第三十五話 四英雄
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第三十五話
「どうかしたか?」
俺はため息をつきつつ原因を訪ねた。
「実は、その、どうしていいかわからなくて」
警備兵の一人が顔をゆがませる。面倒なトラブルが起きた証拠だ。
「また貴族様か?」
平民に冒険者。いろんな人間がトラブルを起こすが、一番頻度が高いのが貴族様だ。どうもここを王宮か何かだと思っているらしく、特別扱いされないことに文句を言う人が多い。
貴族向けの部屋も別にあるのだが、それを知らない人がたまにいて困る。
「いえ、違います、とんでもない人が来ました。とにかく責任者を出せの一点張りで」
とにかく来てくれと言われるので仕方なくついていく。
ガンツが頑張れよと声をかけるが、お前も来いと睨んでついてこさせた。
「こちらの方です」
ついて行くと、そこには怪物がいた。
大岩の様な巨躯に、炎のように燃え上がる赤い髪。
鈍く輝く竜鱗の鎧の背中には、鋼鉄さえもたち切れそうな巨大な大剣を背負っていた。
だがその程度の装備、ダンジョンではいくらでも見てきている。しかしその身の内から発せられる強大な力は、隠しようもなかった。
まるで巨大な肉食獣が佇んでいるかのような存在感。ひとたびその力が解き放たれれば、抵抗する間もなくバラバラにされしまうことが容易にわかった。
「も、もしや、あ、あな」
その顔を見るのは初めてだった。しかしその風貌に装備、何よりこの威圧感。これほどの人物は二人といない。
「貴方は、竜狩りの英雄シグルドですか?」
震える足で歩みより問いかける。
「ん? そうだが?」
男は何でもない様に答えたが、彼こそ八大ダンジョン最初の踏破者、今数えられる四人の英雄のひとりだ。
「すげぇ、本物だ」
背後についてきていたガンツも言葉がない。世界最高の戦士であり、全剣士の憧れの人だ。
全員の視線が、背中に持つ大剣に吸い寄せられる。
彼がシグルドであるのならば、背中の大剣は八大ダンジョンを攻略した時に手に入れたと言う、断竜剣ギルゲレンに間違いない。
恐ろしい切れ味を誇り、神が作ったと言われるオリハルコンの剣には及ばないものの、現在世界最高の一振りに数えられる名刀だ。
緊張に背筋が震えた。今俺は歴史に名を刻んだ英雄を前にしている。
「あ、あの。一体どうしてあなたがここに? 何かありましたか?」
「どうもこうもない。ここはダンジョンだろう。なぜ攻略しない? お前たちはなにを遊んでいる」
当代の英雄に言われ、頭から氷水を浴びせかけられる思いだった。
「それは、その、ここは大変有益な場所でして、その……」
言っていて消えたくなった。
「ここが他とは違うことは分かる。通行に便利で、ここでしか楽しめない娯楽もあることも分かる。お前たちが攻略しないのも、それぞれの判断だから構わない。しかし俺が攻略するのを邪魔するのはどういう料簡だ?」
「このダンジョンを攻略されるつもりですか?」
「そうだ」
その言葉は断頭台の刃のように落ちてきた。それは困る、なんとか止める方向に行かなければならない。
「あの、あなたは引退したと聞いていましたが」
八大ダンジョンを攻略し、シグルドのパーティーは解散したと聞いている。
最高の宝と栄誉を手に入れた今、危険な冒険者稼業をせずとも、王国や大商人が大金を積み上げて彼らを雇おうとしたと聞いている。
シグルドがどこかに雇われたと言う話は聞いていないが、なぜこのダンジョンを攻略しようというのか。
「仲間たちは確かに引退した。しかし俺は生涯現役だ。次の標的はここだ」
「なぜです! このダンジョンはできてまだ二年と経っていません。あなたが攻略するほどの価値はありません。あの扉の向こうに広がっているのだって、ただただ延々と続く細長い通路だけなのですよ?」
以前シンボルが値下げされた時、調査のために扉の向こうをくぐったことがあった。
