第二百十話
第二百十話
カジノダンジョンの最下層にある会議室では、我がダンジョンの幹部たちが集まっていた。
テーブルにはケラマが乗り、俺の左にはメイド服姿のマリアが立っている。そして机を挟んで、四体のモンスターがにらみ合っていた。十二の頭を持つエトに、九つの頭蓋骨を首から下げたゲンジョー。四つの顔を持つ肉団子のごとき姿のギオンに、道化服を着たゼペッツと木彫りの人形姿のピッキオだ。
俺の前ではエトにゲンジョー、ギオンとピッキオが、罵り合っていた。最初は誰が先に、俺に褒めてもらうかと言う競い合いであった。しかしいつしか、相手の不満を言い合う大会となっている。
「この骨だけ野郎が! 昼のおやつにしてやろうか!」
エトの持つ十二の頭のうち、戌の顔が牙を剥いてゲンジョーに吠える。
「はっ、貴様に拙僧の骨は高級すぎるわ! ドッグフードでも食っておれ!」
九つの頭蓋骨を首から下げたゲンジョーが、負けまいと言い返す。しかし悪口のレベルが低い。
エトとゲンジョーは複数の頭がそれぞれ人格を持ち、高度な知性を獲得している。複数の思考も同時にこなせて、事務能力は極めて高い。しかし悪口のバリエーションが少ない。罵る語彙が小学生レベルだ。
「キャハハッ、獣と骨が言い合っている! 頭の数は多くても、その中身はスッカラカン」
半ズボンにシャツを着た人形のピッキオが、机に登って笑う。
道化服を着たゼペッツがコレコレと注意して、エトとゲンジョーに頭を下げる。だがその仕草もどこか人を馬鹿にしている。そもそも人形のふりをしたピッキオが、道化師のゼペッツを操っているのだ。よじれた構図はそのままピッキオのねじれた性格を表しており、ピッキオは大変な皮肉屋だ。口喧嘩では一番だろう。
「劇作家シャクスネルは言う。廻れ、走れ、悪魔共。互いがバターとなり果てるまで、追い追われるが良い。ケーキにして食ってやるから、いがみ合いは腹の中でしておくれ」
四つの顔を持つ肉団子、ギオンが歌うように戯曲の一節を諳んじる。
ギオンはカジノダンジョンで各種興行を取り仕切っている。そのため劇や滑稽話は毎日のように見ており、ウィットに富んだ会話もお手のものだ。
ピッキオとギオンに馬鹿にされたエトとゲンジョーが、ぐぬぬと歯噛みする。しかしピッキオ達ほどうまく言い返せない。
「ピッキオ、ギオン」
俺は少し声を固くして、二体の幹部を手招きする。
声の調子に気付き、ピッキオとギオンは項垂れながらも俺の前にやって来る。
「あっ、あの……」
ピッキオが弁明しようと口を開くが、俺は手を伸ばしピッキオの頭を撫でた。
木でできているピッキオの頭は、ツルツルとしていて触り心地がいい。
「大変な仕事をよくこなしてくれたな。お前の仕事は完璧だったぞ」
俺はピッキオを労う。ピッキオにはスケルトンの教育を任せていた。その方法は完全にマニュアル化されており、あらゆる角度から効率化が図られていた。しかし言い換えれば、これ以上の時間短縮はできないと言うことだった。
ピッキオには厳格なノルマが課され、大変な思いをしたことだろう。しかしピッキオは遅れることなくノルマを完遂してみせた。
遊びのないスケジュールに対して僅かな遅れもなかったと言うことは、ピッキオが完璧な仕事をしたと言うことに他ならない。
「ピッキオ、おかげで助かった」
俺が頭を撫でてやると、ピッキオは両手を揉み、右の爪先を立てて机をほじくる。
子供のようないじらしい態度だ。
「ギオン。お前もよくやってくれた」
俺は空中に浮かぶギオンに目を向ける。
「お前が考えた式典の数々は、俺が予想した以上のものだった」
俺はゆっくりと頷く。
各種イベントを取り仕切るギオンは、これまで行ってきた興行の知識や経験を駆使し、類を見ない盛大な式典を考えてくれた。
「お前の仕事ぶりには大変満足している」
俺は手を伸ばし、ギオンの頭を撫でた。
肉の頭は柔らかく、こちらも触り心地がいい。
式典など、一見するとただのパーティーだ。しかし俺は式典の規模こそ重要だと思っている。
式典の規模や新しさは、文化力の高さを示す指標だ。武力は金と兵士さえあれば、それなりのものにはなる。だが文化力は高い知識や経験、技術が必要になる。
どれも一朝一夕に得られるものではなく、文化力の高さはそのまま余力の多さを内外に示すことができる。
一方で文化力は交流することで吸収することができる。式典を見た各国の代表達は、高い文化を自分のものにしようと足繁く通ってくれるはずだ。
人が集えば集うほど、ダンジョンのポイントとなるし力は高まる。そして世界中にとって重要な立ち位置になれば、それだけ我がダンジョンを攻略できなくなる。
もちろん目立てばそれだけ危険度も増えるが、リスクはどのような立場にも付きまとう。あとは立ち回りであろう。
「あっ、ありがたき幸せ」
ギオンが感無量だと目を潤ませる。
「そしてエト、ゲンジョー」
俺は十二支の頭を持つエトと、金の頭巾に袈裟を着たゲンジョーに目を向ける。
「お前達は俺の右手と左手だ。しかしどちらが右か左かを言うつもりはない。そもそもどちらも必要だしな」
俺は両手を差し出し、エトとゲンジョーに向ける。
何かと競い合う二体だが、どちらが欠けても困るのだ。
「お前達のおかげで、利益は最大化されている。俺がダンジョンをうまく運営できているのも、お前達のおかげだ」
俺は差し出した両手を、胸の前で組んだ。
エトは各国の代表と交渉し、転移陣を通じて国と国を繋げる調整を行なってくれた。そしてゲンジョーはダンジョンを再設計し、効率的な形へと直してくれた。
どちらも難問ばかりであり、簡単には行かなかっただろう。
「いえ、我らは全てマダラメ様の御指図に従っただけのこと」
「そうです、全てはマダラメ様のお考えです」
エトとゲンジョーが揃って首を垂れる。
「なに、俺なんて思いつきを口にしただけだ」
俺は笑った。思いつくことと形にすることは別だ。
思いつくだけなら、賢いふりをして口だけ動かしていればいい。だが実行するのは知性と経験、何より粘り強い根気がいる。
「エト、ゲンジョー。頼りにしている。これからも頼んだ」
俺の言葉に、二体が恭しく頷く。これにピッキオとギオンも加わって頭を下げ、マリアもスカートの裾を軽く持ち上げお辞儀をする。机の上に目を向ければ、黒い毛玉の体をしたケラマも、体ごと頭を下げている。
俺は幹部達の敬意を受け頷いた。
今年のマダラメの更新はこれで最後
次回はお正月ぐらいにしたいなぁとは思ってます
それではよいお年を