第五十話
第五十話
メグワイヤが覆面を取ると、集まっていた者たちがうなずいた。
全員がメグワイヤ配下のダンジョンマスター達だ。
「いいか、お前たち。今から隣の娼館を襲撃し、店にいるダンジョンマスターを捕らえる」
メグワイヤは改めて全員の顔を見て、ひとりひとりの顔を確認する。
「娼館に来ている奴は、憑依を使わずに必ず本体で来ている。ソサエティでは、いつだれが本体で来ているかなどわからないが、女を抱くのに、憑依体で来る奴はいない」
憑依体で得られる感覚は本物とそん色ないが、どこまで行っても偽物なのだ。必ず本体でやってくる。
「お前たちも知っての通り、北地区の娼館は防御が堅い」
メグワイヤは襲撃するにあたり、最初に北地区の娼館を除外した。
店側は警備を雇っているし、何より店の内部に転移陣があり、ダンジョンから直通でマスターはやってくる。中に誰がいるかもわからない。
店の防御は完ぺきである。娼館を経営していたメグワイヤ本人が自信をもって作ったのだから間違いない。
「逆に東地区は、警備は緩いがマナを持っていないマスターが多い。だがここは違う」
広間に置かれた机に歩み寄り、広げられた『妙なる鳴き声亭』の見取り図を叩く。
「娼館としては最下層も最下層だが、ここでしか受けられないサービスを求めて、もの好きなマスターがやってくる。しかもその中にはダンジョンランキングの上位勢もいる。この私を裏切り、情けなくもマダラメについた連中だ」
メグワイヤは憎々しく机を拳でたたいた。
「連中からマナを奪い、資産を没収すれば、返り咲ける。気を引き締めろ。道具は用意できているな!」
再度装備を確認させる。
猛毒が塗られた短剣にクロスボウ。さらに魔法の力を込めた魔法書を確かめる。これらは護衛や店の従業員を始末するためのものだ。次に停滞の楔を調べる。これを使いマスターの動きを封じて誘拐する。あとは拷問するなりしてマナを搾り取る契約を結ばせればいい。
メグワイヤ自身の目で、襲撃犯の準備が完了していることを確認する。
「よし、準備はいいな!」
メグワイヤは再度マスター達の決意を確認する。
ダンジョンマスターを害してはいけないというルールはない。しかし襲撃や監禁はさすがに問題視されている。
グランドエイトであったころは、自分が取り締まる側であったため訴える者がいなかったが、今は事が露見すれば罪に問われる。おそらく死ぬまで投獄されるだろう。
メグワイヤとしては、本来ならこういう現場に出たくはなかった。以前は危ない橋を渡るときは、裏で計画をするだけで表には決して出なかったが、今は配下のマスター達が信用できなかった。
現場を任せられる部下がおらず、自分で足を運ぶしかない。
「よし、エンミ。そちらはどうなっている」
水晶玉を取り出し訊ねると、水晶にはエンミの顔が浮かび上がった。
この水晶は離れた相手と話ができる魔道具だ。エンミには店の向かい側に張り込ませ、周囲の状況と店に入った客の動向を調べさせている。
『こちらに変化はない。三十分ほど前に数人の客が入っていったきりだ。店の客は五組、十五人いるはずだ』
魔道具から少し遠いエンミの声が応える。
「よし、その五組の中に上位のマスターが二人はいるはずだ」
メグワイヤの調査では、店に通うマスターの周期をある程度調べている。護衛が厄介だが、人目を忍んでいるため数は少ない。奇襲すれば処理は難しくないだろう。
「よし、そのまま見張りを続けろ、異変があればすぐに教えるんだ」
『わかった』
通信が途絶え、次に店に入り込んでいるソジュとつなげる。
「聞こえるか? そちらの様子はどうだ?」
ソジュは客のふりをして店に入り込み、中の様子を伝える役だ。
『いま、店の酒場にいる。一番右の端だ』
メグワイヤは、机に広げられた店の間取り図を見る。
店は酒場と宿屋が、一体化した作りとなっている。
一階が酒場で二階と三階に部屋があり、そこを娼館として利用している。
「ソジュ、店の様子はどうだ? 何人店にいる?」
『酒場には護衛が十人。入って左の席に二人。その隣に一人。奥右に三人。手前に二人。俺の隣に二人だ』
ソジュの言葉を聞きながら、間取り図に小石を置き、位置を確認する。
「店の人間は、小間使いもすべて含めて教えろ」
子供一人として逃すわけにはいかない。人数はしっかりと把握しておく必要がある
『店側はカウンターにバーテンダーが一人、給仕が二人。用心棒がカウンターに一人座っている。二階に上がる階段の近くに老婆が一人だ。上の様子はわからないが、今日出勤している女は八人だそうだ。さっき老婆に勧められたよ』
事前の調査で女の数も判明している。こちらの調査と変わりなく、いつも通りだ。
「よし、では襲撃の準備に取り掛かるぞ、まず班を三つに分ける」
メグワイヤは地図の上に駒を置き、襲撃手順を一つ一つ確認していく。成功には入念な準備が不可欠。準備が出来ていないということは、失敗を準備しているに等しい。
入念に練った計画を、一人一人に丁寧に確かめていく。配下のダンジョンマスター達も確認してうなずいていく。
「よし、配置につけ」
すべてを確認し終えると、襲撃の準備に取り掛かるように指示した。
配下のダンジョンマスター達がうなずき、配置につこうとした瞬間だった。突然後ろから女の声が響いてきた。
「やれやれ、相変わらず細かい男だな」
「誰だ!」
メグワイヤがふりかえると、そこには一人の女が立っていた。
褐色の肌に銀色の鎧を着込んだその姿は、まごうことなきグランドエイトの一人、白銀のダンジョンのマスターシルヴァーナその人だった。
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ロメリア戦記も更新しましたので、よろしくお願いします。
次回更新は二月十五日、土曜日の零時を予定しています




