第三十八話
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第三十八話
俺がダンジョンマスターとなって、そろそろ一年半が過ぎようとしていた。
執務室でいくつかの仕事を片付けていると、扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
入室を許可すると、白いスケルトンの手に鎮座するケラマが入室してきた。
「マダラメマスター。そろそろ会議のお時間です」
「おお、もうそんな時間か」
定例の会議の時間だ。わざわざ呼びに来てくれたらしい。スケルトンに指示すればいいのに、我が副官は律儀だ。
「ちょっと待ってくれ、すぐに着替える」
上着を脱ぎ、ローブのような服装に着替える。
普段はシャツにズボン、ジャケットと元の世界に似た服を複製しているが、この世界にはそぐわないし、ダンジョンマスターにはふさわしくないということでマリアたちゾンビ娘が作ってくれたのだ。
深い紫や黒があしらわれた服で、確かにこれを着ていると悪の魔法使いみたいな気がしてくる。自分のダンジョンにいるならともかく、これからはソサエティに行くこともあるだろうから、こういうところもちゃんとしていかないといけない。
椅子から立ち上がり身支度を整えていると、ケラマが部屋を見回す。
「マダラメマスター。お部屋のことを口に出すのはよくないと思っていますが、少し整理整頓されては?」
あきれた声に、俺も同意せざるを得ない。執務室には大量の本が積み上げられていたからだ。
「わかってるよ、ちょっとやりすぎた」
最近暇な時間が出来たので、読書に励んでいるのだ。冒険者や商人に依頼して本を買い集めているのだが、大量に購入したせいで部屋には置き場がないほど詰みあがってしまった。確かにこれは書庫が必要だ。整理に時間もかかるから、司書も置くべきだろう。
「お待たせ。それじゃぁ、行こうか」
鏡で身なりを確認して外に出る。
最下層もだいぶ広くなり、いろんな部屋が出来た。その中の一つである長いテーブルが置かれた大会議室に入ると、すでに主だった者たちが集まっていた。
テーブルの右には、十二の獣の頭を持つ悪魔が椅子に座っていた。その反対側には、観音頭巾に袈裟を着た僧正姿のスケルトンが、九つのしゃれこうべを首から下げて椅子の上に結跏趺坐している。
僧正の隣には、灰色の顔をしたメイド服の女性が身じろぎもせず座っている。その正面には四つの顔を持つ肉団子のようなものが宙を浮き、さらに隣には、道化服を着た男が人形を操り飛び跳ねさせていた。
彼らこそ新たに生み出した、ダンジョンの幹部たちだ。
「諸君、待たせた」
俺とケラマが入室するのを見て、足のあるものは立ち上がりそれぞれに一礼する。彼らの顔を見てうなずいた後、俺は上座に座る。その右脇にケラマを携えたスケルトンが直立する。
「休んでくれ」
みんなを座らせた後、一人一人の顔を見る。
「それでは定例会議を始める。まずはソサエティの報告から。エト」
進行役となったケラマが、十二支の頭を持つ悪魔を見る。
「では私の方から」「マナの貸し出し利益は」「モンスターの売買ですが」「占有率は」「ダンジョンマスター達が反抗を」
十二ある頭がそれぞればらばらにしゃべりだし、何を言っているのかわからなくなる。
「エト、全員でしゃべるとわからないから、一人が話せ」
一斉にしゃべろうとするエトに向かって、ケラマが制し、細い指を向ける。
エトはケラマが設計し、俺が生み出したオリジナルモンスターだ。すべての頭を知性化してあり、個別の自我を持つ。自己主張が強く、全員が話そうとするから困り者だ。
「この前は巳が報告したから、次は午だ」
「では、わたくしが、今週のソサエティの収益を報告します」
午の頭が声を出し、棒グラフや円グラフ。折れ線グラフが映し出される。
報告を聞くと、ソサエティの物件買収が進んでいるらしく、現在七十三%を占有しているとのことだ。ほかにもマナを貸し出す金融業やモンスターを売り買いする取引所、各種サービス業などを保有し、それらから得られる収益は一日当たり平均百万マナとなっている。
「さすがはエトだな」
「有難きお言葉」
エトが十二の頭を恭しく下げる。
こいつは百万ポイントをつぎ込んで作った特注品だ。
