第二百八話
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第二百八話
かつては八大ダンジョンに数えられし蠱毒のダンジョン。その最下層において、ラケージは鞭を手に踊っていた。
自らの体に電撃を打ち込む雷の舞。
相手の動きに反応して自動で魔法が発動するため、体が意識するよりも早く動くことができる。
人間には不可能な超反射を可能とするが、代償は計り知れなかった。
雷の舞を解除しない限り、勝手に体に電流が流れるのだ。動くたびに筋肉が焼け、毛細血管が破裂する。神経に電流が走り、激痛が脳を駆け巡る。
解除のタイミングを見誤れば、死ぬまで踊り続けることとなる死の舞踏。しかしラケージは舞いながら笑っていた。
至福の時間であった。
共に舞う相手は自らの体に爆発を起こし、無理やり体を操る勇者サイトウである。
かつては格下と見下していた相手が今や成長し、自分と同系統の技を身につけるに至ったのだ。
ラケージは激痛に苛まれながらも、絶頂するほどの興奮に包まれていた。
ラケージはこの時間が永遠に続けばいいと思っていた。しかし想いに反して、戦いは終盤へと向かっていた。
互いに自らの体に魔法を打ち込み、限界を超えて舞う両者。ラケージの手足は毛細血管が破裂し血が流れ、目や耳、鼻からも出血していた。
爆発を起こして体を動かすサイトウはさらにひどい。
手足の肉がえぐれ、血肉が飛び散っている。周囲は血で染まり、まさに流血の園。長く続く戦いではない。
戦いの趨勢が崩れたのは、サイトウの一刀であった。
サイトウの剣が、ラケージの鞭を半ばから断ち切ったのだ。だがラケージは獲物を失っても驚かなかった。サイトウが戦いの最中、同じ箇所を斬りつけて鞭にダメージを与えていたことに気付いていたからだ。そしてラケージはこの瞬間を待っていた。
ラケージは鞭を手放すと、腰の短剣に右手を伸ばしつつ前に出る。サイトウは短剣の間合いには近づかせないと、ラケージの頭に剣を振り下ろす。
迫り来る刃。ラケージは避けることなく直進。右手の短剣で剣の軌道を逸らす。しかし完全に逸らすことはできず、剣がラケージの右腕を両断。短剣を握る白い腕が跳ねていく。
右腕と武器を失ったラケージだが、なおも直進してサイトウの懐に飛び込む。ラケージの左手がサイトウの腰にある短剣をつかむ。そしてすり抜けざまに刃を引き抜き、そのままサイトウの首へと走らせた。
サイトウの首が宙を舞う。ラケージの背後では、首を失った体が倒れることなく立ち尽くしていた。
サイトウの首が音を立てて落ちると、立ったままとなっている体の首から大量の血が噴き出る。
噴水のように噴き出るサイトウの血を浴びながら、ラケージは確かな満足に満たされていた。しかし充足が得られたのも一瞬だ、すぐに空虚な寂寥感が押し寄せてきた。
床に落ちたサイトウの頭と目が合う。開いた瞳孔を見た瞬間、ラケージは自分が大きな間違いをしてしまったような気がした。
体から力が抜け去り、左手に持っていた短剣が床に落ちる。そして嗚呼と声を漏らしながら、サイトウの首に駆け寄った。
ラケージの残された左手が、サイトウの頭を拾い上げる。
「ご、ごめんなさい……」
ラケージの口から謝罪が漏れたが、なぜ謝っているのか自分でもわからなかった。頬を涙が伝うが、なぜ自分が泣いているのかもわからない。だが何かを失ってしまったことは理解できた。
自分はかつて何か、とても、とても大事なものを持っていた。しかしそれを失ってしまった。そして今、また何かを失った。
空虚であった。ラケージは自分の胸に、大きな穴が空いていることを実感した。そして胸の穴を埋めるため、自分は常に誰かを傷つけていた。だがどれほど人を傷つけようと、胸の穴が埋まることはない。そして自分はまた失敗し、また失ってしまった。
自分のやり方が間違っていることには、ラケージも気付いている。だが傷つける以外に、ラケージは人と関わる方法がわからなかった。ラケージには痛みだけが、確かな物であったからだ。
自分はまた何かを間違えたのだと、腕の中にあるサイトウの頭を抱きしめた。その時だった。
