第四十一話
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第四十一話
扉が閉められ地下へと続く階段が現れる。この階段を降りるのは二度目だ。高鳴る感情を抑えながら階段を降りると、そこには以前も見た延々と続く廊下があった。
一点透視図法の見本のように、廊下の先が点に収束するほど長く続いている。これを歩き切るのは骨だが、そこは心配していなかった。
「感謝しなさい、本当ならついてきただけのあんたや、ほかの皆を乗せてあげる理由なんてないんだけれど、しみったれだなんて思われたくないから、一緒に乗せてあげる」
アルタイル嬢が折りたたんだハンカチを取り出し、廊下に投げたかと思うと、たたまれたハンカチが広がっていく。しかも二回三回四回五回と、どんどん広がり、ついには絨毯ほどの大きさになってようやく止まった。
「圧縮魔法ですか」
初めて見る。
紙や布を半分に折りたたんだ場合、厚みの関係から八回以上は折ることができないとされている。だが圧縮魔法は物体の厚みを半分にすることが出来るため、限界を超えて折りたためる。
ただし布や紙のように、薄い物しか圧縮できない。使い勝手が悪く、使用する者もまれな魔法だ。
「絨毯よ、浮かびなさい」
アルタイル嬢が言葉をかけると、絨毯が浮かび上がった。
空飛ぶ絨毯。伝説クラスの魔道具だ。
それほど高く飛べないが、馬と同程度の速度で空を飛ぶことができる。これがあれば簡単にこの通路を抜けることができるだろう。
四英雄がちまちまこの廊下を歩いたとは思えず、おそらくこの手の道具を持っていることは予想できていた。
「驚かないのね」
アルタイル嬢がくちをとがらせる。どうやら俺の態度が気に入らないらしい。
確かに圧縮魔法はかなり高度な魔法だし、空飛ぶ絨毯も相当に希少なアーティファクトだ。アルタイル嬢は俺が驚くのを期待していたのだろう。俺は少し考えて返事を返した。
「アルタイル様は有名であられますから、これらのことは事前に知っておりました。しかし実際に見て乗れるとは、感激に言葉もありません」
プライドをくすぐってやると、貴族のお嬢様はすぐに機嫌をよくした。
とはいえすべてが嘘ではない。四英雄は冒険者のあこがれだ。自然と噂は流れるしその逸話や戦い方。装備品などをまねてあやかろうとするものは多い。
「ほら、特別に乗せてあげるから、さっさと行くわよ」
身に余る光栄に感激しているふりをして絨毯に乗り込む。
実際、乗ってみた感想は素晴らしかった。まるで水の上をすべるように進んでいく。多少の段差や障害物などものともせず、あっという間に単調なフロアを渡り切る。
反対側にまでたどり着くと扉があった。
胸が高鳴るのを感じた。この向こうに何が待っているのか、それを知りたくて夜も眠れなかったほどだ。
四英雄が俺を見る。どうやら先頭を行かせてくれるらしい。すでに攻略しているからだろうが、俺が役に立つかを見る試験でもあるのだろう。
俺はうなずいて前に歩み出た。
四英雄がいるとはいえ、俺は油断せずに刃を抜き、扉を開ける。
扉の隙間からはまばゆい光が差し込み、俺の目をくらませた。
光にくらんだ眼は、すぐに元に戻ってきた。そして飛び込んできた光景は、意外なものだった。
ピンク色のカーペットに机や椅子、積み木に車輪のついたおもちゃにボール。壁には何枚もの絵か貼り付けられている。床には動物の顔をした人型のぬいぐるみが置かれ、反対側には奥へと続く扉があり、その脇にはクッションが山となって積み上げられていた。
「子供部屋?」
そうとしか言えなかった。だがダンジョンにこれほど似つかわしくないものがあるだろうか?
