第二十二話 ゾンビ三姉妹
今日の分です
第二十二話
なんやかんやで、俺がこの世界に来て一年ほどが過ぎた。
客足は変わらず、大体一日に一万ポイントの収入を維持している。
カジノで特に問題はなく、月に二回イベントを打つ以外は、特に手も加えてはいない。獲得ポイントが横ばいとなり、成長も見込めないためだ。
最近あった出来事と言えば、我がダンジョンの近くにあった別のダンジョンが攻略されてしまったことだ。どうやらうちに多くの冒険者が来るようになり、その結果らしい。
誰かは知らないが、ちょっと悪いことをした気がしないでもない。
ダンジョンがつぶされて利用者が減るかと思いきや、そんなことはなかった。
むしろダンジョンの上に街を作る計画があるらしい。どうやらここは冒険者にとって居心地のいい場所と認識されたらしい、ありがたいことだ。
それ以外では、最近カジノに出て遊ぶことを覚えた。と言っても、生身のままで出ているわけではない。
人間そっくりのパペット系モンスターを作り、それに憑依して冒険者に交じり、カジノを楽しんでいる。
戦闘力は全くないが、人間そっくりに変身できる能力を持ち、五万ポイントと高かったが、俺の精神衛生のために購入した。
ケラマと遊ぶもいいのだが、部屋に引きこもっていたら気がめいる。こいつを使えばカジノの中を自由に歩くことが出来た。おかげで知り合いもでき、何人かは気さくに声をかけてくる。
「やぁ、ジェイク。今日の調子はどうだい?」
いつものようにスロットを回していると、知り合いが声をかけてきた。
ジェイクとはこの姿で使っている偽名だ。放蕩貴族で通っていて、金回りがいい設定だ。
ほかにも数人、姿と名前を変えて遊んでいる。
「ああ、上々だよ」
たまっているコインの箱を見せると、口笛を吹いて驚いて見せた。
「相変わらずうらやましい」
「勝つにはコツがあるのさ」
もちろん嘘だ。ケラマに操作してもらい、勝つようになっているだけだ。
「今度ご教授してくれよ」
「いいぜ、まずは大金が必要だ。博打に勝つには大きな元手がいる。大体百万クロッカあれば勝てる」
「ふざけんな。そんな大金用意できるか、みんながみんな、お前みたいな金持ちじゃねーんだよ」
「じゃぁまた奢ってくれよ」
冒険者がたかりに来るが、こちらには素直に応じる。
「ああ、構わないよ。ただし、面白い話を聞かせてくれたらな」
自分のカジノで勝っても面白くないし、そもそも勝率を自在に操れるのだから意味はない。カジノに入り浸っている最大の目的は、冒険者たちとの話だ。
この前も大勝ちしたとコインをばらまき、冒険者たちに奢ってはいろんな話を聞いた。
「いいぜ、じゃぁ今度八大ダンジョンの話を聞かせてやるよ。俺のじいさんはダンジョンの最高峰。白銀のダンジョンに潜ってたんだぜ」
男は自慢気に言うが、その後ろで話を聞いていた別の男が笑って答えた。
「気をつけろよ、ジェイク。そいつのじーさんは法螺吹きで有名だ。勇者と決闘して倒したとか言ってる男だからな」
「うるさい、じーさんを馬鹿にするな。大体、手柄話なんて法螺の方が面白いだろうが」
孫は祖父の話を信じてはいないようだが、面白い話なら真偽は別にして大歓迎だ。
「それなら今度は俺が話をしてやるから奢ってくれよ。北方には氷でできた城があるっていうし、南の果てには奈落まで続いているゲルバの大穴があるっていうぜ。なんでも千年前の神話戦争で、二人の神様が戦ってできた穴なんだと」
「神話戦争なんてそれこそ作り話だろうが!」
男が馬鹿にするが、これまで聞いた話だと、神話戦争の伝説はそう馬鹿にしたものでもないらしかった。いくつかの遺跡や出土品などから、千年前に大きな戦いや天変地異があったことはわかっている。
「どんな話でもいいよ、面白い話をしてくれたら一杯奢る」
考古学者でもない俺としては、重要なのは面白いかどうかだ。
ゲームやアニメなど面白い遊びはないが、さすがは異世界。冒険譚には事欠かない。神様が住むと言われる天まで届く塔に、山脈ほどの大きさもある世界樹。どこまで本当か分からないが、俺の心をかきたてる物があった。
ダンジョンから出ることが出来ないのが残念だ、もし出ることが出来れば、自分で足を運んでみるのに。
