第三十一話 崩壊の序曲
今日の分です
第三十一話
ダンジョンルールが新たに追加されて三ヵ月が経った。
三ヵ月、たったの三ヵ月だ。百日も耐えることができなかった。
半年と経たず限界が来ると考えられていたが、それよりも早かった。
グランドエイトが集まる会議室の中で、一人の男がただひたすらに頭を下げていた。
「頼む、お願いだ、助けてくれ」
十四の瞳を前に、地面に頭をつけるほど伏しているのは、同じグランドエイトが一人、竜人のドゴスガラだった。
ドゴスガラは恥も外聞もなく頭を下げ、助命を求めていた。
「頼む、少しでいいんだ、モンスターを貸してくれ、マナを貸してくれ」
ドゴスガラは危機に瀕していた。マナが足りないわけではない。ダンジョンを連結したことにより、訪れる冒険者が増えている。
しかしその増加が問題だった。
人の増加はそのままダンジョンの攻略に直結する。
ドゴスガラは攻略速度を読み違え、ダンジョンの九割を突破されてしまった。冒険者の足音はもう目の前にまで迫っている。
「頼むあと数日、いや一日あれば新しい迷宮が完成するんだ。そうすれば時間が稼げる。だから頼む」
ドゴスガラがメグワイヤに縋りつく。だがメグワイヤは首を振った。
「無理です、冒険者はもう最終フロアに入ってしまったのでしょう? ならば迷宮など、組み込めるはずないではありませんか」
ダンジョンはいつでもすぐに生み出せるというものではない。横に広げる場合は簡単だが、コアを深く掘り下げ、新たにフロアを設けるような改装には制限がある。特に近くに冒険者がいる場合は追加できないことが多い。
ダンジョンの変化に巻き込み冒険者を殺すことや、直前になって階層を増やすことが公平ではないとされるからだ。
フロアを追加するには、事前にコアを深く保っておくか、冒険者を周囲から排除し、影響が出ないようにしておかなければならない。
故に攻略速度を見誤ると、フロアを追加し時間稼ぎすらできなくなってしまう。
ドゴスガラはその限界点を超え、最後の悪あがきすらできなくなっていた。
「ならモンスターを貸し出してくれ。攻略組はそう多くない。連中を撃退できればいいんだ」
だがこれにも首を横に振るしかなかった。
モンスターもただ生み出せばいいというものではない。
生み出したばかりのモンスターは力こそあるものの、経験が伴わず力押ししかできない。
熟練の冒険者を跳ね返す様な強力なモンスターを生み出すには、多くのモンスターを生み出し殺し合わせ、より強くする必要がある。
当然強力なモンスター軍団の育成には、十分なマナと時間をかけねばならず、ドゴスガラは自慢の竜騎兵団すら打ち破られ、もはや守るべき盾すらない。
即席のモンスターでは、強力な冒険者相手には焼け石に水にしかならない。
「頼むシルヴァーナ、白銀騎士団を貸してくれ」
自軍のモンスター軍団を貸してくれと泣きつかれたが、その手を振り払うほかなかった。
ドゴスガラの危機は、決して対岸の火事などではない。ドゴスガラのダンジョンを攻略した冒険者たちが、明日にでも自分のダンジョンに押し寄せるかもしれないのだ。攻略に王手がかかったドゴスガラを助けている場合などではない。少しでもダンジョンを深くし、防衛の強化を図らなければ、明日は我が身かもしれないのだ。
一人、また一人と無言で部屋を出ていく。
「待ってくれ、見捨てないでくれ」
ドゴスガラが引きとめるが、皆足を速めるばかり。
シルヴァーナは最後に一度振り返ったが、手を伸ばして助けを求めるドゴスガラに対し、扉を閉めて拒絶した。
八大ダンジョンの一角が落ちた。
その情報は、衝撃の様にロードロックの冒険者に伝わった。
一報を聞いたカイトも、顔を殴られたように感じた。
攻略が進んでいる話は聞いていたが、実際に落ちる瞬間に立ち会うとは思ってもみなかった。
時代が動くのを誰もが感じていた。
百年も前から存在し、営々と冒険者を飲み込んできたダンジョンが、ついに攻略されたのだ。
「カイト、聞いた?」
メリンダが慌てて駆け寄ってくる。どうやら彼女もついさっき知った様だ。
「ああ聞いたよ。攻略されたそうだな」
「本当なの?」
メリンダはまだ信じられないようだった。気持ちはわかる。俺たちが生まれる前から存在していたダンジョンだったのだから。
「間違いない。さっき転移陣を通って見てきた。モンスターがいなくなっていた。間違いなく八大ダンジョンの一つが落ちたんだ」
攻略の予兆はあった。まずこのダンジョンの利用者は、食事や休息場所が得られるので、挑む回数が増えた。さらに多くの冒険者がここに集い、攻略が進んでいたダンジョンに集中したことも原因の一つだろう。
そしてもう一つ要因を挙げれば、このカジノダンジョンに最近追加された武具などの装備品だ。
竜の鱗を切り裂くドラゴンキラーに、炎を防ぐ竜鱗の盾。毒を防ぐ破毒の仮面に癒しの腕輪。
どれもこれもおいそれと手が出ないような高価な品だったが、八大ダンジョンを攻略するのには便利な物ばかりだった。
八大ダンジョンに挑んでいた高レベル冒険者たちは、こぞってこれらのアイテムを買い求め、装備を強化して挑んでいった。
高価な傷薬や携帯食料も飛ぶように売れ、価値が高騰して転売屋まで出た。
結果として難攻不落と思われていた八大ダンジョンの一つが、三ヵ月で落ちてしまったのだ。
しかもこの攻略の動きは、これで終わらない。
攻略したパーティーはさらに力をつけ、先を越された強豪パーティーは、自分も続かんとばかりに、新たなダンジョンの攻略をすでに開始している。触発され、他の冒険者たちも勢い熱が入ると言うものだった。
かく言う自身も、半分冒険者をやめてしまった様な立場にあるにもかかわらず、このままではいけないのではないかと、腰にさしたまま使わなくなった剣に手が伸びてしまう。
「カイト、また冒険者に戻りたいの?」
メリンダが心配げな声をかける。
「ちがうよ」
俺は慌てて剣から手を離した。
メリンダとの関係はうまく行っている。安定した今の仕事を気に入っていて、将来の展望も見え始めている。危険な冒険者稼業に戻りたいなんて言えない。
それに、今更冒険者に戻ってもできることはない。中堅どまりだった自分が、八大ダンジョンに挑むなど無謀だ。
計画性のない熱意に突き動かされても、たかが知れている。
「ちがうさ」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
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