第三十話 深く静かに進行する一手
今日の分です
第三十話
ダンジョンの上に作られた仮設の小屋で、メリンダとお茶を飲みながら、短い休憩を楽しんでいた。
外を眺めると、多くの人が行きかい賑わいを見せている。
冒険者だけではなく、商人や街の人も多かった。
「最近は見ない顔も増えたな」
一ヵ月前までは見知った顔ばかりだったが、もう知らない顔の方が多いぐらいだった。
「それは仕方がないわよ、何せ八大ダンジョンとつながったんだから」
世界各地とつながったことにより、多くの人がここに来るようになった。
「ダンジョンも急に大きくなったしね。おかげで化粧品が増えてくれたから私はうれしいけど」
メリンダの言う通り、人が増えたことでダンジョンも改築され、何もかもが大きく広くなった。連動して景品も一新され、化粧品が安くなり供給量が倍増した。
「ギルド長は独占が崩れたと、不平不満たらたらだったけれどね」
供給量が増加し、何よりロードロック以外の冒険者が急増したため、買い占めが維持できなくなったのだ。
しかし叔父さんには悪いが、これで良かったとカイトは思っている。
あちこちから冒険者と共に新たに商人もやってくることとなり、このダンジョンの特産品は需要が急増した。一方で商人たちがギルドの独占に異議を唱え、問題となり始めていたところだった。
ギルド長は顔が広いが、その権力が届くのもロードロック周辺までだ。
さすがに世界各地の商人たちを、すべて黙らせるほどの力はない。
それに八大ダンジョンからやってきた商人たちは、いち早く金の臭いをかぎつけ連合する動きを見せている。
街をつくる計画にも出資する意向を示し、ギルドに利権を独占させない構えだ。
「ロードロックだけじゃなくて、世界中の商人がやってくるようになったんだし、仕方がないよ」
「彼らやり手だしね、金の使い方をわかっているよ。おかげで大忙しだ」
ギルド長は苦い顔をしているが、出資額が増えたことで、新市街をつくる計画はさらに勢いを増し、一度白紙に戻ったのに、すでに前よりも進捗状況がいいぐらいだ。
ただし当初考えていた規模の、倍以上の大きな街になることは確実で、仕事も倍増えた。ただし得られる利益は倍どころか五倍か六倍は軽く見込める。必然活気が生まれ、賑わいを見せている。
「人が増えたのはいいけど、治安の悪化が心配よね。換金できるようになって、カジノに居つく人も多くなったから」
「ああ、あれは問題だ。何とかしないとな」
これまでカジノはコインの換金には応じてこなかった。しかし最近一定の手数料を取ることで換金できるようになり、カジノで儲けてその利益で生活する人が増え始めたのだ。
街の食い詰め物や犯罪者、冒険者崩れなどが増え、治安悪化の一因となっている。
「犯罪者の根城にならないように、注意しないと」
とはいえ多くの人が集まるようになったので、取り締まりはどうしても後手に回っている。法整備や人が足りないのだ。
街を作るにあたり、この辺りも何とか改善しないといけない。
「カイトさん。参加者名簿、まとめてきましたよ」
頭を痛めていると、カル君が資料を片手にやってくる。
「やぁ、ありがとう。それで、マイソンは参加してくれるって?」
「はい、今日会って参加の意思を確認してきました。本人もやる気のようです」
マイソンとは、ロードロックに住む冒険者だ。二メートル近い身長に、無類の体力を持つ前衛だ。特に格闘技に精通しており、素手での喧嘩なら無敗を誇る。
「やったわね、これで勝ち目が出てきたじゃない」
メリンダも喜んでくれる。
マイソンが参加してくれるとなれば、盛り上がること間違いなしだ。
俺は壁に張った一枚のチラシを見た。
チラシには『バトルチャンピオン開催 参加者募集中』と大きな文字が描かれている。
この間、突然告知された催しだ。
ルールはいたって単純。素手による一対一の戦いだ。
優勝者には初代バトルチャンプの名誉と共に、賞金が支払われるらしい。
この催しに、腕に覚えのある冒険者たちが色めき立った。
俺達としては、何としてでも地元から優勝者をだしたいところだが、八大ダンジョンを攻略している高レベル冒険者も参加を表明しているので、誰が優勝するかは読めない状況となっている。
新たにやってきた冒険者たちはここで存在感を示したいだろうし、商人たちも売名の機会とばかりに、腕の立つ冒険者に声をかけ、後援を買って出ている。
「よし、これで盛り上がることは間違いなしだが、これからが大変だぞ」
最初の催しであるため、前例がなく忙しいことは請け合いだ。しかもここのダンジョンマスターときたら、闘技場を作り賞金まで用意したくせに、運営そのものは俺たち冒険者に投げてきたのだ。
主催者として運営委員会の三つの席のうち、一つは自分たちでとったが、残りの二つはギルド長と商人連合に気前よくよこしたのだ。
冒険者のことを理解しているギルドや商人に、イベントを盛り上げてほしいからだと言っていたが。多分面倒だったからだと思う。
