第二百三十三話 カイトの秘策
第二百三十三話 カイトの秘策
雷鳴の如き咆哮が大気を震わせたかと思うと、巨獣オーメルガの口から猛火が放たれた。
全てを燃やし尽くすような地獄の炎が、カイトの視界一杯に広がる。
逃げる隙などどこにもなく、カイトはただ身を硬直させることしかできなかった。
鋼鉄すら容易く溶かしそうな炎が目の前にまで迫る。だが炎が直前まで迫った時、まるで線を引いたように遮られ、完全に遮断された。聖女クリスタニア様の防御魔法だ。
「ハッ、ぬるい炎ね。火ってのは、こう使うのよ!」
灰塵の魔女ことアルタイルが、右手を無造作に突き出す。すると腕から炎が、いや熱線が放たれる。アルタイルが放った熱線は内側からクリスタニアの防御を貫通し、オーメルガの炎をかき消して反撃する。だがアルタイルの炎も、オーメルガの皮膚を焼くには至らなかった。熱線はオーメルガの手前で霧消し、消え去っていく。
青い燐光がオーメルガの体を覆っていた。魔法の効果を分解無効化する魔法障壁だ。
「へぇ、なかなか堅い魔法障壁持ってるじゃない」
アルタイルが目を細める。
身をたわめ低く唸るオーメルガの前に、黒い剣を抜くアルファスが前に出る。
姿を見ただけで、カイトの背筋にひりつく緊張感が走る。カイトが固唾を呑んだその時だった。一瞬にしてアルファスがカイト達の前に移動し、アルタイルを黒い剣で切り付けていた。
神速の移動と斬撃、だが黒い刃は白い刃によって阻まれる。いつの間にかアルタイルの横に移動した剣豪シグルドが、神剣ミーオンを差し出し斬撃を防いでいた。
黒い刃と白い刃が火花を散らす。両者の剣は色が違うことを除けば、全く同じつくりをしていた。
ミーオンは神が作った剣であり、この世に切れないものはないと言われている。しかしアルファスが持つ黒い剣は、ミーオンを模倣したものらしい。同じ金属で造られており、ミーオンであっても切ることはできないのだ。
鍔迫り合いをするアルファスの背後に、全身に包帯を巻いた男が姿を現す。
影すら置き去りにする身のこなしを見せるのは、暗殺者の夜霧だった。両手に刃を携える夜霧が背後から切り付けるも、アルファスは驚くべき身のこなしを見せて反転し、夜霧の刃を受ける。
夜霧が双剣を振るい、アルファスも黒きミーオンを繰り出す。
硬質の音が無数に響き渡る。
両者が振るう刃は、もはやカイトが視認できる速度を超えていた。一呼吸の間で数十の攻撃が繰り出され、刃は複雑な軌跡を描き、火花のみが攻撃の跡を教えてくれる。
時間にして数秒、しかし数百の攻防を経て夜霧とアルファスが離れる。両者は互いに無傷。だが後退した夜霧は、自らが持つ刃を見て目を細める。二振りの獲物は、わずかに刃こぼれを見せていたからだ。
「「「ちっ、オリハルコン相手には分が悪いか」」」
夜霧は身を翻して後退する。夜霧が持つ刃は、八大ダンジョンを攻略した時に得た戦利品と聞く。たぐいまれなる業物であることは疑いようがないが、神が作った金属であるオリハルコンと比べれば劣ってしまうのだ。
「「「そちらは任せた。向こうに当たる」」」
「私もあっちの相手をする」
夜霧がオーメルガに向かい、アルタイルも続く。一方残されたシグルドはミーオンを正眼に構える。またクリスタニアは最初にいた場所から動かず、杖を手にじっと集中をきらしていない。いつでも防御や回復の魔法を使える準備をしていた。
大広間ではそれぞれの戦いが開始される。
シグルドがアルファスと切り結び、クリスタニアが防御魔法を展開して援護する。一方では夜霧が目にもとまらぬ速度でオーメルガに迫り、アルタイルが強力な破壊の魔法を連打する。
アルファスはシグルドに勝るとも劣らぬ剣技で対応し、オーメルガは巨体に似合わぬ機敏さを見せ、電撃や炎を繰り出す。
二体四人が戦うその姿は、まさに神話に登場する神々と怪物の決闘であった。超絶の破壊の嵐を前に、カイトはただ見ていることしかできない。もちろんこの天上の戦いに、割って入るなど論外である。
