第三十二話 グランドエイトの崩壊
今日の分です
第三十二話
グランドエイト評議場。
ダンジョンマスターの長たちが集うこの部屋は、空間的にも隔離された場所であった。
防諜や安全性、様々な公平性を期すために、この場所に来ることが出来るのは、グランドエイトのマスターと召喚状を持つ者だけだった。
それ以外は何人たりとも足を踏み入れることが許されず、神聖不可侵の聖域だった。
だが今やその八つの席のうち、埋まっているのはシルヴァーナの席だけだった。
「少し見ない間に、ここもさみしくなりましたね」
机の前で手を組みうなだれる私に、声をかけてきたのはマダラメだった。
「この疫病神め、お前が、お前さえいなければ」
私は腰の刃に手をかけ、立ち上がった。
ドゴスガラに続き、さらに三つのダンジョンが落ちた。
冒険者たちの進行速度を読み誤り、防衛が追いつかなかったのだ。
残り三つのダンジョンは、マダラメに一億マナを支払い、連結を断った。
だがその支払いのために、彼らはソサエティの権益の全てを手放した。自軍のモンスター軍団まで売り払い、グランドエイトの席さえも失ってしまった。
メグワイヤの所などマナが足らず、知性化した副官モンスターまで売り払ったと聞く。連結を断ち攻略に歯止めをかけたとしても、今後ダンジョン経営が立ち行くのか?
グランドエイトはこの男一人に、壊滅させられたにも等しい状況だ。
「しかし、今やグランドエイトもたったの二人ですか。これは制度を新たに見直す必要があるかもしれませんね」
新たにマダラメが加わったが、グランドエイトの残りの席は空位のままだ。
グランドエイトは、ただダンジョンランキングの上位八人になればよいと言うわけではない。
上位に入るだけではなく、ソサエティに投資し一定以上の資産を持つことも条件の一つとなっている。順位の変動によりグランドエイトの地位が脅かされないように、我々が追加したルールだった。
この枷のせいで、新たにグランドエイトを生み出し、数の優位でマダラメを追い詰めることもできない。
「貴様の、貴様のせいでこうなったのだ!」
「他のダンジョンが落ちたとしても、俺には何の責任はありませんよ」
「黙れ! 知っているぞ、貴様が我々のダンジョンを攻略させるために、強力な武器を冒険者共に与えていたことを!」
攻略してくる冒険者の中には、見慣れぬ武器を持っているものが多くいた。それもほかのグランドエイトのダンジョンを攻略するのに適した武器が多かった。
「ダンジョンに武器を配置してはいけないなど、ルールのどこにもありませんでしたからねぇ」
「ふざけるな! ダンジョンに武器や防具を配置する馬鹿がどこにいる!」
ダンジョンには宝箱を設置するのが常だ。その宝に引き寄せられ、冒険者共がやってくるからだ。
しかし中身は金銀財宝が主で、武器や防具を入れることは普通しない。強力な武器を与えれば、その武器を使ってダンジョンを攻略されるかもしれないからだ。
だがこいつのダンジョンは、攻略される心配がない。マダラメは冒険者に強力な武器を与え、間接的に我々のダンジョンを攻略させたのだ。
「これはダンジョンに対する裏切りだ!」
「知りませんね、それを禁止するルールはない。それに、裏切りというなら、私のダンジョンをつぶそうとしたあなたも同罪だ。貴方たちこそ、これまで何人の同胞を沈めてきた? 自分の番が回ってきただけのこと、ダンジョンの崩壊は、ただダンジョンマスターの無能さが原因だ。それ以外に理由はない。その証拠に、貴方のところは無事ではありませんか」
「貴様!」
私はかっとなり、腰の刃を抜き放つ。
評議場に鮮血が舞い散る。
「待て!」
頬から血を流すマダラメが、手を伸ばして制する。
切りつけたが奴は後ろに飛び逃れた。刃は奴の頬を撫でたのみ。
「やめろ!」
手を伸ばして再度止めるが滑稽だ。
「殺す、お前だけは殺す!」
こいつさえいなければ、こいつさえいなければ、こんなことにはならなかったんだ。
殺意に染まった目でにらみつけると、マダラメは急に悲しそうな顔をしてあげていた手を下ろした。
「それで気が済むならそうしろ」
椅子を一つ引き寄せ、無抵抗に腰を下ろす。
今なら楽に殺せる。
こいつの頭を断ち割ってやれば、それは爽快だろう。だがそれだけだった。
「フッ、ハハハ、ハハハハハッ」
私は笑いながら剣を投げ捨てた。耳障りな音が部屋に響く。
悲しいほどに意味のない行為だった。ほんの数か月前はダンジョンマスターの頂点として、できないことなどなかったのに、今やこんな男の首一つ跳ねることもできない。
あまりにも無力だった。
こいつを殺せば気分はいいだろう。だがそれだけだ。
