第二十九話 ダンジョン六法
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第二十九話
ダンジョン六法
一つ、ダンジョンマスターはダンジョンを作らねばならない。
二つ、ダンジョンは必ず攻略できねばならない。
三つ、ダンジョンマスターはダンジョンルールを守らなければならない。
四つ、ダンジョンルールは不可侵である。ただし、ダンジョンランキング一位から十位の者が提案し、全マスターの過半数の同意が得られた場合のみ、ルールの追加が可能となる。
五つ、追加されるルールは、すべてのダンジョンマスターに公平公正でなければならない。
六つ、追加されるルールは、過去に作られたルールと矛盾してはいけない。
グランドエイト評議場の会議室では、異様とも言える雰囲気に支配されていた。
時折誰かが咳払いをし、茶を飲み、身じろぎをするが、その一挙手一投足にみなが反応し、緊張の糸は緩むどころか張り詰めるばかりだった。
原因の一つは用意された八つの席の一つが空席であると言うこと。招集したシルヴァーナ本人がまだ来ていないことが理由だった。
誰もがシルヴァーナの所在を知りたがっていたが、声に出して問うことが出来なかった。
皆一様に気が気ではなかった。
なぜならば、ダンジョンルールの追加は、ライバルを陥れるために設けられるものだからだ。
しかも今回の議題について、誰も何も知らされておらず、追加されるルールによっては自分を陥れるための会議かもしれないのだ。
グランドエイトの七人は、疑心暗鬼にとらわれていた。
姿を見せないシルヴァーナ。何も知らない自分。誰と誰が組んでいるのか? 落ち着かない態度は、自分をはめようとしているための緊張か?
互いが互いを疑う中、張り詰めた緊張の糸を切るように扉が開かれ、シルヴァーナの純白の鎧と褐色の肌が入ってくる。
「遅れてすまない、少し調整に手間取っていた」
シルヴァーナは謝罪しつつ席に着いた。
「それで、今日の議題は何だ?」
待ち切れなかったドゴスガラがすぐさま問う。
「もちろんダンジョンの連結だ。多くのマスターがダンジョンの連結を考えているだろうから、それに先立ってダンジョンルールとして盛り込むべきだと思って招集した」
自分たちには直接害がないと判明し、七人はようやく安堵したが、すぐに疑問がわき出た。
「わざわざダンジョンルールに持ち込むほどのことですか?」
メグワイヤが眼鏡を直しながら訊ねる。
ダンジョンルールの追加は、簡単に行えることではない。
まず高額の申請書を購入せねばならず、さらに総会を開き、全てのダンジョンマスターを一堂に集めなければならない。
自発的な参加で全員を招集するなど不可能であるため、時間指定で発動する召喚状を送り、強制参加としなければならない。
どれも高額のポイントが必要で、軽く一千万ものマナが必要となる。
グランドエイトで分散して出資するとしても、馬鹿にならない出費だ。軽々しく行うことではない。
「口約束では心もとないですが、ダンジョンマスター間で使用される契約書でいいのでは?」
多少マナで、強制力のある契約書を作ることが出来る。簡単な商取引や手形などはこれで行っている。
「確かに契約書は広く使われているが、相手が同意しなければ意味がなく強制力が低い。特に新参者のダンジョンマスターにはな」
シルヴァーナの言葉に、七人はある新参者の顔を思い浮かべた。そして今回の標的に気付いた。
「それで、どのようなルールを盛り込むつもりなのです?」
メグワイヤが問うた。
「ぎりぎりまで草案を詰めていたが、これで行こうと思う」
草案がそれぞれの手元に配られる。
ダンジョン連結におけるルール
一つ、ダンジョンの連結は転移陣のみとする
二つ、転移陣の設置場所は、入口と同じフロア、入口より二百メートル以内に設置しなければならない
三つ、入口から転移陣に至るまでの道のりには、常に円滑な通行を可能とし、保証しなければならない。罠を設けてはならず、施錠可能な扉も作ってはならない。
四つ、ダンジョンを連結する際、ダンジョンランキングが下位のダンジョンマスターは上位のダンジョンマスターに連結料を払わなければならない。連結料は両ダンジョンマスターと中立たる審査委員会による三者の合意によって決定される。
補足、すでにダンジョンを連結してしまっている場合は、三者による話し合いで決定される。ただし、合意に至らぬ場合、連結料は審査委員会が決定する。
五つ、ダンジョン連結の破棄は、一方的に行ってはならない。両ダンジョンマスターの同意を持って行うものとする。
六つ、ダンジョン連結を一方的に断った場合、連結した相手に違約金を支払わなければならない。違約金は審査委員会が決定する。
七つ、審査委員会は、ダンジョンランキング上位八名が就任するものとする。
「なるほど、確かにこれはルールに盛り込む価値がありますね」
眼鏡の奥で、目を細めてメグワイヤ笑う。
