第二十五話 マダラメの提案
今日の分です
第二十五話
「転移陣をつなげるだと?」
俺が出した条件に、シルヴァーナをはじめグランドエイトのお歴々が顔をしかめた。
「そんなことが出来るのか?」
前代未聞だと互いに顔を見合わせるが、できるはずだ。ケラマは請け負ってくれた。
「可能です。そもそもこのソサエティが一つのダンジョンなのです」
この場所自体、主がいない空白のダンジョンなのだ。ここと自分のダンジョンをつなげられるのなら、他のダンジョンとでも繋げられるはずだ。
「もちろん両者の合意は必要ですが、貴方たちがつなげる気があるのなら、できるはずです」
これまで考えられたことがなかったのだろう。ケラマも俺の話を聞いて驚いていた。
「ばかばかしい、ありえませんね」
メグワイヤが眼鏡を直しながら、俺の提案を切り捨てる。
「転移陣を設けてダンジョンをつなげる。それはなかなか面白い提案です。しかし貴方のダンジョンとつなげることなどありえません」
転移陣には興味を示しつつも、きっぱりと断った。
「私たちはグランドエイトですよ。昨日今日できたあなたのダンジョンとは格が違います」
「そうだ、我々と同格のつもりか!」「おこがましい」「身の程を知れ」
メグワイヤの言葉に、他のマスター達が同調する。
「確かに、今日知り合った俺とダンジョンをつなげろと言っても、信用がないだろう」
さっき俺は、二度とここには来ないこともできる。と宣言したばかりだ。いつでも逃げられる相手と交渉など意味がないだろう。
「では、この条件を飲んでくれるのなら、コアを担保に入れよう」
俺の言葉に全員が息をのんだ。
「お前、言っている意味が分かっているのか?」
ドゴスガラが、ふざけているのならば殺すぞと怒りをにじませる。
「もちろんわかっている」
コアはマスターにとって自分自身でありダンジョンそのもの。軽々しく賭けていいものではない。
「これは俺自身を売るということだ」
ダンジョンを担保にマナを借りることが出来る。ただし強制徴収された場合、その評価額は作成に用いた十分の一だ。
必然、大きなダンジョンでなければ大きくは借りられない。
だがそこにダンジョンコアをかければ、評価額は一気に跳ね上がる。俺ぐらいのダンジョンでも評価額は三百万ほどになる。
だが利子に加え毎月の返済が少しでも遅れれば、担保は流れてコアの権利書は売却可能となる。あとは買った者の飴玉だ。その日のうちにコアを徴収してつぶすことが可能だ。
「コアを担保に、ソサエティの土地を買わせてもらう。これでどうだ?」
俺の条件に、先ほどまで反対していたグランドエイトの面々が顔を見合わせる。
格だのなんだと言っていたが、本当は面子の問題だ。グランドエイトとして、新人に条件を突きつけられて、ただでのむわけにはいかないのだろう。
しかしコアを差し出させたとなれば面子は立つ。何より土地を買った以上、俺はここに縛られることになる。さっき言ったように、二度とここに来ないというわけにはいかない。
「だめだな、話にならない」
シルヴァーナが鼻もひっかけないという顔で俺を見下す。
「コアを担保に土地を買うと言っても、すぐに土地を売却して権利を買い戻せば済む話だ」
「ほかのマスターに、私の土地を買わないように言えばいいだけでしょう?」
ソサエティを実質的に支配しているのは、ここにいる八人だ。俺の土地を買わないように言うのは簡単なはずだ。
「確かにそうだが、お前がほかのマスターの弱みを握り。脅迫しているかもしれない」
俺としては貴方たちじゃあるまいし、と言いたい。
「そもそも私は初めてソサエティに来たのですよ、他のマスターの知り合いなどいません」
「かもな。だが、だからこそ、その条件を出したのではないのか?」
的外れではあるが、なかなか鋭い。ないと思わせていて裏をかくのがイカサマの基本だ。
「では向こう一年間、土地を売却しないという条件を付けましょう」
さらに俺は掛け金を積み上げる。
これで、先ほどシルヴァーナが指摘した手は使えない。それに土地を購入した場合は維持費がかかる。俺たちの世界で言うところの固定資産税がかかり、年に一回維持費を支払わなければならないので、二重の負担となる。
「これなら構いませんね」
これで俺にできることは全て賭けた。持っているものすべてを差し出したに等しい。
俺のオールインに、シルヴァーナが冷たい目で見降ろす。
その脳裏には数字が行きかっているはずだ。
だが考える時間は無駄だ。計算ではなく感情がすでに答えを出している。
「いいだろう」
シルヴァーナがわずかに細い顎を引いた。
ほらね。
連中にしてみれば、生意気な新人を何としても叩き潰したいのだ。しかし先ほど俺が宣言したように、俺は二度とここに来ないこともできる。そうなれば報復の機会は永遠に失われる。
次の手を打つにしても、俺をソサエティに縛り付けなければ出来ないのだ。
コアを担保に差し出しているのだから、俺はソサエティとは無縁ではいられない。俺の出した条件は、彼女たちの欲求そのものなのだ。
頭を使っているふりをしているが、心がすでに答えを決めている。
「だが転移陣でつなげると言ったが、どこに配置するつもりだ? まさかコアのすぐ隣につけろとでも?」
シルヴァーナが転移陣設置の条件を問うた。
「そんなことは言わない。場所は入口のすぐ横を指定したい。俺も全員の転移陣を入り口付近に固めて配置するつもりだ。細かい条件はあとで詰めるが、おおむねそんなところだ」
「その転移陣を設置すれば、そちらも奥へと続く扉の条件を緩和すると?」
「そうだな、今は二つ合わせて二十万コインほどだから、それを両方合わせて千コインほどにさげてもいい」
今考えたように話すが、すべて事前にケラマと話しあい詰めていたことだ。この条件なら、相手は確実に飲む。
「無料にしろ」
ドゴスガラが無茶を言う。
「それは出来ない、ダンジョンの奥へと続く関門に、安い金額はつけられない」
それにコイン千枚なら、三日もかければ手に入る量だ。
「細かい条件としてシンボルは原則ワンセットだけ。使用されるか、ダンジョンの外に持ち出されると消滅して、新たに補充される。また、同様の設備をダンジョンに設けず、これ一つとする。こんなところかな」
シルヴァーナはしばらく考えてうなずいた。
「分かったいいだろう。その条件を飲もう」
「シルヴァーナ!」
ドゴスガラの反対をよそに、シルヴァーナは俺の条件をのんだ。他の六人も反対はしなかった。
ドゴスガラ以外は条件さえ緩和すれば、俺のダンジョンなどすぐに攻略されてしまうだと予想しているのだろう。まぁ、そんなことはならないと思うが。
「それで、条件の緩和は今日からなのだろうな」
シルヴァーナが切り返してくる。
「もちろん、転移陣の設置を今日してくれるなら、今日緩和しよう」
相手が条件を突きつけてくるなら、こっちも条件で返す。
だがドゴスガラの説得を考えれば、数日は必要だろう。それでなくても土地の売買や、契約などにも何日か必要だ。
その間に、こちらは準備を整えておかないといけない。
「それで? 査問は終わりかな?」
俺の問いにグランドエイトの面々が顔をしかめたが、話が決まった以上、これで終わりにするしかない。
「閉会」
シルヴァーナは嫌そうに査問会を終了させた。
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