第四十五話
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第四十五話
その日、シルヴァーナは自らのダンジョンの自室で、今日何度目かわからぬため息をついた。
シルヴァーナは、普段から鎧を愛用している。その方が精神的にも落ち着き、部下にも力強い自分を見せつけることが出来るからだ。
しかし今、シルヴァーナの褐色の肌を包むのは、武骨な鎧ではなく、銀色に輝くドレスだった。
整えられた髪に金剛石のイヤリング。銀細工のネックレスに、整えられた指先。足元も銀に光るピンヒールで隙なくドレスアップされていた。
「わが君」
扉の向こうで副官のクリムトが声をかける。時間だ。
「今行く」
仕方なく立ち上がり扉を開けると、副官が立っていた。
「お………」
忠実なる副官は、私の姿を一目見るなり口を開こうとしたが、すぐに閉じた。
お似合いですとでも言おうとしたのだろう。しかしそれを喜ばないと知り、すぐに言うのをやめたのだ。
「やはり行くのはやめましょう。我が君がそこまでされることはありません」
クリムトは止めようとしたが、そうはいかなかった。
「あのマダラメの誘いなど、無視してしまいましょう」
そう、一週間前だ。突然マダラメから食事の招待があった。ご丁寧にドレスまで送りつけられてだ。
あの男が用意したドレスに、そでを通すなど耐えられない。だが耐え難き苦行を耐えねばならないのだ。
「すでに行くと約束してしまった。それにどうしても行かねばならない」
行かねばならない理由がある。
「しかし、我が君がそのような屈辱に、なぜ甘んじなければならないのです」
「わかっている」
あの男の呼び出しだ。どうせ私を辱め、グランドエイトの失墜を他のマスターに見せつけるつもりだろう。
だがそれでも行く価値があるのだ。
「それ以上言うな」
副官を黙らせると転移陣へと向かい、ソサエティへと転移した。
ソサエティへと転移すると、執事服を着たスケルトンが待っていた。
「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
スケルトンに案内された先には、馬車が待っていた。深い青に金の装飾が施された立派な馬車だった。
馬車に乗り込むとすぐに走り出し、レストランへと向かう。
レストランは最近作られたばかりの店だ。もちろんマダラメが出資し経営している店だ。建物は細部にまで意匠が施され、これまでにない豪華な作りだった。
銀のヒールでレストランへと踏み入れると、深い青と黒の落ち着いた店内が見渡せた。
シルヴァーナは店を見回して、少しだけ安堵した。
青が好きな色だからではない。ほかに客の姿がなく貸し切りだったからだ。
クリムトが言うようにマダラメ派閥のマスターが集まり、さらし者にされるのかと覚悟していたが、そんなことはないらしい。
「どうぞ、こちらでお待ちです」
タオルを腕にかけた給仕服のスケルトンが、優雅な手つきで奥へと誘うと、見晴らしの良い奥の席には、タキシード姿のマダラメが席についていた。
「よくお越しくださいました」
私に気づくなり、マダラメが立ち上がり手を広げて笑顔を見せるが、さすがにそこまで相手をしてやる義理はない。
抱擁の仕草を素通りして席に向かう。
給仕スケルトンが椅子を引いてくれたので丁寧に礼を言い、突っ立っているマダラメに白い視線を送る。
「やれやれ、お機嫌が悪いようで」
「当然だ、お前と食事するのだから、機嫌がよいはずないだろう」
「しかし来ていただけた」
マダラメは席に座りながら、給仕係にワインを用意させる。
「本当に約束を守るのだろうな?」
恥を忍んでここに来たのには理由がある。
「嘘だというのなら、その首跳ねるぞ?」
私は刃を握るふりをした。
もちろんただのふりではない。本当に刃を握っている。持ち主以外には視認できない透明の刃、透明器を握り締めている。
「もちろん、嘘偽りなど言いませんよ、ちゃんとここに権利書を用意しています」
マダラメはタキシードの懐から、一枚の権利書を取り出しテーブルの上に置いた。
我が配下のダンジョンマスター、そのコアの権利書だ。
グランドエイトが崩壊した時、彼らは握っていた配下のコアの権利書も放出してしまった。
その大部分はマダラメが買い取り、奴の手元にある。権利書を握られていてはいつ潰されるかわからず、多くのダンジョンマスターが怯えている。
あれらを買い戻すことが出来れば、マスター達の安定につながるだけでなく、勢力基盤を盤石にすることが出来る。
なんとかマダラメと交渉し、買い戻そうと考えていた。その矢先に奴の方から私を食事に誘い、来てくれれば権利書をタダでくれるという。
無料でくれるなど信じられないが、マスター達の手前無視もできなかった。私にすがってくるマスター達の願いをむげにすれば、派閥の再編など夢のまた夢。それが分かっていての交渉だろう。相変わらずこちらが断れない手を打ってくる奴だ。
「お前はここに来れば権利書を渡すと言った。では貰っていいのだな」
私は座ったばかりの椅子を立った。ほんの一分と経っていないが、それでも約束は果たしたと言える。
「ええ、構いませんよ。デザートまで付き合ってもらえれば、もう一つ付けましょう」
出した権利書の上に、もう一枚権利書を放り投げる。
二枚目の権利書に、シルヴァーナの心は揺れる。歯噛みしたい気分だ。
自分を破滅させた相手と食事をとる。
身の毛もよだつ行為だが、たった一時間ほど我慢するだけで、二人のマスターが自分に絶対の忠誠を誓うのだ。断腸の苦しみがあったとしても、我慢すべきだった。
「いいだろう」
立った席をもう一度座りなおした。
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