町からもギルド長がやってきて調査に赴き俺も同行したが、そこで待っていたのは、ただ延々と続く細長い通路だけだった。
ダンジョンの端まで、細長い通路が延々と続き、端まで到達するとほんの少し曲がってまたまっすぐな道が続く。それがただ続くだけのダンジョンだった。
途中、大きな段差や細い橋などが架かり、馬などの乗り物などで攻略されない工夫が凝らされていたが、宝箱もなければモンスターも出ない。なんの面白みもないダンジョンだった。
しかもご丁寧なことに、壁にはダンジョンの全体図が書かれてあり、その先もただただ続く通路であることを教えてくれていた。
この事実にギルド長は怒り、早々に調査は打ち切りとなってしまった。
こんなダンジョンは確かに他にないだろうが、英雄が求める価値があるとは思えない。
「それは知っている。だがこのダンジョンは最高のダンジョンだと聞いている。その最深部には、最強のモンスターがいるとな」
「一体誰がそんな事を?」
俺たち以外、この扉の向こうを見た者はいないはずだ。
尋ねると、シグルドは親指で自分の背中を指さした。
「この剣を手に入れた時、倒したダンジョンマスターが今際の際に漏らしたのよ。自分のところよりもすごいダンジョンがあると。このカジノダンジョンこそ、八大ダンジョンを超える最高のダンジョンなのだとな。八大ダンジョンの半数が攻略され、残り三つも落ちぶれたと聞く。次に俺が攻略すべきダンジョンはここしかない」
同じダンジョンマスターすら、ここのダンジョンをそれほど高く評価していたとは。
やはりここは特別なのか?
「だがせっかくここに攻略しに来たというのに、奥へと続く扉のアイテムは、お前たちが保管していると言う。攻略するつもりが無いのなら俺によこせ。このダンジョンを攻略するのはこの俺だ」
シグルドに詰め寄られ、迫力に気圧される、まるで猛獣を目の前にしているかのようだ。それを抜きしにしても、現代の英雄に「いいえ」とは言えない。
「ちょっと待ちなさい」
答えに窮していると、高い声が響いた。
「聞き捨てなりませんわね。このダンジョンを攻略するのは私よ!」
烈火のごとき宣言がカジノに響き渡る。
しかし続く声はそれだけではなかった。
「いいえ、このダンジョンは私が攻略します」
(((このダンジョンを攻略するのはこの俺だ)))
清流のごとき涼やかな声と、山彦の様に深くこだまする声が続く。
シグルドと共に声のする方を向くと、そこに三人の男女がたっていた。
炎のごとき赤いドレスの淑女と、白い法衣をまとった女性。そして全身を包帯で覆い、仮面をかぶった男だった。
「貴方達は!」
三人のいでたちを見て、俺は一目で彼らが何者か理解した。
炎で出来たドレスの様なローブを身にまとうのは、大貴族の一人娘にして灰燼の魔女とも恐れられる大魔導師、アルタイル・ヴァーミリオン。
白く輝く法衣に、金色の十字杓。いるだけで空気が浄化されるような神々しいオーラを放つのは、現代によみがえりし聖女クリスタニア様。
全身を包帯で覆い、顔には禍々しい仮面を身につけるのは、暗殺ギルドに育てられ、そのギルドを自ら滅ぼした最強の暗殺者。夜霧。
いずれもシグルドと同じく、八大ダンジョンを攻略した英雄達だ。
「初めて見た」
後ろではガンツが仕事を忘れて感動していた。
その気持ちは俺も同じだ。この四人を見たことがあるものは少ない。八大ダンジョンから多くの冒険者が流れてきたが、四英雄はこのダンジョンを利用してはいなかった。
英雄となる前からすでに名を成していたシグルドは、後援する商人がダンジョンのすぐ近くに家を建てていた。さらに武器や防具、食料などを運び込み攻略を手助けしていた。
貴族として財力を持つアルタイル嬢は個人で同じことを成し、教会から援助を受けるクリスタニア様も同様の設備をすでに持っていた。
夜霧に関してはどこにいたのかは知らないが、そもそも彼のねぐらを知るものなど、どこにもいない。
「このダンジョンには魔導の真髄が隠されていると聞いた。このダンジョンを攻略するのは私よ」