「ん? これのどこがそんなにいいんだ?」
ドゴスガラが首をかしげる。メグマイヤは呆れてルールが書かれた紙を叩いた。
「一から三まではそのままの意味です。問題はそれ以降。まず、四に関してですが、三者の合意が必要ということです。言いかえれば、審査委員会が首を縦に振らなければダンジョンを連結することが出来ないと言うことです。さらに違約金の設定なども審査委員会が決定できます。そして審査委員会とは我々です。つまり、我々には大きな権限が与えられることとなります。審査料などの名目でマナを収めさせれば、大きな収入となるでしょう」
なるほど、とドラゴロスだけがうなずく。
「ですが、ここでの重要な点は。四項に付随する補足項目です。すでに連結しているダンジョンがある場合は、我々が好きに連結料を設定できると言うことです」
「それがどうしてそんなに重要なんだ? 連結してあるダンジョンなんて、ほとんどないだろう」
「ほとんどどころか、現在連結されているダンジョンはたった一つだけです」
「? ああ、そうか!」
「はい、マダラメのダンジョンだけです」
メグワイヤの言葉に全員の顔がほころんだ。
「マダラメダンジョンは我らと連結したことで、獲得マナを大きく上昇させました。それでも我らには及びませんが、また何をしでかすか分かりません。今のうちに叩けるだけたたいておくべきなのです。」
「連結料であいつのマナを吸い上げると」
「現在、奴のダンジョンは一日平均二十数万ほどを稼いでいるはずです。我ら八人で、それぞれ毎日四万ずつ徴収しましょう。貯蓄がどれだけあるかはわかりませんが、それでも半年もすればマナが枯渇するはずです」
「出来るだけ長く吸い上げるつもりか。解約を申し出てきたらどうする?」
「解約できない様に違約金を吹っ掛けておきましょう。一千万程度だと、もしかしたら工面するかもしれません。一億でどうです?」
メグワイヤの言葉に、他の七人は笑った。
一億ものマナ、保有しているのはグランドエイトぐらいだ。
しかも一人につき一億であるから、全員と解約しようとすれば、八億支払う必要がある。絶対に解約はできない。
マダラメダンジョンは必ず破滅する。
だが誰も慈悲をかけようなど思わなかった。
突然出てきた新参者が、我々に対して大きな面をしたのだ。ふさわしい末路と言えた。
一週間後ソサエティで総会が開かれ、新たなダンジョンルールがほぼ満場一致で採択された。
可決され、新たに施行されることとなったダンジョンルールを見ながら、シルヴァーナは満足だった。
ダンジョンマスターの中には、このルールがもつ裏の意味に気付いた者もいたが、声に出して反対する者はいなかった。
それはマダラメも同じであった。補足事項がもつ意味には気付いていただろうが、反対しても意味がないと悟ったのだろう。
マダラメにはその日のうちに連結料を決め、八人で三十二万マナを請求した。
すぐに泣きついて来るかと思ったが、マダラメは何も言わずにマナを支払った。
その態度に一瞬不安がよぎった。
また何かしてくるのかと思ったが、そんな余裕は奴にはないはずだ。
何かをしようにも、元手となるマナは日増しに減っていく。下手な行動は死期を速めるだけにすぎない。
いずれ限界は来る。奴はただ強がっているだけ。
シルヴァーナは自分の不安をかき消した。ただ、不測の事態に備えて、マナを温存することにした。
最下層 ~モニタールーム~
俺が総会からダンジョンに戻ると、ケラマが不安そうな顔で見た。
「どうするのですか? これまでにため込んだマナがあるとはいえ、半年と経たずに破産しますよ」
「ポイントの消費を抑えるしかないな」
食堂で提供している食材や良く出る景品などは、すでに事前に大量購入しておいた。数ヶ月は持つ。
「しかし、配当率を変更したりしては、客足が遠のくのではありませんか?」
確かに、配当を絞ればポイントは一時的によくなるだろうが、最終的には目減りする。信用を落とすのは得策ではない。
「むしろ値下げしよう。今一番人気なのは化粧品の数々だ。その量を増やそう」
冒険者たちにとっては高級品でも、こちらにとってはおいしいポイントの景品だ。これらの景品に交換が集中してくれれば、相対的に節約できる。
「あとはこれまで禁じ手としてきたが、コインの換金を行おう。ただし、手数料として一定額を差し引き、換金されすぎないようにしてくれ。適切な手数料を計算してくれるか」
「単純な計算でしたらおまかせください。しかしそれで持つでしょうか?」
確かにそれだけでは少し厳しい。出て行く分を減らすだけではだめだ。
「客を増やさないといけないな」
とにかく人の耳目を集めて、多くの人にここに来てもらわないといけない。そうすれば延命はできる。
「ボクシングでもやるか」
ラスベガスではボクシングが華だ。
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