第四話 ダンジョンの作り方
第四話
「それで、まず何からお話しいたしましょう」
小さなケラマが俺に尋ねる。
「最初から頼む。ダンジョンマスターとは一体何だ? 俺はどうすればいい?」
まずはABCから始めてもらおう。
「ダンジョンマスターとは、そこにある球体、ダンジョンコアを守り、外部から人間をおびき寄せ、殺傷し、その体からあふれ出るマナを取り込み、ダンジョンを大きくする者のことです」
なんとなく想像していたが、人を誘い込んで殺せとは物騒な話だ。
「マナとは何だ?」
「この世界の生き物すべてに備わっているエネルギーのことです。ダンジョンコアは、周囲の生き物からマナを集めることが出来る装置です。そしてこの集めたマナを使いダンジョンマスターはダンジョンを拡大し、モンスターを増やし、罠を設置して人間を迎え撃ちます」
モンスターやアイテムを作るのに必要なポイントのことだろう。
「どうしてマナを集めさせるんだ? 誰がダンジョンマスターなんてものを生み出した?」
根本的な疑問だ。ダンジョンコアやモンスターなど、自然発生的に出来たものではない。何者かが生み出し、作らせないと、こんなものは生まれない。
「それは……分かりません。私には答えられません」
ケラマは答えられなかった。だがこの言い方は、知らないという意味ではない。知らされていないという意味だ。
どうやらこれを作った何者かは、俺の疑問に答える気はなさそうだった。まぁ、余計な知識を与えないのは当然と言えば当然か。
「ただ、目標は設定されています。ダンジョンとその中に存在するモンスターやアイテムなど、それら総資産ポイントが百億に達すること。それが目標となります」
「百億ポイントか」
多いのか少ないのかわからない。
「それで、百億ポイントを達成すればどうなるんだ?」
「最初に百億ポイントに達成したダンジョンマスターには、この世界の支配者となれます」
ケラマは簡単に言ってのける。
「世界の支配者ねぇ、夢が大きい話だ」
俺は気のない返事をした。
アイテムやモンスターを自在に生み出したりと、これを作った者が超常的な存在であることは疑いようもない。しかしいきなり連れてくるようなやり方などを見るに、あまり信用できる相手ではなさそうだった。
「まぁいい、とりあえず目指してみるか、百億」
信用できないが、それを言っても始まらない。とりあえずはこのゲームに乗るとしよう。
「まずはどうすればいいんだ?」
アドバイザー様に今後の方針を訊ねてみる。
「話をする前に、少し手狭ですので、部屋を少し広くしてみませんか?」
ケラマに提案される。確かにここはちょっと狭くて話にくい。
長丁場になることを考えると、落ち着ける環境にすべきだろう。
「天井の高さはこれぐらいでいいとして、天井や壁は真っすぐにしてみましょう。コアに触りながらイメージすれば、真っすぐ線が引けるはずです」
言われたとおりにダンジョンコアに触れると、確かにまっすぐの線が引けた。三ポイントほど使って、部屋を十畳ほどの大きさにし、四角い部屋を作り上げる。
「少し殺風景ですので、壁や天井には壁紙を張りましょう。白っぽいグレーがよろしいかと」
一番安い壁紙を選んで張ってみる。選ぶだけで勝手に張られるので楽だ。
「薄暗いですので、照明のオブジェクトを天井に設置しましょう」
言われるままにオブジェクトから照明を選び、マナで動く照明器具を設置する。
「こんなもんでどうだ?」
「はい、大変素晴らしい出来栄えです」
チュートリアルをクリアした程度のことだが、失敗もしなかったので良しとしよう。
「話す前に立ち話もなんですので、テーブルと椅子をオブジェクトで作成しましょう」
これも道理だった。長く使うものかもしれないので、テーブルとイスはけちらず、少しいい物を選んだ。クッション付きの白い椅子とテーブルのセットを購入する。
俺は椅子にすわり、ケラマを持ち上げてテーブルの上に乗せる。
「では、まずはマナを獲得する方法を説明いたします。マナを獲得する主な方法は三つあります」
「一つは人間を殺す奴だろ」
さっき教えてもらったばかりだ。
「その通りです。また、狙うのであれば、力をつけた強い人間がいいでしょう。人間は鍛錬することで、マナを多く蓄えることが出来るようになります」
ゲームで言う経験値といったところか。強い奴を倒した方がうまみは大きい。しかし人間を殺すことにはいささか抵抗がある。
「ですが人間、特に冒険者というモンスターを狩ることを生業とした者たちは、ダンジョンを止めるために、ダンジョンコアを破壊しようとやってきます。ダンジョンコアの破壊はダンジョンの死。ひいてはマスターの死であります」
すごい大事なことが突然出てきた。これが壊されると、俺は死ぬのか。人殺しに抵抗があるなんて、甘いことを言っていられないかもしれない。
「強い人間を集め過ぎると、ダンジョンが攻略され、コアが破壊される危険があります」
