第五十一話
第五十一話
「シルヴァーナ! なぜここが!」
銀の鎧を着こむ白銀のダンジョンの主を見て、メグワイヤは袖の中に隠した武器を確かめた。
さらに体内に、仕掛けた様々な武器をいつでも使えるようにする。
メグワイヤは当然の用心として、本体ではなく憑依体でここにきている。さらに憑依体には様々な仕掛けが施されてあり、腕に仕込んだ刃や爪先から飛び出す毒針ども用意してある。
その気になれば、いつでもシルヴァーナを殺す準備はできていた。
しかしシルヴァーナがどうやってここを知り、何をしに来たのかを確かめる間、攻撃に移れない。
「どうしてここがわかった」
メグワイヤは裏切を警戒して、計画のすべてを仲間にも明かさなかった。
全員に嘘を混ぜた計画を話し、誰かが裏切っても計画のすべてはわからないようにしていた。
裏切り者の名を知りたかったが、シルヴァーナはこちらの質問には答えず、憐みの目を見せた。
「メグワイヤ、私とお前とは百年の付き合いがある」
古い仲であることをシルヴァーナは持ち出した。
確かに、互いに駆け出しのマスターであった時代を知っている。二人はともにのし上がり、グランドエイトとなった歴史がある。
「お前と私の仲だ、悪いようにはしない。私に付け。今なら助けてやれる。何が望みだ?」
シルヴァーナはここにきて慈悲を垂れた。
かつてのよしみだろうが、情けはメグワイヤにとって怒りしか生み出さなかった。
「ふざけるな、だれが貴様などを頼るか! 私は必ず返り咲く。貴様も、あのマダラメも食らいつくし、グランドエイトの頂点に立つ。それが私の望みだ!」
メグワイヤの叫びをききシルヴァーナは小さく首を振った。
「全マスターの頂点に立つか。だがそれは無理だ。お前にはなれない。その器じゃない」
憂い顔を浮かべながらも、シルヴァーナはきっぱりと言い切った。
「なっ、貴様、この」
メグワイヤは怒りのあまり、言葉すらうまくつむげなかった。
「ふざけるな、この私以外に、だれが頂点に立てるというのだ! 貴様など、ただ甘く周りにいい顔をしているだけではないか。これまでずっと私は二番手だったが、それはお前に譲ってやっていただけのこと、私がお前を利用していただけだ」
口から泡を吹くほどに、メグワイヤが叫び罵倒した。
罵倒を受けても、シルヴァーナは涼しい顔だった。
「確かに、お前は優秀な二番手だった。私をよく支えてくれた。これからも支えてくれ。二番手こそがお前が最も輝ける場所だ」
シルヴァーナの言葉に、メグワイヤの顔は噴火せんばかりに赤くなった。
「メグワイヤ、これまでお前は何度も私を出し抜こうとしたな。私も何度もお前に足元を掬われかけた。しかし結局、私たちの順位が変わることはなかった」
褐色の肌に映える赤い唇が、過去の因縁を語る。
「それは! たまたまだ。お前が運良く、切り抜けただけだ」
メグワイヤの脳裏にも、かつて自分が仕掛けたいくつもの策略が思い出された。
シルヴァーナを追い落とし、自分が頂点となる策の数々。しかしギリギリのところで回避されてしまいうまく行かなかった。だが自分は決して手を緩めず、常にシルヴァーナを追い落とす策略を巡らせ続けた。
「いいや違う。お前は一流の策士だ。一度や二度は私の幸運で切り抜けたかもしれないが、幸運頼みでお前の策は切り抜けられない。私たちの順位が変わらなかった理由はただ一つ。お前が頂点を望んでいなかったからだ、ギリギリのところで、お前が手を緩めたのだ」
シルヴァーナはメグワイヤを指さした。その細い指先に貫かれたように、メグワイヤが一歩下がる。
動揺するメグワイヤに、シルヴァーナは続ける。
「グランドエイトの頂点に立つということは、大きな重圧がのしかかる。すべてのマスターが私に頭を下げつつも、常に足を引っ張ろうとするからな。忠義者もおもねる者も、全て敵に見えてしまう」
白銀の鎧を着た主は、頂点に立つ者の憂いを口にした。
「だが頂点に立つ者が、下のものを信頼しないわけにはいかない。敵か味方かわからぬ者を、信頼する度量が頂点に立つ者には必要なのだ。お前は本能的にその重圧に気づいていた。だがお前に敵とも味方ともわからぬ相手を信用する度量はない。お前にとって世界は敵と味方だけだからだ」
