第二十六話 ダンジョンの転移陣
今日の分です
第二十五話
「よし、これでやっとめどがついた」
カイトはダンジョンの上に作られた小屋の中で、一息ついた。
このダンジョンが発見されて、そろそろ一年がたつ。ダンジョンの上にギルドの支部を作ってはどうかという話をギルド長にしたところ、怒鳴られつつも称賛されると言う稀有な体験をし、気がつけば準責任者の様な立場となってしまった。
そこまではよかったのだが、そこからが大変だった。
カイトとしては適当に小屋でも立てて、ギルドの支部とするつもりだったが利権関係でもめにもめた。
ロードロックでもこのダンジョンの特異性は噂になっており、利権に食い込もうと商人連合が、待ったをかけたからだ。
利権や陰謀が渦巻き、正直一介の冒険者には手に余る話だったが、なんとか交渉を終え、新市街の計画を作ることができた。
「お疲れさま」
メリンダがお茶を淹れてくれたので飲む。おいしい。
俺が半分冒険者を引退したような形になったので、パーティーは一時解散となった。
もっとも、皆がこのダンジョンから離れたわけではない。
ガンツとトレフは警備隊に志願し、シエルとアセルは何とレストランとバーで給仕として働いている。
二人の給仕服姿は何とも新鮮だったが、これはギルドからの立派な依頼だ。ダンジョンを監視し不測の事態でも対応できる戦力を常駐させておきたかったらしい。
二人とも腕は立つので、適任だと俺も推しておいた。
「そうそうカイト、この前ダンジョンマスターから依頼があった追加の料理人だけど」
「ああ、あれね」
ここのダンジョンマスターが、また追加で料理人を欲しがり、メリンダに任せたのだった。レストランは好評で問題ないはずだから、追加で人を欲しがる理由はわからない。
「何人か見繕って、そろえることが出来たわよ」
「ありがとう助かるよ。ここにきてさらに料理人を雇うなんて、またレストランを増やすのかな?」
「そうかもね、このダンジョンが何をするのか、予想なんてつかないから」
確かに、このダンジョンで何が起きるかなんて予想出来ない。
少し前だが、化粧品が景品に並んだ時も大騒ぎとなった。女性冒険者がこぞって買い求め、ギルド長もこれは売れると考え、髪油と同様に独占して商人たちに卸している。
叔父さんは大喜びだが、商人たちはギルドの独占に不満を持ち始めているから注意が必要だ。
「メリンダ、新しいレストランが出来たら食事にでも行こうか」
「いいわね」
メリンダはあまり気にせず返事をしていたが、彼女には感謝の気持ちがある。
責任者となり、パーティーを解散することにはひと悶着があった。皆が若く、夢を諦めるには早すぎたからだ。
その時に皆を説得し、最初に俺についてきてくれたのがメリンダだった。正直、メリンダが横にいてくれなければ、つらい仕事に逃げだしていたかもしれない。
新市街がある程度軌道に乗り、仕事が安定してきたら、メリンダともちゃんとしなければいけない。
新しいレストランで食事をしながら、二人の未来について話をするのもいいだろう。喜んでくれるといいのだけれど。
「カイトさん!」
メリンダとのことを考えていると、あわただしい足音と共に、青年が小屋に入ってくる。ギルドで雇っている若手の冒険者カル君だ。落ち着いた青年で、機転が利くいい子だ。
「どうしたカル君。お茶でも飲むかい?」
「大変です! ダンジョンに、ダンジョンに!」
カル君は言葉が続けられず、とにかくダンジョンのある方向を指さす。
そのしぐさで何が起きたのかを察し、俺はメリンダと目を見合わせた。
「まさか、ダンジョンがまた変化したのか?」
問うと、カル君が勢いよく何度もうなずいた。
「くそ、ここ最近おとなしかったのに」
半年ほどは大きな変化がなく、街の建設に支障がなかったというのに、ようやくめどが立ち始めた矢先にこれか。
「くそ、行くぞ、メリンダ」
とにかく何が起きたのか、実際に目で確認しないことには始まらない。
「変化が起きた場所はどこだ?」
カジノか? それとも宿泊施設? まさか奥の扉が開かれたのか?
最悪の可能性を想定したが、そのどれもが違った。
「入口のすぐ横です、そこに大きな通路が!」
カル君の言うとおり、入り口からカジノにかけての通路の途中に、これまでになかった通路がぽっかりと口を開けていた。
ほかの冒険者が入らないように、警備隊の者たちが封鎖してくれているが、すでに耳目を集め、大きな人だかりとなっている。
「すまない、どいてくれ」
人をかき分けながら通路の前に移動する。
「あっ、カイトさん」
人に詰め寄られ、困り顔の警備隊がカイトを見つけてほっとした顔を見せる。
「そのまま封鎖しろ、だれも中に入れるな。中に警備隊はいるのか? ギルド長には人をやったか?」
矢継ぎ早に指示を出し、行動を確認する。
「は、はい。中に数人入って見ています。ギルド長の所にも、早馬を走らせました」
「よし、それでいい。このまま誰も入れないでくれ」
背後ではギルドの横暴だのなんだのと、言っている冒険者がいるが知るか。
警備隊に中に入れてもらい、通路に入ると、中は左右にそれぞれ四つ、合計八個の部屋で区切られていた。
扉はなく、外からも部屋の中が見える。一番右手前の部屋には、中を調査しに行った警備隊が呆然と立ち尽くしていた。
「おい、大丈夫か?」
部屋に入り警備隊に駆け寄る。
「カイトさん、これを」
返事をする警備隊はどうやら無事のようだった。
部屋を見ると中は大きく広く、どこかに通じているような通路や扉はない。部屋の中央には十人が楽に乗れるような台座が設置されているだけだった。台座の上には複雑な幾何学模様が描かれ、淡い光を放っている。
「これは? 魔法陣か」
魔力を供給することで作動する魔法具の一種だ。料理に使われたり、物を凍らせたりと、様々な種類があるが、こんなに複雑な魔法陣は見たことがない。
「カイト、これ転移陣よ!」
「なんだと! これが?」
初めて見た。人や物を一瞬で別の場所に移動させる、信じられない効果を発揮する魔法陣だ。
千年以上前の遺跡や古文書に書かれた伝承では、人類もかつては使っていたとされている。だが神のごとき英知は現在では失われ、巨大なダンジョンの奥深くで、ごくたまに見ることが出来ると言われている。
「どことつながっているんだ? 誰か使ってみたのか?」
警備隊の一人に問う。
「は、はい。さっき俺が使いました」
危険なことをと思ったが、誰かが試さなければならないことだ。
「どこだ、どことつながっていた?」
ダンジョンの奥深くか? そこに何があった?
