第二十一話 カイトの思い付き
今日の分です
第二十一話
ホテルの仮契約をスケルトンと済ませた後、俺はレストランの一角で一息ついた。
ここは昼はカフェとなっていて、簡単な飲み物と、ちょっとしたデザートが楽しめる場となっている。
メリンダたちは風呂に、ガンツたちはカジノに向かい、久しぶりに一人だ。
ゆっくりした時間を味わいながら、どんどん快適になっていくカジノのことを考える。
正直ここは居心地がよすぎる。ロードロックではなく、本格的にここを拠点にしたいぐらいだった。
とはいえ時には街に戻らないといけない。
ダンジョンで手に入れた品物を売りに戻らなければいけないし、ギルドにも顔を出す必要がある。
冒険者は何もダンジョンを攻略するだけが仕事ではない。護衛や必要となる素材の採取など、様々な仕事がある。その中では割のいい仕事もあるし、紹介してもらおうと思えば、定期的に顔を出し、横のつながりも持たなければいけないからだ。
ここに買取所があればと思った時、頭にひらめくものがあった。
「そうか、ここに買取所をつくればいいんだ」
街からここまでは一時間の距離。ギルド長に進言して買取所をここに作ってしまえばいい。すでにこのダンジョンのことは多くの人が知っている。街道からもそれほど離れていない。馬車が通れる道を作るのに、それほど手間はかからない。
「ああ、でも買取所だけじゃだめだ。武具の整備や購入もしたい。そうなると工房や商人も呼ばないと」
このダンジョンは現在武器の取り扱いをやめているので、装備の更新には商人や鍛冶屋を連れてくる必要がある。しかしそうなると規模が大きくなりすぎる。
買取所一つだけなら、馬車で往復する出張所で構わないが、鍛冶屋となればそれなりの設備がいるし、商人たちの店舗も必要だ。さらに従業員のことを考えれば、家も必要となってくる。そうなれば小さな町だ。
「まてよ、いっそのことギルドの支部も出してみれば?」
冒険者が集まるのだから、ここに支部を出すのが合理的だ。すでに自治のために、警備として冒険者を派遣しているのだ。ここに支部を作りなわばりを明確にしておけば、今後このダンジョンで新しい変化が起きても、真っ先に利権に食い込める。
そしてギルド主導で街を作る。
ギルドが契約している買取商人や鍛冶屋などをここに出店してもらえばいい。
自分一人で商人たちと交渉することなんて不可能だが、間にギルドが入ってくれれば不可能ではない。
悪くないかもしれない。
少なくとも、金の臭いはプンプンする。
一介の冒険者が考えることではないのかもしれないが、うまそうな話だった。メリンダも言っていたが、俺にはこういったことを考える方が、性に合っているのかもしれない。
「ギルド長に話してみるか」
少なくとも一考の価値はある。
俺は思考を巡らし、ギルド長に話す計画を練った。
ダンジョン最下層 ~自室~
ダンジョンの自室で本を読みながらあくびを掻いていると、扉がノックされた。入室を許可すると、真っ白なスケルトンが扉を開けて入ってくる。掲げられた手には黒い毛玉、我が腹心のケラマが鎮座していた。
「報告書をお持ちしました」
俺が休んでいた間の、カジノの報告書をまとめて持ってきてくれる。
「わざわざ持ってきてくれたのか?」
いつもはモニタールームに置いてあるのだが、今日は持ってきてくれたらしい。
「はい、少しお話したいことがありましたから。しかし読書のお邪魔でしたか?」
俺が持っていた本を見て、ケラマが謝罪する。
「いや、いいよ、大した本じゃなかったし、もう読み終わったからね」
この世界の風俗が知りたくて、いくつか取り寄せたのだが、簡単な奴だった。
「見てくれはでかい本だけど、内容はただのおとぎ話だったよ」
「どのようなお話だったので?」
それほど気にもなっていないだろうが、ケラマは本の内容を訊ねてくれた。
「よくある話だよ。むかし二人の神様がいた。この世界を作った全知の神様と、動植物を作った創造の神様だ。神様は楽園を作り、人間達と楽しく暮らしていたが」
ただし神様が二人いたら絶対うまく行かないパターン。創造の神はなぜ人間達と共に生きなければならないのかと不満に思い、全知の神と争いになった。
「二人の神様は争いあい、大地は荒廃して楽園は消え去った。戦いの最後に全知の神は地の底に創造の神を封印するも、創造の神は封印される間際に、神々の金属でできた槍を投げた」
最後もお決まりのパターンで、全知の神は槍に胸を撃ち抜かれて絶命、創造の神も封印されていなくなった。
「そして神様がいなくなり、楽園も消え去った世界に人類は放り出されましたとさ」
よくある神話の形だろう。
「神様が複数いると、たいてい碌な結末にならないから嫌だ。まぁ、一神教も胡散臭いけど」
ただ、この世界で広く信じられている宗教は、この全知の神をあがめているので、あまり馬鹿にしすぎるとよくないが。
「しかしわかりませんね、全知の神はこの結末を予想できなかったのでしょうか? そして創造の神はなぜ争ったのでしょうか? 何でも生み出せるのならば、分け合えばいいのに」
ケラマが物語の根幹を突いてくる。確かにそれはそうだ。この物語には大きな矛盾がある。
「この世界の人間の解釈としては、神も神の行動を予知できなかった。創造の神は邪悪だったから。と言っているみたいだね」