シルヴァーナの指摘はメグワイヤの胸を突く。気づかなかった、いや、気づいていながら見ないふりをしていただけに、その指摘が事実であることが理解できてしまった。
「私のもとにこい。お前は頂点にはなれないが、誰かの側にいてこそ輝く才能を持っている。これが最後の誘いだ。私の手を取れ」
シルヴァーナが褐色の右手を差し出す。
一方、メグワイヤは怒りと動揺に揺れていたが、頭の中では冷静な部分も残っていた。
最後に残された冷静さで、差し出されたシルヴァーナの右手、その手首の内側を見た。
シルヴァーナの褐色の右の手首、そこには小さな傷跡が残っていた。
現在ダンジョンマスターは千を数えるが、シルヴァーナの右腕に傷がある事を知るものは少なく、その理由を知る者はさらに少ない。
だが付き合いの長いメグワイヤは、その数少ない者達の一人だった。
シルヴァーナの腕に傷がつけられたのは百年前、シルヴァーナがまだ中堅どころのマスターでしかなかったときだった。
百年前のある時、突然勇者が現れた。
勇者。それは突如歴史に現れる、彗星のような存在だ。
出自も素性も全くの謎。しかし才能に恵まれ、瞬く間に強くなり、ダンジョンを次々に攻略していく、我らマスターの天敵と言える存在だった。
そして百年前に現れた勇者は、当時の最高峰のダンジョンを攻略し、その後去っていった。
勇者の存在は、我らダンジョンマスターにとっては恐怖の存在ではあるが、一方でのし上がるチャンスでもあった。
当時のグランドエイト体制が崩壊し、後釜に座ろうと多くのマスターが争いあった。
シルヴァーナもメグワイヤもその競争に飛び込んだが、当時でも頭一つ抜き出ていたシルヴァーナのダンジョンは、厄介な連中に目をつけられた。
勇者は突如姿を消したが、その仲間たちは残っていた。連中はシルヴァーナのダンジョンに目をつけ、攻略に乗り出した。
勇者を欠いているとはいえその仲間たちは強く、シルヴァーナのダンジョンはほぼすべてを攻略され、その手はダンジョンコアの手前まで伸びた。
シルヴァーナは自らも鎧を着て部下を率い、勇者の仲間たちと決戦に挑んだ。
誰もがシルヴァーナの敗北を予想したが、シルヴァーナは見事勇者の仲間を下し、耐えきった。
そして連中を殺して得た莫大なマナを使い、グランドエイトの頂点に立ったのだった。
ダンジョンマスターならだれもが知る英雄譚だ。だがその激戦の折、シルヴァーナが右腕に深手を負ったことを知るものは少ない。今は傷も癒え、小さなあとが残るのみだ。
その腕の傷を確認したメグワイヤは、傷が少し大きいことを確認した。
シルヴァーナの腕の傷は、時折大きさが変化する。すぐそばにいたメグワイヤだからこそ気づいた変化だった。
もちろん傷跡が大きくなったり、小さくなったりするわけがない。変化の理由は憑依体であることが原因だ。
憑依体は本体と寸分違わぬ姿にするのが基本だが、そこは女。体についた傷あとを、少しでも小さくしようとしたのだろう。傷跡の大小を見比べれば、目の前にいるのが本体か憑依体かを見分けることが出来る。
傷は大きく見えた。何度も確認したが間違いない。傷は確かに大きい。
つまり今のシルヴァーナは本体で来ている。
メグワイヤの脳裏に勝利の方程式が浮かんだ。
シルヴァーナを捕らえて監禁、拷問でも何でもしてからマナを吐き出させ、その全資産をいただく。
腐ってもグランドエイト。その総資産はマダラメに続き第二位、そこらのマスターを合わせたよりも大きい。
得意の計算式の中に、どろりとした欲望も加わった。
これまでずっと目の上のたん瘤だったシルヴァーナを監禁し、拷問する。
シルヴァーナのすました顔が泣き崩れ、謝罪し許しを請う姿は、これまで何度も夢想した。
もちろん許す気などない。先ほどの人を見下した言葉を死ぬほど後悔させ、凌辱の限りを尽くす。
「さぁ、この手を取れ、メグワイヤ」
シルヴァーナは手を差し出したが、メグワイヤは刃を持って答えた。
「シルヴァーナ! だからお前は甘いのだ!」
刃と鮮血が煌めいた。
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