第四十三話
今日の分です
いつもと毛色が違いバトル回
第四十三話
四英雄との日課を終えた俺は、浮遊する移動台を使ってダンジョンの中を走行していた。普段はこんなもの使う必要などないのだが、まっすぐ続く廊下は延々と続いている。ちょっと先が見えないぐらいだ。
俺のダンジョンも大きくなったものだった。
グランドエイトを下して、史上最高額のマナを保有した我がダンジョンは、大変革を遂げていまや深淵ともいえる深さを誇っていた。
その構成は大きく四つに分けることが出来る。
一つはカジノとホテルのフロアだ。
カジノは今や増えに増えて七階層存在し、ホテルは五階層を数えている。さらにイベント会場なども追加されているため、非常に広大だ。
しかしこれらのフロアは広大であっても、ダンジョンの規定から見れば一階分でしかない。
ダンジョンの数え方として、重要なのはコアへ続く道であり、攻略に直結しない階層は数に入れないからだ。
次は一階の扉を超え、四英雄も挑戦したフロアが続く。
ここには時間稼ぎの通路や、娯楽的な謎解きなどが詰め込まれている。サバゲーフロア以外にも、ゴーカートやボウリング場、バッティングセンターなどアミューズメント施設が立ち並んでいる。
冒険者たちの目をそらすためのものだが、俺もたまに遊んでいるこれらの施設は、たっぷり三十階層分が用意されており、攻略には時間がかかるようになっている。
その次は空白のフロアだった。
まっすぐな通路が続き、階段があり、またまっすぐな通路が続いている。
これは時間稼ぎのためにあるのではなく、攻略の手が迫った時、いつでも階層を追加できるように余分に作られた階層だ。
このフロアは特に多くとられ、階層にして百階分は取られている。使う必要が無ければいい備えだが、いつか使う時が来るかもしれない。
最後がコアを中心とした、ラストフロアだ。
コアとダンジョンをつなぐ前には大部屋があり、偉そうな玉座が据えられてある。
もし冒険者たちに攻め入られれば、ここで最後の戦いを挑むことになる。
できればそんなことは避けたいし、最終決戦以外使い道はない部屋だ。据えられた玉座も数回しか座っていない。
それよりも重要なのが、コアの奥に設けられた運営区画だ。
まず心臓部ともいえる、カジノを監視するモニタールームに、ゾンビ娘たちが働く景品部がある。これらはすべてが一新され、機能も設備も巨大化し進化している。
モニタールームは、今や作戦本部の様相を呈している。巨大スクリーンが据えられ、階段状にいくつもの机が並べられ、知性化されたスケルトンが忙しく動き回っている。その中心で十面二臂の活躍を見せるのが、首から頭蓋骨をさげるゲンジョーだ。
隣の景品部も様変わりし、ファッションブランドの最前線となっている。
二十三人のゾンビメイドたちが流行を研究し、新しい服や化粧品を考え、次々と新商品を生み出している。
その隣では製造工場たる五台の複製機が、唸り声をあげて次々に景品を生み出し、補充している。
さらにイベント企画を行う企画部や、スケルトンを教育する人材育成部などが続く。
大小さまざまな会議室も追加されたし、幹部たちの部屋や執務室も作ってある。ほかにもソサエティに続く転送陣、憑依のためのパペットを収めた憑依ルーム、俺自身の私室などもここにある。
機能が充実し、ダンジョンの心臓部と言える場所だが、他の三つのフロアと見比べれば小さなものだった。
最近までは。
俺が移動台を使って進む通路の両脇は、マス目状に陥没していて大きな穴が開いていた。穴は深く、のぞき込むと怖いぐらいだ。
穴の奥底には凶悪な姿をしたモンスターが、核ミサイルのように格納されている。
作ったり購入したりしたモンスターが、互いに殺しあわないようにするための檻だ。
