第五話 ダンジョンルール
第五話
「ダンジョンルールとは、ダンジョンを作る上で守らなければいけない決まりです」
聞いた俺は吹き出した。
「何だ? それは? ばかげている。誰がそんなものを決めたんだ?」
そんなものを決めて、そんなものを守って、何の得がある。
「それは、私にはお答えできません。知らないのです」
どうやら例の上位存在が決めたらしい。腹立たしい限りだが、ケラマを責めても仕方がない。
「まぁいい、とりあえず説明してくれ」
「まずダンジョンはコアと必ず通路でつながっていなければなりません」
さっそく俺が考えたアイデアは封じられた。だったら、重箱の隅をつつくまでだ。
「なら細い通路をつなげるだけでよくないか?」
ほんの数十センチの、だれも通れない通路を作ればいいだけなのでは?
「通路の大きさには規定があります。大きい分には問題はないのですが、高さと横幅は最低六メートル以上の大きさであることが義務付けられています」
通れない通路はだめらしい。幅六メートルと言えば二車線の道路ぐらいだ。結構広いが、武器を持って戦うには最低それぐらいは必要か。
「なら扉だ。鍵をかけて私が持っていれば安泰だ」
ダンジョンに扉はつきものだ。オブジェクトでも鍵付きの扉が作れるのは知っているから、これはできるはず。
「扉を施錠することはできますが、扉を開けるためのアイテムは同じフロア内、所定の宝箱の中に安置することが義務付けられています」
「鍵を壁に埋めて隠したり、モンスターに持たせて移動させ続けるなんてのは?」
「だめです」
顔をしかめるしかない。
「じゃぁ謎解きだ。暗号で扉が開く方式を作ろう。絶対に解けない問題にしてやればいい」
ノーヒントでランダムな暗号を一発回答しろとか、円周率最後の桁を答えろとかなら、世界中の誰にも回答できないはずだ。
「それもできません。謎解きを出す場合は、厳密な審査があります。公平公正で必ず解けるようにしておくことが絶対条件です。正直、これらの条件はかなり厳しく、十人が挑戦したとすれば六人以上が解答できる問題でなければいけません」
「優しすぎるだろう」
六割が答えられる問題なんて、ないのと一緒だ。
開く扉に解答できる謎解き。いったい何のためにあるのか。
「どうしても難易度を上げる場合は、ヒントや答えを同じフロアに提示しておく必要があります」
ヒントと聞いて抜け穴を思いついた。
「ならヒントを大量に書いておけばどうだ?」
木を隠すなら森の中。無意味なヒントを大量に用意してやれば、答えられないだろう。
「いえ、ヒントや答えは定型の石板に提示しなければなりません。余計な石板を作ることも許されていません」
「うーむ」
思いつくアイデアがことごとく潰されていく。
「あと、罠を大量に設置することもできません。まず、罠の設置面積は、ダンジョン全体の床面積の五パーセントまでと決まっています。さらに罠は最低五十メートルの間隔を設けないと設置できない決まりがあります」
「なら、罠を連動させたらどうだ?」
一つの罠が作動すれば、他の罠も次々作動するように作れば、逃げ道がなくなるはずだ。
「いえ、罠を連動させてはいけません。あくまで外部的要因で発動することが前提となります。また、罠は必ず解除、もしくは回避する方法が無ければ設置できません。細い通路に後ろから岩を転がし、通路の先に施錠した扉を設置する。などの設計はできない決まりとなっています」
実はそれ考えていたのだが、駄目なようだ。俺がすぐに思いつくようなものは、もう先回りされている。
「あと、灼熱エリアや水エリアなどは一つの巨大な罠とカウントされます。これらは床面積五パーセントの制限は受けないのですが、これらのエリアにほかの罠を設置することはできません」
やってはいけないことばかりだ。
「冒険者って俺たちの敵だろ? なんでそんな気を使ってやらねばならないんだ?」
「申し訳ありません。私には答えられません」
ケラマが謝罪する。彼を責めても仕方ない。それに、冷静になって考えれば当然の処置ともいえる。
城攻めでは、攻撃側は防御側の三倍の戦力が必要だと言う。冒険者が何人で来るかはわからないが、もし数人から十人未満なら、ガチで守りを固めれば確実に勝つ。
すべてのダンジョンマスターが完璧に守りを固めれば、人間側に打つ手がなくなり、攻略ではなく封鎖する方向に動く。そうなればマナが入手できず、ダンジョンマスターに待っているのは、緩やかな飢え死にだ。
ダンジョンマスターを縛るルールが、ダンジョンを成立させている。腹が立つが、仕方ないことなのだろう。
「それをごまかすことはできないのか?」
「コアに書き込まれているルールですので、作ろうと思っても作ることはできません」
違反することはできないとケラマは言う。逆に言えば、設置できたとすれば、それはダンジョンが許したということだ。
「うーむ」
俺は深く椅子にすわりなおして思案する。
おそらくすぐに思いつくようなアイデアは、先回りされているだろう。
しかし完璧なシステムは存在しない。アイテムクリエイトにも不備はあった。このルールにも抜け穴はあるはずだ。時間をかけて探してみよう。
「では次はモンスターのことを教えてくれ」
ダンジョンの設置や、罠には厳しい制限があった。ではモンスターはどうだろうか?