記憶や計算力に特化し、それぞれが多方面からアイデアを持ち寄り討論するため、一人シンクタンクとなっている。ソサエティの運営において、彼らの右に出る者はいない。
ただし完全な事務員であるため、見た目の迫力に反して、戦闘力は一切ない。
エトをほめると、その対面に座る僧正姿の骸骨がくぼんだ眼窩の奥を光らせた。
「でマダラメ様。次は拙僧の報告を聞いていただけますか?」
首に九つのしゃれこうべをぶら下げたスケルトンが私もと立ち上がる。
「ゲンジョーか」
この僧正姿のスケルトンは、カジノを管理運営するために生み出したモンスターだ。
「黙れ、ゲンジョー」「いまは私が報告しているところだ!」「引っ込んでいろ」
エトの十二の頭が一斉に怒声を放つ。するとゲンジョーが首にぶら下げた髑髏が一斉に動き話し始めた。
「お前こそ黙れ」「もうすべて報告は終わっているだろう」「次はこのゲンジョーの番」「その方はソサエティの奥に引っ込んでおれ」
こちらもエトと同じく、高額のマナをつぎ込んで作ったモンスターだ。首から下げたしゃれこうべ一つ一つを知性化しており、同時に十個の思考が出来る。しかも眷族を操作する能力を持ち、スケルトンタイプであればいつでも遠隔操作が可能だ。カジノで何か問題が起きれば、即座に対応することが出来るのが強みだ。
「この骨だけ男め、鍋に入れてダシを取ってやろうか」
「その方こそ、はく製にして飾ってくれよう」
エトもゲンジョーも同時期に生み出したモンスターだが、互いにライバル視しており非常に仲が悪い。
競わせた方がいいというのもわかるのだが、口汚く相手をののしる姿はただただ醜い。
両方とも高額のポイントをつぎ込んで作成したモンスターだが、ゲンジョーもエトと同じく戦闘力はまったく持っていないため、子供の様に口喧嘩をする様は余りにもひどい絵面だ。
「私の方が先に作られた。それに頭の数はお前より二つも多い」
「そのすぐ後に私も作られた。ただの順番の違いだ! 何より私は眷族を操作する特殊能力を授けられている。お前の方こそ、何のスキルも付与されていないではないか」
「よわっちいスケルトンを操作するだけだろうが」
「その方こそ、頭が重すぎて歩こうとすればふらつく癖に」
二十二の頭が、高速で思考を巡らせて、それぞれの口で小学生レベルの口喧嘩をする様はほんとひどい。
俺の目の前で喧嘩をする二人にあきれていると、ケラマが制した。
「お前たち、やめよ」
するとエトもゲンジョーもぴたりと口を閉じ、毛玉を相手に頭を下げる。
「申し訳ありません」
「お見苦しいところをお見せしました」
「ゲンジョー、人の報告が終わるまで待て。エトお前の話はよく分かった」
ケラマが取り仕切る。
大量のポイントをつぎ込んで作ったモンスターが、ほんの数ポイントで作られたケラマに頭を下げる絵面は奇妙だ。
俺は副官を見てうなずく。
「マダラメマスターも満足されている。これからも励むように」
ケラマが上手くまとめてくれる。うん、副官の存在は有難いね。
「ではゲンジョー、報告しなさい」
ケラマの言葉に、僧正が立つ。
「では、現在カジノの来場者数は五千人ほど」「そのうち五割が冒険者です」「残り三割が商人」「最後の二割がロードロックに住む住人です」
首の髑髏が順番に報告し始める。
「カジノの稼働率は八割を超えております」「ホテルも満室状況が続いており、増設を計画中です」「景品交換率が少し偏りがあり、商人たちの転売が目立ってきております」「価格と供給量を調整中です」「最近では女性の比率が増え始めております」「おそらく化粧品や服飾の景品が原因かと」「今後さらに増加が予想されます」
カジノの運営も順調のようだ。
「この上にできた新市街の様子はどうだ?」
上にできた街を訊ねてみる。
「昨日七つ目の建物が完成しました」「そのほか十三の建造物が建築中です」「街の住人は今のところ百二十人ほど」「こちらも増加が予想されます」
上に建設中の新市街も順調なようだ。カジノにいる顧客だけではなく、そちらからも一定のポイントがとれるので、現在カジノも百万ポイントほどの収入となっている。
「二人ともよく頑張っているな」
片方を贔屓すると喧嘩になるので両方をほめておくが、エトとゲンジョーは互いににらみ合う。とにかく相手を出し抜き、上に立ちたいらしい。こいつらは好きにさせておこう。
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