これまでほとんど戦力となるモンスターを配備していなかったが、モンスターの売買や貸し出し業に手を出したので、こういう施設も必要になった。
移動台を飛ばして奥へと進むと、ひときわ巨大な穴が見えてきた。モンスターを戦わせるための闘技場だ。
穴の近くにはレバーがある作業台が置かれ、その前で白いスケルトンが直立していた。手にはケラマをのせている。
「マダラメ様、四英雄の相手は終わったのですか?」
俺に気づいたケラマが恭しく頭を下げる。いつまでも礼儀正しい奴だ。
「ああ。そっちはどうだ?」
「ちょうど今から始まるところです」
律儀な副官が穴の下を見ると、闘技場はいくつもの扉がある。
ケラマがスケルトンに指示して、作業台のレバーを操作させると、闘技場にある二つの扉が同時に開いた。
扉からは地響きと共に、二頭のモンスターが現れた。
一頭は巨大な竜。金色の鱗をきらめかせ、巨大な角には紫電がほとばしり帯電している。
相対する扉からは、白い冷気と共に氷山のごとき巨人が現れた。全身を霜に覆われ、身動きをするだけで周囲のものを凍てつかせている。
二頭ともグランドエイトのダンジョンで、無敵の階層主として恐れられたモンスターだった。
雷竜と霜の巨人がにらみ合う。互いに咆哮を上げ電撃を飛ばし、冷気で威嚇する。
一触即発、今まさに両巨頭がぶつかろうとしたとき、三つ目の扉が開かれた。
二頭が同時に首を返し、三つ目の扉を見た。
先ほどまで激しく威嚇しあっていた二頭が、何かが来ることを予感したのか、じっと扉の奥を見つめる。
扉の奥は暗く、何がいるのかは見えない。
じっと扉の奥を見据えていた階層主たちが、突如扉の奥に向かって咆哮を上げ始めた。
互いに声を張り上げ、三つ目の扉に向かってしきりに吠える。
最強の名をほしいままにしてきた竜と巨人が、扉の奥にいる何かに警戒し、威嚇の声を上げているのだ。
二頭が威嚇を向ける扉の陰から、巨大な影が現れる。それは獅子の体を持ち雄牛の角を持つ獣だった。
黒く覆われた獣毛は針金のように尖り、皮膚の下には凝縮された筋肉の塊が、今にもはちきれそうに膨らんでいた。ねじ曲がった二本の巨大な角は天を突き、大きなあごには剣のような犬歯が並んでいた。
そしてその獣の背には、鎧を着た騎士がまたがっていた。
漆黒の鎧に兜、刀身さえも黒い大剣を持ち、背中には鷲の翼がたたまれている。
竜と巨人が一人と一匹を威嚇するも、獣は動じず前に進み部屋の中央まで行くと背に乗っていた剣士が翼を広げ飛び降りる。
人型の騎士はもとより、角を持つ獅子も、両巨頭と比べて一回り小さかった。
だが自分より小さい相手に、竜と巨人は効きもしない威嚇の声をあげながら後ろにさがる。
しかし背後に逃げ道はない。何より最強を自負する矜持が、逃走を許さなかった。
先手必勝とばかりに両巨頭が前に出る。雷竜がその口腔から、霜の巨人は全身から渾身の電撃と凍結波を放つ。
あらゆるものを凍らせ、破壊する死の嵐が獣と騎士に降り注ぐ。
だが騎士も獅子も逃げない。
獅子の口には青白い光がともり、破壊の力を込めた光が吐き出された。
凍結波と光線が激突し互いに押し合う。氷の巨人は、渾身の力を込めて凍結波を放出するも、獅子が吐き出す光線に徐々に押し返され、支えきれず、身をかがめて逃げた。
一方騎士はというと、こちらも構えた大剣に青白い光を灯し、迫りくる裁きの雷に向かって渾身の一刀を振り下ろす。
直後、極太の稲妻がはじけ飛び雲散霧消した。雷を斬ったのだ。
竜と巨人は絶大の自信を持っていた一撃が防がれたことが信じられず、放心する。相手の準備を待つつもりはなく、獅子と騎士が動く。
獅子が巨体に似合わぬ脚力で疾駆し、騎士は背中の翼を広げ、地面を這うように飛び竜に迫る。
二体の突進に気づき、竜と巨人も迎え撃つ。
巨人は携えた棍棒を振り上げ、まっすぐこちらに向かってくる獅子の頭に向けて、巨大質量の塊を振り下ろした。
