第五十二話
第五十二話
メグワイヤの放った一刀は、狙いたがわずシルヴァーナの首に吸いこまれ、細い首を切り落とした。
一撃でシルヴァーナの首を飛ばしたが、メグワイヤはさらに迅速に指示を出した。
「停滞の楔を急げ! 針で刺して封じるのだ! 計画は変更だ、すぐに撤収する。シルヴァーナの体を包んで運べ! 三方に分かれて逃げるぞ! 隠れ家十二番で集合だ!」
シルヴァーナを捕らえた今、娼館を襲撃する意味はない。すぐにシルヴァーナの護衛がここに殺到する。今すぐこの場を離れなければいけなかった。
指示を出しながら、メグワイヤは連絡用の水晶玉を取り出す。
「エンミ、ソジュ、撤収しろ、すぐに撤収だ!」
別動隊として動かしているエンミとソジュにも連絡を取ろうとするが、水晶玉はつながらず、二人からの応答はなかった。
「どうした、エンミ、ソジュ!」
メグワイヤは水晶玉に怒鳴りつけるが、透明な硬質の石は何も映し出さなかった。
「どうした、何を焦っているんだ? もう少し落ち着け」
水晶玉に話しかけるメグワイヤの足元から、嘲笑するような声が聞こえてきた。
メグワイヤが目を向けると、そこには褐色の肌に銀の瞳のシルヴァーナの首が転がっていた。
「なぜしゃべれる?」
ダンジョンマスターは基本不死だ。コアが破壊されない限り死ぬことはない。首を斬られたとしても、適切な処置を行えば再生可能だ。しかし首を斬られては、肺がなく話せるわけがない。
ありえない事実に動揺したが、メグワイヤの体は対処に動いた。
「針だ、停滞の楔を使え。奴を封印するんだ!」
停滞の楔を頭部に刺せば、どのような方法でも動けなくなる。しゃべることが出来た理由は後で考えればいいだけのこと。
すぐに停滞の楔を使えと指示したが、配下の動きが鈍い。状況についていけていないのか動けないでいる。
愚図が、とメグワイヤは内心吐き捨てながら、自分で動く。用心のために停滞の楔を自分でも三本持っている。懐から取り出し、床に転がりこちらを見上げるシルヴァーナの頭に突き刺そうとしたが、すぐそばに倒れていたシルヴァーナの首のない体が突如動き、脚線美を掲げて蹴りつけてきた。
ありえない攻撃に対処できず、後ろに倒れる。
メグワイヤはすぐに起き上がった。ただ蹴られただけ、憑依体は頑丈に作られているため損傷はない。しかし首のない体がなぜ動けるのか? 心理的動揺は大きかった。
「馬鹿な、なぜ動ける!」
肺がないのに喋れたのも不思議だが、首がないのに体が動くわけがなかった。
「なぜだって? それはもちろん、これが憑依体だからに決まっているだろう?」
首だけになったシルヴァーナが笑うと、首のない体が自分の頭のもとに歩み寄り、頭を拾い上げて左の小脇に抱えた。
「馬鹿な、ありえない」
蟲毒のダンジョンマスターは額に汗をかき、動揺を隠せなかった。
シルヴァーナの右腕についた傷は確かに大きかった。あれは本体のはずだ。
「それは、腕の傷が大きいからか?」
首のない体が右腕を掲げて傷を見せる。
見抜いた理由を指摘され、メグワイヤにさらに動揺が走った。
「お前が私を追い落とそうとしていたのだから、私も防御策ぐらい考えている。いつか使えるかもしれないと考えて、憑依体の傷を、本物より大きく作っておいたんだ。さすがメグワイヤ。ちゃんと気づいてくれて、小細工が無駄にならずに済んだ」
首だけとなったシルヴァーナが笑う。そして自身が罠にはめられたことに激しい怒りと屈辱を覚えた。
「お前たち、何をしている。早くあの憑依体を捕らえろ! エンミ、ソジュ! 応答しろ!」
メグワイヤは配下に指示し、水晶玉に怒鳴りつけるが、応答はない。
「クソ、あの二人が裏切ったのか!」
策謀の主は裏切り者の正体に気づいた。シルヴァーナがこの場所を知っていたのは、二人が裏切ったからに違いなかった。
「ああ、違うぞ、メグワイヤ。エンミとソジュは裏切っていない。あの二人はお前を裏切らなかった」
小脇に抱えられたシルヴァーナの首が、赤い唇を震わせるように笑う。
「お前を裏切ったのは、二人以外の全員だ」
シルヴァーナが話した瞬間、メグワイヤの両腕ががっしりと掴まれる。配下のダンジョンマスター達が両腕を掴み、さらに足や体を抑え込む。
「なっ、貴様ら!」
メグワイヤは怒鳴りつけようとしたが、無駄だった。配下のダンジョンマスター達の顔が変化し、別の顔に代わっていく。
ダンジョンマスターの憑依体ですらなく、変化の力を持つモンスターだ。この場にいたすべてがメグワイヤの敵だった。シルヴァーナは油断などしておらず、メグワイヤが敵の腹の中にいたのだ。
「おのれ! だが勝ったと思うな、この次は必ず!」
「次はない、お前はここで終わりだ」
メグワイヤの捨て台詞をシルヴァーナは遮る。
だが策謀の主は白銀の主の言葉に耳を貸さず、憑依体の接続を切ろうとした。
メグワイヤの本体は自らのダンジョンの奥深くにある。この失敗は大きな痛手だが、体さえ無事なら再起は可能。復讐を誓いここは引こうとしたが、憑依体との接続を解除できなかった。
「なぜだ?」
「だから次はないと言っただろう。この建物全体を、憑依解除を無効化する魔法陣で覆ってある。憑依を解除できない」
メグワイヤの脳裏に、グランドエイト評議会に施された特別な施設が頭をよぎる。
「馬鹿な、あれは高額の費用が掛かるはずだ、おいそれと設置は」
「ああ、マダラメがその費用を出してくれたよ。ここがお前の墓場だ。お別れだ、メグワイヤ」
シルヴァーナの別れの言葉に、メグワイヤは絶望に叩き落される。
体を掴むモンスターたちが、メグワイヤの体に停滞の楔を打ち込み動きを封じる。さらに襲撃のために用意した手錠やロープで体を縛り、身動きすらできなくなる。
「待て、待ってくれ!」
メグワイヤはたまらず叫んだ。自分の最後が信じられなかった。
「終わる? この私が? こんなところで? 罠にかけられて死ぬまで幽閉されるというのか!」
元グランドエイト、蟲毒のダンジョンマスターの言葉に、シルヴァーナは憐みの目を見せた。
「馬鹿な奴だ」
銀の瞳を伏せるシルヴァーナに、メグワイヤは押さえつけられ、ずれた眼鏡で元同僚の顔を見る。
「待て、待ってくれ、助けてくれ。俺とお前の仲ではないか!」
メグワイヤの最後の言葉にシルヴァーナは小さく首を振った。
「ああ、私の首をはねるまではな」
シルヴァーナは懐から停滞の楔を取り出し、メグワイヤの頭に突き刺した。
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