傍観するしかない状況の中、アルタイルとオーメルガが放った電撃と爆裂魔法が激突し、大爆発を引き起こす。爆風と爆煙が周囲を覆い、全ての視界が一瞬遮られる。
カイトは好機の到来を感じ取り、一歩前に踏み出した。
カイトの目の前にある床には、断崖の如き亀裂が走っていた。シグルドがミーオンを操り切り裂いた跡だ。亀裂からは下は見えない。カイトは誰にも何の声も掛けず、穴へと飛びこんだ。
カイトの体が、暗闇に吸い込まれる。浮遊感が体を襲うも、それも一瞬のこと。風が頬を切り、どんどんと加速していく。喉が干上がるほどの恐怖。だがこの下は必ずあるはずなのだ。
何故なら先ほどまでいた部屋は、カジノダンジョンの最下層の一つ上だったからだ。この穴をくぐれば、最下層に到達できるはず。
喉から出そうな悲鳴を堪えていると、周囲を覆っていた暗闇が消えさり、不意に明るい場所に出る。真下には巨大な部屋が広がり、床が迫ってくる。
突然の終点に、カイトは歯を食いしばりながら闘気を放出した。
真紅の闘気が体全体を覆った直後、轟音とともに床に激突した。
「し、死ぬかと思った」
墜落の衝撃でひび割れた床に両手を付きながら、カイトは荒い息を吐いた。
体中がしびれていた。しかし衝撃はあれど痛みはない。自分の手足をペタペタと触ってみたが、手足の骨が折れている感覚はなく、出血もなかった。
「おおっ、生きてる」
カイトが天井を見上げれば、亀裂が走った天井はロードロックにあるどの塔よりも高い。あれより高いところから飛び降りて、よく無事だったと思う。四英雄の地獄のような特訓に耐えたことが原因だろう。そうでなければ、今頃地面のしみになっていたはずだ。
「うまく最下層に降りることは出来たが、ここはどこだ?」
カイトは周囲を見回した。ここは倉庫のような場所であり、家のように巨大な箱が幾つも並んでいた。
「本当にここにマダラメがいるのか?」
カイトは倉庫を見回す。当然だが、カジノダンジョンの主であるマダラメの姿はない。
マダラメと接触すること。それこそがカイトに任された仕事だった。
戦いにおいて、カイトはまるで役に立たない。四英雄と比べればカイトは圧倒的に弱く、完全にお荷物である。それでもカイトが付いてきたのは、その弱さゆえだ。
創造神メギドスは、傲慢な神だ。人間をゴミや虫けらとしか思っていない。
人類最高の力を持つ四英雄はさすがに警戒しているだろうが、カイトのことなど眼中にもないだろう。四英雄の激戦のさなか、カイトが姿を消しても気にもしないはずだ。
カイトは部屋の隅に扉があるのを発見し、とりあえず駆け寄った。
「問題はマダラメが、メギドスとどういった関係にあるかだな……」
そこが一番の問題だった。場合によっては、マダラメがメギドスと組んでいるかもしれない。そうなれば独自に交渉して、メギドスの裏を掻こうとしても意味がないだろう。だがカイトの知る限り、マダラメは生粋の勝負師だった。
勝負のスリルをこよなく愛し、ぎりぎりの戦いを好む。また勝負師としてイカサマも得意としており、騙しのテクニックにも長けている。
油断ならない相手だが、一方で公正さを重視するところもあった。
賭けの払いは確実に行い、負けた分は必ず払う。イカサマも相手が仕掛けてきた場合のみに行い、自分が必ず勝つ勝負を仕掛けたりはしない。
イカサマをするにはするが、そこにはマダラメなりの公正さや公平さが存在していた。
その点を鑑みるに、マダラメがメギドスに与するとは思えない。
気に入らなければ盤面をひっくり返すような幼稚さを、マダラメは嫌うはずだ。そしてマダラメを味方に付けることが出来れば、メギドスを攻略する鍵となるかもしれなかった。
「マダラメ、どこにいるんだ」
カイトはマダラメを探し、倉庫の扉を開けた。
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