掲げていた剣を下ろしかけた時、床に転がっている人形が動いた。ネコやイヌの顔をした小さなぬいぐるみが、絵を描きおもちゃで遊び、おままごとをしている。
「リビングドール?」
人形型はたまにいるモンスターだ。たいていは木や分厚い陶器で作られている。しかしこれは布でできており、武器も持っていない。一見すると危険性はなさそうだった。
リビングドールの数は全部で八体。ゾウとリスとニワトリ。ネコにウサギにカバ。イヌとクマがいる。
「あっ、お兄ちゃんたちがまた来てくれた」
ネコの顔をしたぬいぐるみが俺たちに気づくと、部屋にいたぬいぐるみたちが一斉に立ち上がり、こちらに走ってくる。
一瞬警戒したが、その動きに危険はない。事実四英雄は彼らと知り合いらしく、なつかれている。
「みなさん、元気にしていましたか」
クリスタニア様はネコやウサギのぬいぐるみに抱き着かれ、自身も抱擁している。
「ほら、つかまれ」
シグルドはカバやイヌ、クマのぬいぐるみをぶら下げ、片手で持ち上げている。
(((………)))
ぬいぐるみたちは恐れることなく、夜霧にも近づく。ゾウの顔の子は体をよじ登り、ニワトリの顔の子に至っては、夜霧の仮面を握り、頭上への登頂を果たしている。
どうやら今のところ危険はないらしい。俺は持っていた剣を鞘に納めた。
周囲を見ていると、リスのぬいぐるみが俺の前にやってくる。しかし人見知りしているのか、手をもじもじとさせて、上目遣いで俺を見る。そのしぐさは本当の子供のようで可愛い。
あまりの可愛さに抱き着いてしまいそうだ。
俺は膝を折りぬいぐるみに近づこうとすると、リスの子が体を硬直させていることに気づく。視線の先にはアルタイル嬢がいた。
ほかの三英雄はぬいぐるみたちになつかれ、抱き着かれているのに、アルタイル嬢だけにはだれも向かっていない。アルタイル嬢も自ら近寄ろうとしないが、のけ者にされたような寂しさを全身で発している。
リスのぬいぐるみとアルタイル嬢が見つめ合う。アルタイル嬢も触りたいのか、炎のドレスから白い手を伸ばそうとしたが、その瞬間リスの子が大声で泣き始めた。
ぬいぐるみだというのに目からは涙をこぼし、子供のように大泣きする。
一人が泣き始めると次々にぬいぐるみたちが泣き始め、全員が泣いてしまった。
「あらあら、怖いのね。泣かない泣かない」
クリスタニア様がなだめる。
「初めてここに来た時、アルタイルがこの子たちを燃やし尽くしたのよ。それ以来怖がって泣いちゃうのよ」
クリスタニア様が教えてくれる。
「ちょっと、クリス! だっ、だって、仕方ないじゃないの!」
もちろんかわいく見えてもこの子たちはモンスター。倒したところで非難はできない。でもこの可愛い存在を焼き尽くした?
俺が再度アルタイル嬢に目を向けると、灰塵の魔女は視線をそらした。
「そんな目で私を見ないで」
どうやら本人も後悔しているらしい。
「………ああっと、それで、これからどうするんでしたっけ?」
何のために来たのか、当初の目的を忘れそうになる。
「お兄ちゃんも奥に行きたいの?」
さっき泣いたリスの子が、涙をぬぐいながら答えてくれる。
「だったらうそつきの子を探して。うそつきの子を言い当てれば奥に行けるよ」
リスの子が教えてくれると、そこにゾウの子もやってくる。
「正解するとあの扉が開くよ。でも挑戦できるのは三回だけ。三回失敗するともう挑戦できないよ」
ゾウの子が、子供部屋の奥にある扉を指し示す。
「ああ、なるほど、謎解きですか」
ごくたまにそういうダンジョンはある。どうやらここにいる子供たちの中にうそつきがいて、それを見つけ出せば扉が開く仕掛けなのだろう。挑戦できる数は三回。失敗したら地上に戻されるのだ。
「最初の一回目はそれすらわからず、上に戻されたんですよね」
クリスタニア様が教えてくれると、アルタイル嬢がそっぽを向く。
「だって仕方ないじゃない。殺しちゃダメなんて聞いてないし」
ぶつくさとぼやいた後、俺に向き直る。
「答えはもうわかってるけど、教えないわよ。このダンジョンに詳しいのなら、自力で解いてもらうわ。もちろん一発で開けてくれるのよね?」
アルタイル嬢が挑発的な笑みを見せる
「アルタイル。さすがに一回は無理じゃぁ」
クリスタニア様がとりなしてくれたが、無理を言ってついてきたのだから、それぐらいやって見せないといけないだろう。
「よし、それじゃぁだれが嘘つきか教えてくれるかい?」
俺はリスの子に尋ねる。
「ううんとね、言えることは決められているから、それ以上は言えないよ。【私の名前はリッケ。仲のいい友達がいるよ。ゾーイには好きな子はいないよ】だよ」
「それ以外は教えてくれないのかい?」