「ジェイク、調子はどう?」
今度は女の冒険者が声をかけてきた。
「やぁ、アレサンドラ。今日も綺麗だね」
「いつも正直者ね」
適当な誉め言葉に、アレサンドラは笑って声を返す。
俺の誉め言葉はただのリップサービスだが、最近ロードロックの女性は特に美しくなったと評判だ。
「その爪、新色かい?」
俺は目ざとく、アレサンドラの爪を見る。
「そうなの、分かる? ようやく手に入ったのよ」
貯めていたコインを放出して、ようやく買えたと喜んでいた。
以前から研究していた化粧品類を、景品として販売したのだ。
人気は上々で、女性冒険者はこぞって買い求めてくれた。町でも人気らしく、商人たちが買いに来てくれる。
ロードロックの女性たちはすぐに化粧の腕が上達し、見違えるようになった。ありがたい話だし、こうしてほめておけば需要が高まるので、出来るだけ褒めるようにしている。
「ねぇ、食事でもどう?」
アレクサンドラが、俺の腕に手をからませながら食事に誘う。
ジェイクは割とモテる。顔は整っているし、何より金持ちで羽振りがいい。モテる要素は大体抑えているので、女性の方から口説かれることも多い。
ありがたいが断ろう。あまり親しくしすぎるのはよくない。
「ああ、いいね。でも今夜はだめだ。ミンシアに誘われてる」
「もう、またあの女! どこがいいのよ、あんなの」
怒ってアレクサンドラは去っていった
ちなみにミンシアとは、俺が操っている仮の姿の一つだ。
女装趣味があるわけではないのだが、女性のニーズを調べるために作った。ただ最近はああいった誘いを断る理由に使うことが多い。
これまでにも女性冒険者からは何度か誘われたが、すべて断っている。
仮の姿とはいえ、ダンジョンマスターと冒険者だ。あまり親しくなりすぎてはいけない。
それに、本当の意味では楽しめない。
憑依したパペットとは感覚を共有しているが、完全に自分というわけではなく、リアルさに欠ける。それに本体である体は、地下にいることを考えてしまうと正直バカっぽい。
もっとも、食事やお喋り程度なら楽しいので、だいぶ女慣れはしてきたが。
今日はもう切り上げようとホテルに足を向ける。
ジェイクの名義で借り切っているホテルの部屋に入り、トイレに向かう。トイレの奥には隠し部屋あり、隠し部屋には最下層に通じる転移陣がある。光る魔法陣に踏み込むと、一瞬で最下層に戻れた。
転移陣が敷かれた転移ルームを出ると、向かいに小さな小部屋がある。扉を開けると真っ白で狭い部屋に椅子が二つ。一つは埋まっており、白いシャツを着た『俺』が座っていた。
ここは憑依ルーム。スケルトンやパペット系モンスターに憑依して操っている間は、意識がこちらに移され、眠っているように無防備になってしまうのだ。
割と危険な状況なので、こうした安全な場所で入れ替わることにしている。
「憑依、解除」
開いている左の椅子に座り接続を切ると、本体である俺の体に意識が戻る。右隣には放蕩息子で着飾ったジェイクの姿があった。
ちなみに顔は俺とは似ておらず、金髪碧眼、切れ長の目にスリムなあごをもつイケメンだ。
ケラマが作ってくれたのだが、少しかっこよすぎると思う。入れ替わるたびに違和感がある。次頼むときは、もう少し自分に似せた顔にしてもらおう。
外に出て、すぐにモニタールームに向かおうとしたが、途中で景品部に立ち寄った。
「マリアさんたち、ちょっといいかい?」
「「「どうぞ」」」
ノックをすると三重の声が返ってきた。中に入ると青白い肌に無表情の女性が三人いた。
三人とも顔は全く同じで見分けはつかない。ただ髪型がそれぞれ違っていて、マリアがショートでメリアがセミロング。アリアがロングヘアーなので見分けるのは簡単だ。
三人は姉妹という設定で、俺が作った初の女性型モンスターだった
ちなみに彼女たちの顔やスタイル、髪形に関してはケラマが作ったので俺の趣味ではないと言っておく。ただ、ケラマはなかなか趣味がいいとは思うが。
「やぁ、三人とも」
俺が入室すると、三人は椅子から立ち上がり黒いスカートの端を持ち上げて頭を下げる。
「「「いらっしゃいませ、マスター」」」