ダンジョンマスターは不死だ、殺しても死なない。以前ならそのあと幽閉し、ダンジョンが攻略されるまで拷問でもなんでもすればよかった。
ここにはグランドエイトしか入れないし、ソサエティで我々に逆らう者などいなかった。
だが今や、奴こそがここの主だ。
こいつは違約金として支払われた三億を使い、他のグランドエイトが吐き出したソサエティの権益や資産を買いたたいた。すでにソサエティの金融やサービスの六割を支配している。
一日の獲得マナは、すでに百万マナを超えて単独一位。もはや並ぶ者はおらず、他の上位のマスターをすべて合わせても太刀打ちできない資産を保有している。この状況でマダラメに反旗を翻すマスターはいないだろう。
「どうせご自慢の遠隔操作だろう」
ノコノコ本体で来るはずがない。たとえ本体だったとしても、今やこいつもグランドエイトだ。配下のモンスターに転移札を渡していれば、ここに乗り込むことが出来る。モンスターの物量戦になればこいつが勝つ。
「それで、まだやりますか?」
頬から血を流し、椅子に座るマダラメが改めて問うてくる。
忌々しい。八つ裂きにしてやりたい。しかしそれもできない。
「もうそんな力など残っていない」
仮に新たなグランドエイトを生み出したとしても、すでに趨勢はマダラメに傾いている。
それにそんな余裕がない。八大ダンジョンを攻略し損ねたパーティーが、こぞってこちらにやってきていた。
ダンジョンを深く保っていたことと、強力なモンスター軍団のおかげで冒険者たちを撃退できているので攻略される心配はないが、よそ見をしている余裕はない。
「それは良かった、正直この戦いはきつかった」
安堵した様な声に腹が立った。
「なにを白々しい、全て予想していた通りだったのだろうが!」
全てこの男の手の内だったのだ。あの手紙から始まり、我らの行動や思惑さえこいつの手の内だったのだ。ダンジョンルールを新たに設けて違約金を高く設定し、その違約金が我々を絞め殺す、絞首台の縄となることもだ。
全てこいつの計算だった。最初から最後まで予想通りだったはずだ。
「確かに、この筋書きは俺が書きました。ただし危機的状況だったことも本当です。最初に一人が落ちたころ、俺もポイントがギリギリでした。あと数日粘られていたら、破産していたのは俺の方でしたよ」
マダラメの告白は意外なものだった。そして大きな後悔が押し寄せてきた。
「なん、だと」
ドゴスガラが助命を嘆願してきたとき、だれも手を貸そうとしなかった。
だがもしあの時手を貸していれば、モンスターを貸し出し、マナを融通していれば、逆に破産していたのはマダラメの方だったのだ。
我々は千載一遇の好機を、みすみす逃していたのだ。
「この戦いは、私にとって大きな賭けでした。勝てるかどうかわからなかった」
こいつにとってすべて計算通りだったはず。しかしそれでも勝てるかどうかわからない、ギリギリの勝負だったのだ。
「だが何故だ、どうしてそんな賭けが出来た」
私たちが攻略速度を読み違え、ダンジョンが落とされることは読めても、いつ攻略されるかまではわからなかったはずだ。
何もできず滅び去る。その危険も大きかったはずだ。いや、ほんの数日違うだけでそうなっていた。あまりにも危うすぎる賭けだ。
「グランドエイトは強大だ。ソサエティを支配しているだけではなく、自分たちに都合のいいルールを作れる。まさに最強の存在だ。小が大を食らおうっていうんだ、並大抵のことじゃできない。勝つためにはすべてを賭けるしかなかった」
男は小さく笑ったが、シルヴァーナはその奥にある狂気に気づいた。
私たちはこいつに時間を与えず、ソサエティに来る当日に呼びつけた。準備も綿密な計画を練る時間もなかったはずだ。
しかしこいつはあの時、この評議場でダンジョンの連結を申し出た。
必ず勝つ確信はなかったはずだ、しかし勝てるタイミングはあの時しかなかった。
「狂っている、お前は狂っている!」
こいつはさも自分は冷静で、理詰めで勝ったような顔をしているが、本当のところは違う。
火を飲むようなスリルを、限界ぎりぎりの興奮を楽しんでいたのだ。
「正気ではない」
目の前の男が、自分とは違う化け物に見えた。
「知らなかったんですか? 俺のダンジョンはカジノダンジョン。勝負師が集う場所ですよ」
マダラメは自らの狂気を肯定した。
あの時の宣言、私たちは何の覚悟もなく聞いていたが、この男はそんなあやふやなものに自分のすべてを賭けていたのだ。
覚悟の程が違いすぎた。
「完敗だ」
シルヴァーナは自らの敗北を認めた。
感想やブックマーク、誤字脱字の指摘などありがとうござい
ロメリア戦記ともどもよろしくお願いします