言葉を濁す警備隊がもどかしく、詰め寄り肩をつかむ。
「カイト、前」
メリンダが言葉を発し前を見ると、淡い光を保っていた魔法陣が強く光り輝く。
転移陣が発動し、誰かがこちらに転移しようとしているのだ。
俺はとっさに身構えた。モンスターが転移してくるとは思えないが、何が起きるか不明だ。腰の刃に手を掛け、メリンダも杖を構える。
光が収まると、台座の上に六人の男女が立っていた。
モンスターではなく人間。武器や鎧を身に着けていることから、一目で冒険者とわかった。
「ん? お前たち誰だ?」
転移してきた冒険者たちが、転移陣の前で身構える俺たちを誰何する。
ロードロックの冒険者の顔はすべて頭に入っているが、見たことがない冒険者だ。
そしてかなりの腕前だ。身に着けている装備や物腰から、高位の冒険者であることが分かった。
「そちらこそ、どこから来たんだ?」
「どこだと? ここは白銀のダンジョンではないのか?」
「白銀のダンジョンだと?」
その名を知らぬ者はいないダンジョンの最高峰、八大ダンジョンの一角ではないか。
「白銀のダンジョンとつながっているのか!」
隣の警備隊を見ると、向こうを見てきた者が何度もうなずく。
まさか世界最高のダンジョンとつながるとは。
「あっ」
驚きながらも、俺はあることに気づいた。気づいてしまった。
八大ダンジョンはその名のとおり八個ある。そして新たに設けられた部屋も八個だ。そのすべてに同様の転移陣があるとしたら………
戦慄する俺の耳に、騒がしい声が聞こえてくる。警備隊が封鎖している通路から聞こえる声ではない。
「ん? ここはどこだ?」
「おい、お前たちは誰だ?」
「蟲毒のダンジョンではないのか?」
慌てて踵を返し、転移陣がある部屋から外に出ると、他の部屋から続々と見慣れぬ冒険者たちが出てきていた。
誰もが皆、高レベルの冒険者たちだ。
「はっ、はははははっ」
俺は乾いた笑い声をあげた。
このダンジョンは常に人を驚かせてくれる。自分自身このダンジョンには何度も驚かされた。だがその中でもこれは最大級。まさかこんなことが起きるとは思わなかった。
そして頭の中で、出来上がりかけていた新市街の計画書を破り捨てた。
何がどうなるかわからないが、少なくとも計画通りにいかないことだけは確かなのだから。
「また忙しくなるな」
小さくため息をついた後、気合を入れなおす。
「皆さん、聞いてください!」
俺は声を張り上げ、やってきた冒険者たちの対応に当たった。
それから一週間、俺の予想は事実となり忙しさに忙殺された。
八大ダンジョンとつながったことは、激震をもってロードロックに広まったし、ギルド長は顔が噴火するのではないかと思うほど真っ赤にして、あらん限りの罵倒を吐き散らした。
気持ちはわかる。何せ八つの外国とつながったのだ。明らかにギルドが処理できる許容量を超えている。せっかく半年かけて詰めた新市街を作る計画も一から練り直しとなったし、転移陣を超えてやってきた冒険者に対する対応も一苦労だ。
しかし苦労以上の利益が、ロードロックにはもたらされた。
八大ダンジョンから産出される、希少なアイテムや武具が売りに出され、珍しい品々を求めて多くの商人たちがここに集った。
やってきたのは商人だけではない。ここに来れば八大ダンジョンの全てに挑戦できると、周辺の国々からも人や冒険者がやってくるようになった。
以前の計画は白紙となったが、新市街の建設は前倒しとなり、寝る暇もないほどの仕事量に忙殺された。
なお、ダンジョンはこの混乱を事前に予想していたようで、宿泊施設の部屋数が百室ほど増えており、レストランも拡大されていた。
事前に料理人を募集していたのはこのためだと、あとになって気づいた。
食事や宿泊場所の世話をしなくていいのは助かったが、ちょっと腹が立つ話だ。事前に言ってくれれば、こちらももう少し楽が出来たのに。
ちなみに奥へと続くシンボルの値段が、いつの間にか大幅に値下げされていたのだが、八大ダンジョンにつながると言う驚きに目を奪われ、値下げに気づいたのはさらに一週間もあとのことだった。
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