ドンと体に衝撃が走った。そして背中から胸にかけて、痛みが広がっていく。これは精神的なものではなく、物理的な痛みだった。
ラケージは自分の胸に目を落とす。胸の谷間から剣の先端が飛び出していた。
「え……?」
ラケージはゆっくりと首を動かして背後を見た。そこには首を失ったサイトウの体が立っている。右手には剣をもち、ラケージの体に突き刺していた。
「な、ん……で?」
口から血をこぼしながら、ラケージはゆっくりと前に倒れる。同時に左手に持っていたサイトウの頭が床に転がる。
倒れるラケージの前で、首のないサイトウの体が動く。頭がないのになぜ動くのか、ラケージはわからなかった。だがその動きがぎこちなく、意識があるようには見えない。まるで操られた人形のようだった。
そこまで思考が至った時、ラケージは答えに辿り着いた。
「魔法が、体を……動かして、る?」
答えはラケージも使用する雷の舞であった。
周囲の動きに反応して、自動で魔法が発動する雷の舞。たとえ意識を失っていたとしても、魔力が供給される限り勝手に魔法が発動する。であれば、首がなくとも魔法が自動で発動することはありえた。
首のないサイトウの体が、床に転がる自分の頭を拾い上げる。そして首の断面を接着させると、傷口に白い光が溢れ出した。回復魔法の光だ。
「あ、あり……得ない、それは、あり……得ない」
ラケージは驚愕に目を見張った。
傷の治療はラケージの専門とするところ。手足がちぎれても数秒で接合が可能だし、臓器が損傷しても治癒できる。しかし首を切られた死体を治療しようとしたことはない。死んだ者を生き返らせる必要が、ラケージにはなかったからだ。
切断されたサイトウの首がつながっていく。サイトウが咳き込み、血とともに息を吐き出す。開いていた瞳孔が収縮し、焦点が合う。
「ラ、ラケージ。お前は、爆発……で、体を動かすのを、メメント・モリだと勘違いしていたようだが、それは違う……」
サイトウは荒い息を吐きながら、ラケージを見下ろす。
「し、死んでも勝つ。それがあなたの……」
「そう、これが俺の必殺技、メメント・モリだ」
サイトウの言葉を聞き、ラケージの心は感嘆に満たされた。
勝負がつき、敵を倒したと思えば誰もが油断する。そこを突く。何よりも勝利に固執する。サイトウらしい技であった。
生きているサイトウを見上げ、ラケージの頬は自然と緩んだ。
「なんだ、笑ってるのか?」
「え、ええ……。私、なんだか、とっても……嬉しい、の。やっと、やっと……」
ラケージの声は次第に小さくなっていき、そして最後の言葉を残すことなく死んでいった。
死せるラケージの前で、残されたサイトウは立ち尽くしていた。
サイトウにとってラケージは、忘れられぬ女であった。
自分をいたぶり傷つけ、しかし強くもした女だ。だがサイトウの目に涙はない。自分だけを愛し、自分だけを尊ずるサイトウにとって、他者のために流す涙は一滴もなかった。
『よくやった、サイトウ』
頭上より声が降り注ぐ。サイトウを閉じ込めたダンジョンマスターだ。
『お前は試練に打ち勝ち、ただ一人生き残った。お前には一本の剣を授けよう。この剣はお前がかつて所持していた、神剣ミーオンと同じ素材で作られている。今のお前ならば十分に使いこなせよう』
上から降り注ぐ声は、どこまでも上から目線であった。
「ふん。その剣を、俺がお前たちに向けないとでも思っているのか?」
サイトウの声には憎悪がこもっていた。
地下に閉じ込められる前は散々に拷問され、多くのアイテムを奪われた。この恨みは忘れていない。必ず晴らすと心に決めている。
『いいや、そんなことは思っていない。お前は必ず我らにも刃を向ける。それはわかっている。だがお前が我らに刃向かおうと、それは構わない。マダラメを倒した後であれば』
「標的は奴か」
『そうだ、マダラメさえ倒せればそれで良い』
頭上からの声は言い切る。そこには自分と同じ、死んでも勝つという覚悟をサイトウは感じ取った。
「いいだろう、やってやる。今ならばマダラメさえも殺し切れる」
暗い穴の奥底で、密約が交わされた。
次回、久々にマダラメ登場