「モンスターの配置にルールは存在しません。制作に関してはすでにお気づきと思いますが、強いモンスターを製作しようとすれば高く、能力を付与しようとすればさらに高くなります。ポイントさえ払えば強力なモンスターを作ることに制限はありません」
ポイントがかかることが制限。ということだろう。
「ただし、ルールではありませんが、配置することには少し問題があります。まず基本的なことですが、モンスターは自分の考えを持ち、勝手に動くということです。基本人間を見れば襲い掛かるのですが、細かい命令を聞いてはくれません。ある程度知性化していればこちらの指示を聞いてくれるのですが、知性レベルが低い場合は自分の縄張りを勝手に決めて住み着きます。居心地が悪ければ移動し、下手をすればダンジョンから出て行くこともあり得ます」
「おいおい」
ポイントをかけて作ったのに、出て行かれては大損だ。
知性化していないモンスターは、ダンジョンに住み着いた野生動物ぐらいに思ったほうが良さそうだ。
「施錠扉で階層を区切るのは、モンスターの逃亡を防ぐ意味合いもあります」
なるほど、入ってくるのを防ぐためではなく、出て行かせないためのものか。そう考えると、扉は必要だ。
「また、罠を設置した場合、モンスターが罠にかかることもあり得ます。罠の付近にモンスターを配置することはお勧めできません。隣接させる場合は、罠にかからないモンスターを配置すべきでしょう」
「落とし穴にスライムとか、そんな奴か」
「はい、ただ、熟練の冒険者であれば、モンスターの種類を見て、設置される罠を見抜いたりもしてくるようです」
なるほど、組み合わせに制限があるなら、そういう読みあいも起きるのか。これは悩ましい。
「あと何より難しいのは、モンスターの飲み水や食糧を用意してやらねばならないことです」
「それも俺が用意するのか?」
俺の言葉にケラマがうなずく。
てっきりダンジョンから栄養を取るものと思っていた。
「一部例外を除き、用意しなければなりません。モンスターが出て行く最大の理由は食料不足です。逆に言えば、食料さえ用意してやれば出て行くことはありません」
「それもポイントを使って用意するのか?」
なんだかとても足りると思えないのだが。
「いえ、モンスターの中には繁殖力の高いものもおります。最初に連中を作り、繁殖させれば、ポイントはかかりません」
なるほど、そういえば繁殖力というステータスがあった。
「基本的にですが、弱いモンスターは繁殖力が高く、放っておいても勝手に増えます。まずは連中を増やして、食料とするのが一般的です。草やコケが繁殖するエリアを設けて、そこにネズミ型のモンスターを配置しましょう。さらにネズミを食うモンスターを作り増やし、さらに大型のモンスターに食べさせます」
なんだか大きな話になってきた。一つの生態系を作れと言っている。
「他のダンジョンマスターは、本当にこんなことまでやってるのか?」
侵入者対策だけではなく、生態系にまで気を使わなければならないなんて、とてもじゃないが俺には無理だ。
「そういった補佐をするために、私がいます」
なるほど、しかしそんなことに労力を割いていて、本当に侵入者を撃退できるのか?
