第四十四話
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第四十四話
巨大な闘技場では、氷山のごとき氷の塊が生まれ、焼けた肉のにおいが充満する。
氷の中で獅子は完全に凍り付き、騎士は剣を上に掲げたまま、黒焦げとなり煙を上げていた。
あとは氷を殴りつけて粉々にし、丸焼きになっている黒騎士を爪で引き裂けば終わりだ。
体をつかんでいた霜の巨人が手を緩め、雷竜が振り下ろしていた手をわずかに上げようとしたその時だった。
氷漬けとなり黒焦げとなった獣と騎士の双眸が勢いよく開かれ、炎のように赤い眼が爛々と輝いたのは。
一人と一匹の声が闘技場に響き渡り、分厚い氷が砕かれ、大剣が竜の腕を切り裂く。
獲物がまだ生きていたことに気づき、巨人が左手で角をつかみ右の拳で獣の頭部を殴りつけるが、それでも獅子は止まらない。頭部を何度も殴られ、左の眼球がつぶされてなお鼻息荒く、首を上へと振り上げる。
巨人は角を掴む手から白い冷気を放ち、角を凍結させようとしたが、雄牛の角が青白く発光をはじめ凍結を遮断する。
獅子の太い首から万力のような力が込められ、角がわずかに上に動き、腹が切り裂かれる。
巨人は殴るのをやめて両手で角を握り締め、全力で止めようとするが、獅子も全身の力を込めて突き上げる。
獅子が吠え、首を一気に跳ね上げる。
鮮血の刃が闘技場を縦に切り裂く。
巨人の腹が切り裂かれ、赤いはらわたが零れ落ちた。
あらわになった内臓を、肉食獣は見逃さない。ここぞとばかりに食らいついた。
巨人がついに苦しみの悲鳴を上げ、つかんでいた角を離す。もがき苦しむ巨人をなぶるように、食らいついたはらわたを引き裂き、かみちぎる。
痛みに巨人が膝を折り、上体が前に倒れる。獅子は雄牛の角を振りかざし、巨人の心臓に突き立てた。
断末魔の声を上げて、巨人は両手を投げ出し絶命した。
一方、右腕を切り裂かれた金色の竜は、即座に左の爪を放った。
鋼鉄をたやすく切り裂く爪が、騎士の振るう大剣にばらばらに分解されていく。
両手を失ったが、その代わりにわずかに身を引き距離を取れる。竜の口腔に紫電が走り、雷のブレスが放たれる。
だがその威力は弱い。すでに何度も電撃を放ち、体力が落ちている。最初に見せた吐息と比べれば、半分以下の威力。だがそれでよかった。電撃を受け、騎士の体が一瞬だけ硬直する。
そこに竜の牙が襲い掛かった。
竜の口から逃げ出すようなもの。
東方に伝わる、不可能を意味することわざだ。
最強の名をほしいままにする竜の口にとらわれ、生き延びる術などない。
そのまま一息に噛み殺そうとしたが、竜の顎に違和感。岩さえも軽々とかみつぶす顎が閉まらない。
牙の隙間からは黒い刃がはみ出ている。口の中ですら抵抗しているのだ。
竜の沽券のために、何より自らの命のために、全力で噛みしめる。
さすがに口の中では分が悪く、騎士の刃が徐々に押し返されていく。
その時、黒騎士の刃が青白く発光した。
発光する刃と、世界最強と言われる竜の牙がせめぎあう。
直後、甲高い金属音が闘技場に響いた。
竜は刃をへし折った感触に勝利を確信したが、音を立てて地面に転がるものを見て驚愕した。
緩く湾曲した白銀に輝く物体は、なにものをも砕いてきた自らの牙だったからだ。
竜の牙を押し切った騎士が、そのまま剣を振り抜き、竜の上あごを切り裂く。
悲鳴を上げて竜が口の中の騎士を吐き出すと、翼を広げた黒騎士が空中で旋回し、竜の頭に飛び乗る。
自らの眉間に突き立てられる大剣。それが雷竜の見た最後の光景となった。
「アルファスとオーメルガは順調なようだな」
雷と霜の怪物を倒した二体を見て、俺はうなずく。
黒騎士の方がアルファス。角を持つ獅子がオーメルガだ。
ともに特注で作ったモンスターだ。
「はい、五百万もしたモンスターに、正面から押し勝ちました」
大枚はたいて購入したモンスターだが、二人には及ばなかったようだ。
竜と巨人に勝った二体が死体のそばに歩み寄る。すると黒い影が騎士と獣の体からあふれ出した。