放たれた棍棒は、狙いたがわず角のある頭部に命中する。そのまま地面に打ち付け、木の実のように叩き割るつもりだったが、振り下ろされた棍棒が地面にたどり着くことはなかった。
棍棒を頭に受けた獅子は、その太い首で超打撃を受け支えたのだ。
獅子の咆哮を上げ、全身の力で抵抗して棍棒を跳ね上げる。
巨人は驚愕するも、跳ね上げられた棍棒を即座に振り下ろす。獅子も首を振るい棍棒を角で受ける。
二度目の角と棍棒の激突は互角。互いに弾かれ後ろに吹き飛ばされるも、獅子は即座に態勢を整え三度角を振るう。巨人も三度棍棒を振り下ろすが、三度目の激突で勝敗が付いた。
巨大質量の激突に両者が一瞬止まったかに見えたが、直後巨人の握る棍棒に亀裂が走り半ばからへし折れた。
獲物を失った巨人の腹に獅子が突進し、角を突き立てる。角は巨人の腹を貫通し、突進は巨体を引きずってなお止まらない。獅子の角は闘技場の壁にまで届き、ダンジョンを揺らして巨人を縫い留める。
だが腹を突かれてなお、巨人は死んでいなかった。自らを貫く獅子を引きはがそうとはせず、逆に両腕で抱き着く。
巨人の全身から白い冷気が立ち上り、獅子の体が氷におおわれていく。
獅子も振りほどこうとはせず、さらに角を突き立て、巨人のはらわたを引き裂こうとする。だが氷の浸食がすすみ、獅子の体全てが氷で覆われ、その上をさらに氷が覆っていく。
そしてついに巨大な一塊の氷山となり、氷の彫像となった。
一方、地面すれすれを滑空する騎士は、突如横からの衝撃に全身を強打されて直角に吹き飛んだ。
投げられた小石のように地面を何度も転がり、ようやく身を起こすと、そこには巨大な尻尾を見せる雷竜の姿があった。横薙ぎの尻尾が高速の鞭となり、薙ぎ払ったのだ。
立ち上がった騎士は、片手で兜の具合を直しながら、再度竜に向かって疾走する。
その動きに、邪竜は計算高い笑みを見せる。
地面を這う相手であれば、尻尾の一撃でいくらでも薙ぎ払える。跳躍してかわすだろうが、雷のブレスで迎撃すれば回避しようがない。空中であれば、先ほどのように斬ることもできない。
これまで幾度となく冒険者を屠ってきた、必勝の組み立て。絶大の自信をもって薙ぎ払いを放つ。
だがその自信は鮮血と共に打ち砕かれた。
太い尻尾が断ち切られ、宙を舞い飛んでいく。
はるか地面を見下ろせば、小石のように小さな騎士が血刀を掲げていて。
高速で振るわれた、丸太のような尻尾を断ち切ったのだ。
小さな生き物に傷つけられ、竜の双眸を怒りに染まる。攻撃本能のままに、爪を繰り出し襲い掛かる。
だがこれは悪手であった。怒りに我を忘れた攻撃は隙が大きく、騎士は易々と牙や爪をかいくぐり竜の懐に入り込むと、大剣を振るって左後ろ足を切り裂く。
鋼鉄の強度を誇る竜鱗が断ち切られ、鮮血とともに宙を舞う。
自らの失策を悟った竜は大胆にもわざと体勢を崩し、懐に飛び込んできた騎士をその巨体で押しつぶす作戦に出た。
騎士は地を蹴り、鷲の翼を羽ばたかせて巨体の津波から逃れようともがく。
何とか押しつぶしから逃れたが、直後頭上から降り注いだ竜の爪にからめとられた。
雷竜は右手にある確かな手ごたえに口の端をゆがませるが、手に走る激痛が笑みを苦悶へと変えた。
巨大な爪を携えた手の甲から、小さな突起物が生えたかと思うと、鱗を突き破り飛び出てくる。手の下で騎士が大剣を立て抵抗しているのだ。
竜は身を起こしながらも、そのまま押しつぶそうと体重をかけるが、傷口が広がるばかり。ならばと雷竜は全身を帯電させ、渾身の電撃を手のひらに流す。
金属さえも蒸発させる高圧電流が、剣を伝い騎士の体に直接流れる。
騎士は耐えるが竜は手を緩めることなく、力の続く限り電撃を流し続けた。
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