声も仕草も完全にタイミングが揃っていて、ちょっと怖いくらいだ。
ちなみに彼女たちが身にまとっている服は、黒いロングドレスに飾り気の少ないシンプルなエプロン。メイド服の中でもヴィクトリアンタイプと呼ばれる奴だ。ちなみにこれは俺の趣味だ。
「調子はどうだい?」
「「「すべて順調です」」」
三人は全くの無表情で機械的に返事をする。その声に抑揚はなく、瞳には生命の輝きがまるでなかった。肌も粘土の様に青白く、その紫色の唇や胸元も、呼吸に上下していなかった。
彼女たちはモンスターだが生きていない。動く死体、いわゆるゾンビだ。
「複製機の調子はどうだ? 商品の補充は順調に出来ている?」
この奥にはアイテムを複製できる装置がある。元となるオリジナルは必要だが、それさえあれば比較的安いポイントで複製できる便利装置だ。
そして部屋の中央には転移陣があり淡い光を放っている。この転移陣はカジノの交換所のすぐ横の部屋とつながっている。
「「「はい問題ありません。すべて順調です」」」
三人娘は声をそろえる。
複製はダンジョンコアでもできるのだが、あれは俺しか使えない。いちいち商品の補充をやっていられないので作った。彼女たちは状況に応じて商品を補充し、上の交換所に転送する仕事を与えてある。
「………」
「「「………………」」」
俺が何もしゃべらないと、三人もじっと俺を見たまま何も言わない。顔はきれいなのだが、感情のない顔にずっと見つめられると、なんというか落ち着かない。
正直色々失敗したなと思う。
当初はスケルトンを作る予定だったのだ。
休まず働くし文句も言わない。簡単な業務なら知性化にも大したポイントはかからない。
だが商品を補充するためだけに作るのはもったいないので、商品開発もさせてみようということになった。
「新たに追加した化粧品だけど、人気が出ているよ。これからも頼む」
「「「はい、ありがとうございます」」」
ねぎらいの言葉に、ゾンビ娘が無表情で応えた。
彼女たちには女性向け商品の開発をお願いしている。
以前から化粧品の開発をしていたのだが、どうもうまく行かなかった。
原因は明快で、化粧もしない男の俺が作っていたからだ。
実際に化粧を使い試す、女性がいないとうまく行かない。
そこで我がダンジョンで初めての、女性型のモンスターを作ることになったのだ。だがこの時、俺たちは最初の前提であったアンデッド系統で行くという部分を見直すという発想がなかった。
そして最重要の部分を見直さずに、ゾンビ子さんたちを作ってしまった。
「………」
「「「………」」」
ダンジョンの最下層では沈黙が続く。
会話が続かなくてつらい。まぁ、この三人にはそんな感情もないのだろうけれど。
いや、彼女たちは、いい子だよ。
文句も言わずに働いてくれるし、仕事での失敗もない。
試供品として作った化粧品の使用感も、ものおじすることなくずばずば指摘してくれる。おかげで停滞していた化粧品開発は見事軌道に乗り、いい商品が出来たと自負している。
それに彼女たちは最近では互いに化粧をしあっていて、スキルアップにも余念がない。
彼女たちが化粧品を持てば、死んでいるため一切の潤いがない荒れた肌を見事に覆い隠し、まるで生まれたての赤ん坊のようなふっくらと柔らかそうな肌を再現する。生気のない瞳を魅惑のまなざしに、かさついた唇は情熱的な口元へと変貌させる。
正直言うとフルメイクした彼女たちを見た瞬間、そのまま押し倒そうという誘惑にかられた。
ギリギリのところで、彼女たちはゾンビだと自分に言い聞かせて我慢した。
本当に、なぜあの時ゾンビとして作ってしまったのか。彼女たちに会うたびに後悔する。
一方で、自分の作ったモンスターに手を出すのはよくないだろう。自制心を働かせる機会にもなるので、これはこれでよかったのかもしれないとも思う。
「それじゃぁ、これからもよろしく頼むよ」
「「「はい、マスター」」」
感情のない声で返事をする三人娘の部屋から出たあと、ケラマがいるモニタールームへと向かった。
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