「ああ、仕事のことなんですが、またギルド長と商人連合の会長がやりあったらしいですよ」
「またかよ」
俺は呆れてため息をついた。
「自重するように言ってくれよ」
「無理ですよ、カイトさんが言ってくださいよ。叔父さんでしょ?」
カル君が言い返す。それを言われるとつらい。
ギルド長と商人連合は、表向きは仲良く手を取り合っているが、水面下では足を蹴りあっている状況だ。
すべてはダンジョンマスターのせいだ。
仕事を投げてよこした代わりに、賭博を取り仕切る権利も運営委員会に気前よくよこしたのだ。
多くの人が注目するイベント、その収益は莫大だ。
目もくらむような利権をめぐり、ギルド長と商人連合は、握手しながらかみつきあっている。
「ああそうだった、回復術士は都合がついたから、そっちは安心して」
さすがメリンダ、頼んでおいた仕事を片付けてくれたようだ。
「助かるよ」
催しはまだ先だが、回復術士の確保は主催者であるダンジョンマスターたっての依頼だ。最優先で片づけなければいけない案件だった。
「しかしダンジョンマスターが最初に言ったのが、人命尊重なんだから世も末よね」
「ギルド長たちに聞かせてあげたいね」
俺の言葉に、メリンダとカル君が笑った。
膨大な権益に見向きもしないダンジョンマスターだったが、一つだけ注文を付けたことといえば、出場者への手厚い保証であった。
怪我人を必ず治療し、事故が無いようにと強く念を押されたのだ。
馬鹿げた話だが、最近ここのダンジョンマスターが、なにを考えているのか分かってきた気がする。
ここのダンジョンマスターは、決して人命尊重というわけではない。ただ危険視されるのを恐れているのだ。
どれほど目新しいものがあり、有用であってもダンジョンはダンジョンだ。いつ危険視され、つぶす方向に話が転がるかわからない。
そうならないために、ダンジョンマスターは毛筋ほどの危険も冒さず、冒険者の身の安全を最優先に考えている。
怪我人を出さず、危険な臭いは一切漂わせない。死者を出すなどもってのほか。もしここで俺が事故により瀕死の重傷を負ったとすれば、俺を救うためにダンジョンマスターは最上級ポーションを惜しげもなく差しだしてくれるだろう。
「え?」
そこまで考えて、不意に怖くなった。
よくよく考えれば、これはすごく怖いことだった。
見返りもなく命を救ってくれるものなどいない。もちろん相手が善人と考えることもできるが、相手はダンジョンマスターだ。自分たちとは違う生き物なのである。
ここのダンジョンマスターを邪悪というつもりはない。直接会ったことはないが、何度か会話をしている。礼儀正しく誠実で約束は守る。しかしそれでも信用すべきではない。
今のところ危険性が無いが、相手の狙いが読めないだけに不気味だった。なぜここまで徹底して危険視されるのを恐れるのか? その裏で何をしているのか? その真の目的は?
いや、そもそも、なぜダンジョンは存在するのか? どうしてこのようなものがあるのか?
当たり前すぎて誰も考えたことがないことに、俺は今更ながら気が付いた。不意に怖くなり、体が震えた。
「どうしたの? カイト?」
メリンダが俺の異変に気付く。
「いや、何でもない」
口ではそう言ったが、内心の恐怖は消えなかった
俺たちはダンジョンのことを知らなすぎる。
これまでダンジョンマスターの目的など考えたこともなかったが、彼らが何を求めているのか、俺たちはそんな根本的なことすらわかっていないのだ。
最下層 ~モニタールーム~
カジノに新設されたコロシアムは、熱気に包まれているころだった。
歓声と怒号がまじりあい、観客が足を踏み鳴らし一つの大きなうねりとなり地下の最奥にまで響いてきた。
闘技場に筋骨たくましい二人の冒険者が現れると、衝撃となった騒音はさらにいっそう激しさを増した。興奮は天井知らずに上昇を続け、冷めることを知らぬ大炎となり猛り続ける。
目玉イベントであるバトルチャンピオンがついに始まったが、俺は物見高く観覧することはせず、明かりを落とした部屋で、ひっそりと息をひそめていた。
隣にいるケラマもそれは同じだ。
何もせずじっとしていた。
いつもは暇なときはゲームなどをして遊んでいるのだが、そんなことをする気にもならない。
モニタールームに設置された保有マナを示すカウンターは、毎日のように減っていっている。
やることはない。いや、何もしてはいけない時間が長く過ぎ、遊びを楽しむということすら自粛する流れになっていた。
何もしないでいると、波のように焦燥が押し寄せてくる。
このままではいけないのではないか?
減り続ける数字に焦りを覚えるが、すぐに落ち着けと言い聞かせる。
すでに決断を下したのだ。
あとはそれを信じて、ただ待つだけだ。
俺は硬く手を握り締めた。
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