第二百十八話 メグワイヤの策略①
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第二百十八話
シルヴァーナの頭上から冷水が降り注いだ。
シャワーヘッドから流れ出る水は銀の髪を濡らし、滴る水が首を伝い鎖骨へと注がれる。水浴びをするシルヴァーナは白い服を身に着けていたが、素材は薄く濡れて体に張り付き、うっすらと褐色の肌が透けて見えていた。
滝の様に浴びせかけられる水は、シルヴァーナの肩や腕を打ちつける。そして膨らんだ乳房に引き締まった腹筋を流れ、曲線美を描く足を伝う。
絶え間なく体を打つ冷水に、シルヴァーナの体は震えていた。しかし髪から覗く銀の瞳は、決意の炎に燃えていた。
シルヴァーナは蛇口をひねり水が出るのを止めた。ぽたぽたと流れる雫の下で、シルヴァーナは息を吐く。体は凍えていたが、その分頭は冷えて思考は冴えわたっていた。
水を滴らせながら、シルヴァーナはシャワールームを出た。
シルヴァーナが水にぬれた薄着のまま外に出ると、広々とした脱衣所があった。化粧のための鏡台があるほか、大きな姿見もある。部屋の中央には三人の女性型モンスターが控えていた。黒いドレスに白いエプロンを身に着けた使用人達だ。
シルヴァーナが大股で進むと、使用人達が進み出て水にぬれた肌着を脱がす。代わりに白いタオルを冷えた肌に当て、滴る水を吸い取っていく。使用人達は腕や脇、腰や足を丁寧に拭っていく。シルヴァーナは緩く手を広げ、されるがままに任せた。
体を拭き終わると、使用人の一人が温風が出る魔道具で髪を乾かす。その間に別の使用人が白い下着を広げて差し出す。シルヴァーナは足を通して下着を履かせてもらい、更に胸にも下着を当てて乳房を覆う。そして白いブラウスに紺色のズボン、靴下とブーツも履く。
髪が乾いたころには服の着替えが終わっていた。
鏡台の前に移動すると一人がシルヴァーナの銀の髪に櫛を通し、残りの二人が化粧道具を操る。柔らかいスポンジや刷毛で、顔をくすぐるように化粧品を塗る。それが終わったかと思うと、拷問器具にも見えるような奇妙なはさみでまつげを整え、目元にアイラインを引く。最後に口元に紅が引かれ完成だ。同時に髪も結い上げられていた。
毎日のことだが、魔法のような手さばきだとシルヴァーナは思う。
シルヴァーナが立ち上がると、一人の使用人が白い上着を広げて差し出す。袖を通していると、二人の使用人が協力して鎧を運ぶ。シルヴァーナが愛用している銀の鎧だ。
体を覆う胸甲のほかに肩当てや小手、脛あてを身に着け、最後に剣帯と銀の剣を腰に佩いてすべての装備が横着される。
身支度を整えたシルヴァーナは鎧を揺らしながら、会議室へと向かった。
部屋に入ると大きな机が置かれた会議室には、副官のクリムトに加えて長髪に眼鏡を付けたメグワイヤがいた。
「マダラメを倒す準備は出来たか?」
メグワイヤの問いに、シルヴァーナは顎を引いた。
シルヴァーナが水垢離をして、身を清めたのには理由がある。今からマダラメを倒すための大博打を打つからだ。
「祝賀会の開始には、まだ時間はあるな」
メグワイヤは会議室の壁を一瞥する。そこには時計が掛けられてあった。
シルヴァーナはこの後、マダラメが企画した祝賀会に出席する予定だ。しかし開始までにはまだ時間があった。
「最後に、もう一度確認をしておこう」
メグワイヤの言葉に、シルヴァーナは頷く。すでに打ち合わせや確認は何度も行っているが、手抜かりがないかどうかは何度も確認したい。
メグワイヤは会議室の机に目を向ける。そこには大きな地図が広げられていた。描かれているのはソサエティの内部だ。メグワイヤの指は、ソサエティの中心にある広場に向けられた。
「今日の正午から、マダラメ主催の祝賀会が行われる。内容は知っての通り、奴が十億ポイント達成するパーティーだ」
メグワイヤの説明に頷きながら、途方もない数字だと感心する。
シルヴァーナもかつてはダンジョンマスターの頂点に立っていた。しかし十億ものポイントを貯めるのは容易ではなかった。だがマダラメはほんの数年でシルヴァーナ達が出来なかったことを達成してのけた。
「祝賀会には当然、主催者であるマダラメが出席する」
メグワイヤは盤上遊戯で使われる、王を示す黒い駒を取り出して広場の中央に置いた。マダラメを示す駒だ。
「ただしこれが本体かどうかは分からん。現状は本体として行動するしかない」
黒い王の駒の頭を、メグワイヤが三度叩く。
憑依した身代わりをよく使うマダラメが、本体で祝賀会に挑むかどうかは不明だ。こればかりはその時になってみないと分からない。
「グランドエイトの第二席として、お前はマダラメの隣の席となる」
メグワイヤは白い女王の駒を取り出し、マダラメの隣に置いた。
マダラメは祝賀会の招待状を、全てのダンジョンマスターに送った。当然シルヴァーナの元にも届いている。
「この祝賀会には、ほぼすべてのダンジョンマスターが参加するだろう」
メグワイヤはさらに兵士を示す黒い駒を幾つもマダラメの周囲に置いた。
私の白い駒は、マダラメだけでなくその仲間に取り囲まれている。
腹立たしい状況だが、マダラメの支配はすでにダンジョンマスター全体に及んでいた。
マダラメの傘下に入ったダンジョンは、奴の改善案を受けることで、飛躍的に成長した。保身を考える者や日和見主義はマダラメに鞍替えし、シルヴァーナの派閥からも離反者が続出している。
シルヴァーナの派閥に残っているのは、古参の者が多い。これは新参者のマダラメに屈したくない者達だが、これもいつまでもつか分からない。
「マダラメの祝賀会は。ソサエティにとって大きな節目となるだろう。多くのダンジョンマスターの前で十億を達成すれば、歴史的な偉業となる。おそらくマダラメの地位は盤石となる」
メグワイヤの言葉を、シルヴァーナは否定しない。新参者と言うことで、マダラメを認めない者は少なからずいる。だがこのイベントが成功すれば、マダラメの派閥は勢い付き、止めることが出来なくなるだろう。今日が分水嶺だ。
「祝賀会の開始から少しすれば、十億を突破すると予想される。この時にカウントダウンがされるだろう。このカウントダウンが、我らの作戦開始の合図でもある。十億達成したその瞬間、祝賀会場を襲撃する」
メグワイヤはドンと机を叩いた。