちぶれたとはいえ、名前だけは通っているからな、新たな英雄が二人も誕生か」
すでに落ちぶれていたため四英雄ほどではないだろうが、英雄に数えるべきかもしれない。
「それが、一人です」
ケラマは絞り出すような声で答えた。
「旧グランドエイトの二つは、同じ人間に攻略されました」
「それは、早いな」
これは確かに意外だった。腐っても八大ダンジョンだ。やせ細ったとはいえ、そのダンジョンは深く広い。同時攻略となると、かなり早い攻略と言える。スピード記録ではなかろうか?
「あと、現れたのは英雄ではありません」
ケラマは生唾を飲み込んだ。
「勇者です」
わが副官の言葉を聞き、俺の脳裏には某大作RPGのタイトルが浮かび、すぐに打ち消した。
そして書庫にある本に目を滑らせ、目当てのものを見つけると取り出してケラマに見せた。
「勇者って、これか?」
俺が取り出した本の表紙を見せる。
「はい、その勇者です」
ケラマがうなずくと俺は愕然とした。
俺が見せた本の表紙には、勇者タナカ伝と書かれてあった。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうござい。
ロメリア戦記の方も更新していますので、そちらもよろしくお願いします。
次回更新は三月七日土曜日の零時を予定しています。
これからもよろしくお願いします。