「ほどほどが重要ということか」
「はい、まさしくその通りです」
俺の言葉にケラマが肯定する。
「二つ目ですが、周囲の動植物から吸収する方法です」
「吸収?」
「はい。コアはダンジョン内部だけではなく、周囲からもマナを集めることが出来ます。もちろん植物や昆虫から得られるマナは少量で、一日に十ポイントほどにしかなりません。初めに貯まっていたポイントは、そうやって周囲から少しずつ集めたものです」
一日に十ポイント。十万ポイント貯まっていたから、三十年近い月日がかかっていることになる。
「全体としてはわずかで、人間から得られる物とは比べ物になりませんが、照明や水といった維持に必要なオブジェクトの費用ぐらいは賄えるかもしれません」
ちりも積もれば山となる。頭の片隅には入れておこう。
「そして三つ目が、人間からマナを吸収する方法です」
「それは殺さずに、ってことか」
「はい。人間は他の動植物とは比べ物にならないほど、豊富なマナを蓄えています。殺さずともダンジョンの中にいるだけで、多くのマナを得ることが出来るでしょう。個人の資質により、得られるポイントに変動はありますが、平均的なレベルの冒険者が一時間ほどダンジョンの中に滞在した場合、約十ポイントはマナが手に入ると思われます」
「攻略に時間のかかる迷路なんかを使えば、効率的というわけだな」
俺の言葉に、ケラマはお辞儀をして体ごとうなずいた。
首を作ってあげるべきだったかもしれないが、そのしぐさはかわいいので今度にしよう。
しかし一時間で十ポイント。普通なら一日かかるのを一時間ですむのだから、確かに人間は効率がいいのだろう。
「その平均的な冒険者をダンジョンの中で殺害した場合、得られるポイント量はどれぐらいなんだ?」
「約一万ポイントほどです」
千倍か。殺害した方が得られるポイントは多い。
「しかし百億ポイント稼ごうと思えば、百万人を血祭りに上げる必要があるな」
百万人……これかなり無理ゲーではなかろうか?
ここがどんな世界かわからないが、文明的には中世といったところ。人口はそれほど多くはなさそうだ。この周辺地域に百万人も住んでいるとは思えない。
だがどんなものにも抜け道はあるはずだ。
「人間を捕らえてダンジョンで生活させ続けたらどうだ? 効率が悪くても、継続してポイントが得られるならおいしいはずだ」
人間牧場計画。聞こえは悪いが、牢獄を作りそこで生活させ続ければ二十四時間ポイントが手に入る。四十日ほどで殺した分を賄える。
一人とらえれば、年間八万ポイントほど手に入る計算だ。一万人捕獲すれば年間八億。十年は無理でも十五年はかからない計算だ。
「残念ながらそれは難しいかと。そういったことをしているダンジョンマスターはいるでしょうが、うまく行ってはいないでしょう。一つにはマナが生命の発露であるということです。マナは持つ者の感情に作用し、興奮や怒り、安堵や愉悦、歓喜など感情が高ぶると、大きく放出されます」
なるほど、敵と戦い興奮して傷ついては恐怖し、勝利した後は安堵する。そして宝を手に入れては喜ぶ。それらの感情の発露があることが、ポイントを多くとる秘訣ということか。
「ですが捕獲され、牢獄につながれている囚人はどうしても感情が鈍り、質の良いマナが得られません。中にはマナを抽出するため、とらえた人間を拷問したりするダンジョンマスターもいるようですが……」
拷問と聞き、嫌悪感が湧き出た。
「それはしたくないな」
幾らポイントのためとはいえ、必要以上人を苦しめるのはちょっとあれだ。
「私もお勧めは致しません。それに危険でもあります」
「なぜだ? 倫理的な問題を無視すれば、楽をしてポイントを得られる方法だと思うが?」
捕らえて拷問して絞りとり、最後に殺す。少しでもポイントを多く取るためなら、そうすべきだ。
「確かに効率はいいでしょうが、外の人間達から見ればどうでしょうか? 人間を捕まえて家畜の様に飼いならし、拷問して人を苦しめるダンジョン。人間はどうすると思われます?」
「あーなるほど。確かに危険だな」
俺ならそんな危険なダンジョン、全力で叩き潰す。
それに殺されたものは生きて帰らないが、囚われたものは助け出すことが出来る。残された家族や仲間たちは、死に物狂いで取り戻そうとするだろう。
「余計な憎悪を買うべきではないな」
「それに、絶対に攻略できないダンジョン、というものは作れませんからね」
「ん? そうか? やりようはあるだろ?」
ダンジョンとコアを繋げず、完全に分離する。絶対に空かない扉を作る。大量の罠とモンスターの設置。フロア全体を毒ガスで満たして、侵入した瞬間毒殺する。今考えただけでも三つぐらい浮かんだ。じっくり考えれば、いくらでも手はあるだろう。
「いいえ、ダンジョンは必ず攻略できるように、作らなければいけない決まりがあるのです。ダンジョンルールがございますから」
「ダンジョンルール? なんだそれ?」
なんだかわけのわからない物が出てきた。