「うん、さっき言ったのが全てだよ。頑張ってうそつきを探して」
それだけ言うとリスのリッケは去っていく。
どうやらさっきの言葉がヒントで、それらをつなぎ合わせてうそつきを探せばいいらしい。
とりあえず全員から話を聞いてみるべきだろう。
ウサギの子に話を聞いてみた。
「【私はピョン。ここには二組のカップルがいるよ。私には仲のいい友達がいるよ】」
ウサギのピョンの次に、俺はネコの子に話を聞いてみた
「【私の名前はミック。ここにいる八人全員の話を聞くと答えがわかるよ。私に好きな子はいないよ】」
ネコのミックの次は、イヌの子のもとに行く。
「【僕の名前はコロ。ピヨは付き合っている相手がいるよ。ヒポはピョンが好きだよ。僕に好きな子はいないよ】」
イヌのコロの次は、クマの子のヒント聞いた。
「【私の名前はテデ。ミックを好きな子がいるよ。ピョンは誰とも付き合っていないよ】」
クマのテデの次に、ゾウのまえで膝を折る。
「【僕はゾーイ。テデには付き合っている相手がいるよ。僕には親友が一人いるよ】」
ゾウのゾーイの次にニワトリの子を訊ねる。
「【僕はピヨ。付き合っている彼女がいるよ。リッケはコロのことが好きだよ】」
ニワトリのピヨのあと、最後にカバの子の所に行く。
「【僕はヒポ。コロとゾーイはいつも一緒にいるよ。僕には好きな子がいるよ】」
カバのヒポの話を聞き、これで全員のヒントを聞き終える。
一応全員の言葉をメモに取り整理してみるが、どうもおかしい。全部正しいように聞こえる。しかしすべてを吟味すると、ちょっとおかしい。おかしなことを言っている子はいるのだが、その子は本当の事も言っているのでうそつきではない。
すぐに答えは出なかったが、とりあえず周囲を調べてみる。この部屋のどこかにヒントがあるかもしれない。
「う~ん。さすがにそう都合よくはいかないか」
手掛かりはないかと部屋を見て回るが、それほど広くはない部屋ですぐに見終わってしまった。
奥へと続く扉。壁に貼られた絵は九つあったがこれはヒントか? クッションが積み上げられた山に、車輪のついたおもちゃが五つにボールが四つ。テーブルでは五人の子が椅子に座り、クリスタニア様とお絵描きをしている。
部屋の中央ではシグルドがカバの子を持ち上げて遊び、夜霧がイヌとゾウの子の前で手品のようにコインを消したり出したりしている。
部屋の隅ではアルタイル嬢が、椅子に座りながらつまらなそうに口をとがらせていた。
俺の足元にも椅子が二つあったので引き寄せてすわり、書き出したヒントを並べて頭の中で整理する。
ヒントはどれも大体正しいが、どこか少しだけおかしい。ならどこかでイカサマをされている。どこだ? どこをごまかされている?
「あっ」
天啓のごとき閃きが起き、俺は周囲を見回す。隠れられる場所は限られている。というか、一つしかない。
俺はクッションが重ねられた場所に向かい、中をかき分ける。
するとそこにワニの顔をした子がいた。
「見つけた。君はミックと付き合っているかい?」
たずねるとワニの子はうなずいた。
「【僕はアリ。ミックと付き合っているよ】」
聞きたいことが聞けた。俺はアリを抱えながら、猫のミックに向き直る。
「ミック、いけない子だ。君がうそつきだね」
するとミックが顔をそらす。
「あーあ。ばれちゃった」
ミックが白状すると、人形たちが命を失ったようにその場に倒れた。俺が持つアリもただの人形に戻り、代わりに奥へと続く扉が開いていく。
ここにいるのが八人、ということ自体が嘘だったのだ。
しかしヒントはあった。壁に貼られている絵は九つ、椅子の数も九脚。おもちゃも全部で九個あり、九人分。この部屋自体が一つのヒントだったのだ。
「解けましたよ」
ただのぬいぐるみに戻ってしまった、ワニのアリを掲げる。
だがそんな俺を四英雄は驚きの目で見ていた。
「え?」
「え?!」
「ええ?」
驚く四人に俺が驚く。
「なぜ驚くのです?」
すでに答えはミックであることは知っていたはずだ。
「九人目がいたの?」
そこ?
「いや、この子を見つけずに、どうやって解けるのです?」
九人目の存在に気づけなければ、解けないはずだが。
「あーうん。その三回挑戦できるから………」
剣豪シグルドが気まずそうに言葉を漏らす。
(((総当たりで試した。五回答えたあたりで正解に行きついた)))
夜霧が答えを見つけた方法を教えてくれる。確かに三回試せるし、嘘をついている子の名前はわかっているから、最悪でも三日目には答えは見つかる。見つかるが………
俺が四英雄を見つめると、向かうところ敵なしの豪傑たちが揃って目をそらした。
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