アルタイル・ヴァーミリオンの宣言を聞き、他の三人の目つきがきわどくなる。
「待ってください、私はこここそが諸悪の根源であると聞かされました」
(((ここに、誰も見たことが無い宝があると言っていた)))
ここに集うのは当代最強の英雄四人。それぞれが比類なき力を持ち、つまらない嘘や偽りを言う人物ではない。だが四人の話しはどれも違っていた。
「どういうことだ? みんな違うじゃないか」
「でまかせなの?」
「仮にも八大ダンジョンのマスターが、偽りを言うとは思えませえん」
(((どちらにしても、なにかがある事だけは確かだ)))
四人は懐疑的ながらも、なにかがあると言う結論だけは一致したようだった。
「早く奥に続く鍵を渡しなさい。まぁ、このダンジョンを攻略するのは私だけど」
アルタイル嬢が詰め寄る、だが渡すわけにはいかない。
「いえ、しかし」
言葉を濁すと、アルタイル嬢の柳眉が険しくなる。
「なに、渡せないっていうの? 私が誰だか知らないの!」
「私からもお願いします」
(((よこせ)))
シグルドに加え、アルタイル嬢にクリスタニア様。夜霧までにせかされてはもうどうしようもなかった。
もう泣きたい気分だった。完全に俺の権限を超える相手だった。
いや、誰がいても同じだ。
シグルドは当代最高の剣士とうたわれ、多くの騎士や冒険者から尊敬を集めている。ある国の王など、彼を召し抱えるために、国の半分を譲るとまで言わせたほどの人物だ。
灰塵の魔女とも呼ばれるアルタイル嬢は、古の血を受け継ぐヴァーミリオン家の血筋だ。その家系は魔導都市を統べる四大貴族の一つであり、血族はみな一流の魔術師ぞろい。
そのヴァーミリオン家にあって、彼女は歴代最強の名をほしいままにし、だれも異議を挟まない。
彼女の二つ名が事実であることを、魔導都市の誰もが知っているからだ。
神々しい光を体から発するクリスタニア様は、大陸全土に広がる教会が認めた唯一の聖女だ。
その力はあらゆる病を癒し、死者さえも蘇らせる。
病死したある国の王が、クリスタニア様の力により息を吹き返したことを知らない者はいない。まさに神に愛された奇跡の聖女。その体から発せられるオーラ相対しただけで、わけもなく膝を屈したくなってしまう。
そして夜霧。
彼を止めることは誰もできない。
ひとたび彼に狙われれば、難攻不落の要塞に立てこもり、百万の兵士に囲まれていたとしても、朝日が出るころにはその命は消えてしまっている。
夜に降りる霧のように、だれにも気づかれることなくあらゆる場所に入り込み、命を音もなく奪い取っていく。
それぞれが当代、いや、過去を見渡しても比類する者がいないほどの人物たちだ。
以前からその名前は知られていたが、彼らが八大ダンジョンを攻略した今、尚その実力を疑う者はいない。その影響力は国家にも等しく、大国でさえ彼らの要請を拒否できない。
しかもそんな彼らが手を組み、一つのダンジョンを攻略しようとすれば、どんな難攻不落のダンジョンであっても、耐えきれるわけがない。瞬く間に最下層にたどり着いてしまうだろう。
ここが攻略される。ダメだ、それだけはだめだ。
このダンジョンは今や完全に経済に食い込み、密着していると言ってもいい。攻略されてしまえば、ロードロックだけの問題では済まない。この地方一帯の経済が大きく傾き、国家さえも揺るがすこととなるだろう。
ダンジョンに心を許してはならないと戒めていたつもりでも、経済的には大きく依存していたことに今更ながら気付かされる。
「早くよこせ」
詰め寄られるが、自分では判断できない。いや、一体だれなら判断できると言うのか?
「どうやらお困りの様ですね」
脂汗どころか、命が流れ出ているのではないかと思うほどの汗をかいていると、救いの声が横から差し込まれた。
だがそれは、破滅の声であったかもしれなかった。
いつも感想やブックマーク、誤字脱字の指摘などありがとうござい
今日はロメリア戦記も更新しましたので、よろしくお願いします