「つまらない答えですね」
通俗的な解説を聞き、ケラマが急に興味を失った。
俺もそう思う。読んだうえでの俺の解釈としては、これはその矛盾に意味があるのだろうと思う。ただ、そのことをケラマに言うのはあまりよくない気がしたので、黙っておこう。
「それで、報告書だけれど、どんな様子だい?」
あとで書類を目に通すが、ケラマの感想も聞いておきたい。
「すべて順調です。宿泊者向けの朝食は人気で、今朝も満席でした。ただ、さすがに冒険者はよく食べるので、最後には用意していた食材が底をつきましたが」
最後まで食い切ろうと粘るやつが多いらしい。
「ありがたいことじゃないか」
食材はありふれたものなので、それほど高価ではない。食事の時間や宿泊している間に入ったマナで十分に賄える。月極にしたことで、ここに毎日来てくれるようになるわけだから、それだけでも元は取れている
「そもそもレストランの食事を食べてくれるかが心配だったんだけれどね、受け入れてもらえてよかったよ」
ダンジョンで提供される食事を、冒険者が食べてくれるかという問題があったが、食材を用意するのがこちらでも、料理するのが人間であれば、特に気にはしないらしい。
「もともと景品で出しているお酒や携帯食料は問題なく使用していますからね、抵抗はないのかもしれません」
ケラマに言われてなるほどと思う。そういえば初めから酒は出していたのだ。
「認識の違いという奴だな」
こちらが無償で与えるとなれば、罠を疑ったかもしれないが、勝ち取ったものは当然の報酬と考える文化なのかもしれない。
「宿泊施設も、ケラマの言う通り強気の値段でも大丈夫だったな」
俺は少し高いと思ったのだが、これぐらい強気の値段でも問題ないとケラマが言うのでしてみたら、即日完売となった。
「実力のある冒険者なら、あの程度の料金はぽんと払えますよ。むしろ追加で作りすぎましたね」
「ああ、あれは反省している」
完売したのに気をよくして、追加で五室ほど部屋を増やしてみたが、埋まったのは二つだけで、残りの三つは売れなかった。
簡易宿泊施設のほうはいつも大体いっぱいなので、彼らには高すぎる値段設定なのだろう。
いずれ成長した冒険者が、あそこを借りてくれると思っておこう。
「ところでマスターおめでとうございます」
ふいにケラマが俺を称えてくれた。
「今日ついに一日の獲得マナが差し引き一万マナを超えました」
どうやらそれを言うために、ここに来てくれたらしい。
「へぇ、それってすごいのかい?」
「もちろんです。たった半年足らずで一万マナを獲得したマスターは数えるほどしかいませんよ」
ほめられると少し誇らしい。元の世界では落ちこぼれで通っていたので、褒められた記憶がちょっと思い出せない。
元の世界のカジノを模倣しているだけで、自分のアイデアではないのだが、単純にうれしい。
「人を一人も殺さず、ここまでダンジョンを大きくされるとは、このようなマスターにお仕えできて感激に耐えません」
ケラマはちくりと嫌味を言うことを忘れない。人を一人も殺さずに、半年乗り切ったマスターも初めてだろう。
「でも、ここらが打ち止めだな」
褒めてもらって悪いが、これ以上は望めない。
「そうですね」
右肩上がりで成長を続けてきたが、わが班目ダンジョンはここが収入の最高到達点だ。
ケラマもそれは理解しており、うなずいた。
城塞都市ロードロックの冒険者人口は、二百人から二百五十人ほど。うちのカジノに遊びに来てくれているのは、そのうちの七割から八割。数にすると百五十から百八十人ほどだ。
そのうちここに宿泊してくれているのは二十二組、百四十人だ。
商人や町の住人も来てくれているが、ダンジョンに来るもの好きは数が知れている。せいぜい百人前後で、そこで頭打ちとなっている。
「ロードロックの冒険者が増えてくれない限り、これ以上の収益は望めない」
あとは緩やかに降下していくだけだ。飽きられないように新しいイベントや娯楽を考える必要がある。
「一日一万。一年で三百六十五万。三年で約一千万。三十年で一億か。百億稼ぐのに三千年かかるな」
こりゃ無理だ。
「ダンジョンコアが破壊されない限り、マスターが死ぬことはありませんよ」
「俺が大丈夫でもカジノが持たないよ」
三千年も続くカジノは存在しない。人間の嗜好や好みは変わるしギャンブルも変化する。今はいいが、いずれここを真似して似たような施設は出来るだろう。十年もしないうちに、時代遅れとなってしまうだろう。
「せめて今の十倍、いや、五十倍はお客が来てくれないと、どうしようもないな」
十年は無理でも、五十年ぐらいで百億が見えてくる程度にしないとゲームクリアはおぼつかない。
そもそも百億という目標設定が高すぎるのだ。しかし現状どうしようもない。ロードロックの冒険者人口を五十倍にするなど不可能だ。
「車、いや、飛行機でもない限りなぁ」
現代の様にグローバル化が進み、物流や人の流れが早く大きくなれば別だが、さすがにこの世界でそれを期待するのは本気で数百年かかるだろう。
気長にポイントがたまるのを待つしかなかった。
「まぁ、スローライフでも楽しみますか」
俺は足を投げ出して椅子の背もたれに体を預けた。
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