「そうだ、スケルトンやゾンビといった奴らはどうだ。あいつらなら食べ物いらないだろう」
それに指示されなければ動かないのなら、勝手に動かず、罠にもかからない。不死の軍団スケルトンダンジョン。よくある話だが、それだけに悪くない。
「スケルトンは安いわりに休まず疲れず、倒されても時間が経てば復活する特性があります。ですが、あまりお勧めはできませんね」
「なぜだ?」
いいことづくめだと思うが。
「作ってみると分かりますよ。いえ、実際作ってみましょう。ダンジョンで使わないにしても、スケルトンは何体かいたほうが便利ですので」
ケラマのいうことはよくわからなかったが、試しにスケルトンを作成してみる。ステータスはいじらず、デフォルトのままのスケルトンだ。お値段十ポイント。ゴブリンかコボルトが十五から二十ポイントということを考えれば、不眠不休で働き、倒されても復活するこいつは、かなり当たりではなかろうか?
決定ボタンを押すと、さっきのケラマと同じように光の中から白い骨が生み出される。武装は何もないが、最初に作った鉄の剣を持たせてみる。
「よし、これを振ってみろ」
剣を渡すと、腱もないのになぜかくっついている指の骨で、剣を握ったスケルトンは、鞘も抜かずにそのまま縦に振るった。
反動で鞘が飛んでいき、壁に当たって落ちた。
「…………」
知性がないと言う話だったが、鞘から抜くことすら思いつかなかったらしい。
まっ、まぁ、抜き身のまま持たせればいいか。
それに剣を振るう動きは、そんなに悪くなかった。動きは遅いが、それでもさっきの俺よりはましな動きだ。
「よし、もっと振ってみろ」
今度は袈裟がけに剣を振り下ろす。そして次は剣を掲げて縦切り、その次は袈裟がけ、縦切り袈裟がけ縦切り、袈裟がけ……
スケルトンは延々と同じ行動を繰り返している。
「……なぁ、もしかして」
「はい、スケルトンには、これ以外の攻撃方法がありません」
「マジでか」
たった二パターン。動きもそんなに早くない。落ち着いて動きを見切れば、素人の俺でも倒せそうだ。
「他にもゴーレムやパペット系モンスターは、同様の欠点があり、疲れを知りませんが、単純な動作しかできません。もちろん、新たに覚えさせることは可能ですが、時間がかかります。知性化すれば多少改善されますが、それをするぐらいなら……」
「普通のモンスターの方が、効率がいいか」
ケラマの答えを先回りして、自分でしょぼんとする。
「それとスケルトンは弱点が多く、神聖魔法や祝福をうけた聖水や塩でも大きなダメージを受けます。知性が低いため、ロープを張っただけのような簡単な罠にも引っ掛かり、見えていても避けることすらできません。対策されてしまうと、簡単に撃破されてしまうという弱点があります」
うーむ。聞けば聞くほど悪いことだらけ。
俺は作ったばかりのスケルトンを見た。
やめろと言われていないので、扇風機みたいに延々と剣を振るっている。命令に忠実なのはいいが、全く応用が利かない。
「もうやめていいよ。なぁ一体作った方がいいと言っていたが、こんなのが役に立つのか?」
こんなの呼ばわりはひどいが、しかし運用方法が見えない。
「スケルトンやゴーレム。パペット系は、マスターが憑依し操作することが出来ます。ただし操れるのは一体だけ、その間マスターは動けず、操作に専念することになります。制約はありますが、何かあった時のために、ダンジョンに配備しておけば重宝しますよ」
確かに、それは便利。
「各階に一体ぐらいは配備しておくと、なにかと役立つかもな」
「当座の方針が決まるまでの間は、掃除でも教えておきます。身の回りの世話を覚えさせると、それはそれで重宝しますよ」
なるほど、それは助かる。
だがスケルトンもゴーレムもダメ。あと他にどんな奴がいるだろうか?