黒い影が伸び、二つの屍にとりついたかと思うと、巨体を覆い飲み込み始める。
融合の力だ。特別に与えたスキルで、倒した相手の力を取り込むことが出来る。
影が巨人と竜の体を覆いつくし飲み込まれると、騎士と獅子の体つきが少し変化した。
騎士が身にまとう漆黒の剣と鎧に金色に輝く模様が刻まれ、獅子の体には首から尻尾にかけて真っ白なたてがみが生える。
騎士が剣を振るうと剣からは紫電がこぼれ、大上段からの振り下ろしをすると、稲妻がほとばしり闘技場を薙ぎ払った。
獅子の体からは冷気が漏れ出し、周囲を凍てつかせ闘技場全体が白く覆われ始める。
グランドエイトの階層主を取り込み、さらに強くなったようだ。
「どこのダンジョンを探しても、これ以上のモンスターはいません」
ケラマは自慢げに言うが、俺は納得していなかった。
「だがまだまだだな。力押しで来る相手に力押しで押し勝つのはいいが、それしかできないのでは意味がない。さらに経験値を積ませるべきだな。さらに強敵を生み出して相手をさせよう」
俺の言葉に、ケラマが体ごと振り返る。
「しかしマスター。すでにマナを超過しております。このままでは」
カジノやソサエティの収益を食いつぶすと言いたいのだろう。気持ちはわかる。俺も血を吐く思いだ。
しかし必要なのだ。
「ケラマ。こいつらで四英雄に勝てると思うかい?」
「それは………」
わが副官は言いよどんだ。
アルファスとオーメルガの体内保有マナはすでに一千万を超えている。単純計算で、四英雄単体の十倍。四対一でも負ける要素はない。
しかし人間の最も恐ろしい力は、連携し協力することだ。人類最強の四人が連携すれば、その力を何十倍にも高めてしまうだろう。十倍程度では心もとないのだ。
「これぐらいじゃぁ、あいつらの刃は届く」
届くのは一刀、一瞬だけかもしれない。しかし連中にしてみれば、それで十分なのだ。
その一撃で、奴らは必ず首を取りに来る。
それを可能としたからこそ、彼らは英雄なのだ。
「そこまでなのですか?」
「ああ、奴らは危険だ。対処しておく必要がある」
「ですが、彼らは上で足止めされているのでは?」
確かに、四英雄は謎解きを苦手としていて、攻略はうまく行っていなかった。時間稼ぎの罠にはまってくれている。
「会議でも言っただろう? あれは演技だ」
彼らが謎解きを苦手としているのは本当だろう。しかし、なら得意な奴を連れて来ればいいだけの話だ。
昔の仲間を募り、財力で集め、信者に呼び掛け、配下に命令すればいい。彼らにはそれが出来る。そうしないのは彼らも時間を稼ぎたかったからだ。
「連中はここに居ついているが、ホテルには泊まっていない。上の街でもなくロードロックに部屋を借りている。最近ではここに家を作るらしい。早速小さな小屋を建てて、時折四人でそこに集まっている」
「中で何を?」
「さて、何をしているのかな? ただ、中を調べようとしたができなかった」
ダンジョンコアは、周囲の状況を調べる機能がある。ロードロックの街並みなど、簡易だが見ることが出来るし、人の動きを追うことも可能だ。しかし彼らが仮設に建てた小屋は、中の様子を調べることが出来なかった。
「おそらく結界のようなものを張っているんだろう。使い魔を飛ばせば何かわかるかもしれないが、危険すぎる」
連中は謎に躓き、こちらが用意した遊戯にハマってくれたように見えるが、あれらは全て演技だ。
「上の階と同じだ。危険性が無いと見せかけるために、謎解きやギミックを用意して見せたが、あれは俺たちが見せてもいいと思った部分を見せただけ。それは連中も同じで、見せていい部分しか見せてくれていないよ」
連中は何一つ油断せず、気を許していない。まさかここまでとは思わなかった。
あいつらはいずれ本気でここをとりに来る。それがいつかはわからないが、必ず来る。
それまでに準備しておかなければいけなかった。
「そこまでですか………わかりました」
わが副官は頭を垂れた。
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