第二百二話
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第二百二話
三体の大鬼がサイトウに襲いかかった。
身の丈が二メートルを超える大鬼は、それぞれ武具を身に着けている。サイトウの正面に立つ大鬼は、全身を覆うほどの大楯を構えて機関車のようにサイトウに突進した。サイトウはバックステップして突進を回避し、左に目を切る。
左からは軽装の大鬼が軽快な足捌きで接近し、細身の剣を構えると鋭い刺突を連続して繰り出す。
サイトウは右手の剣で突きを弾いて防ぐ。すると右から大剣を振りかぶった大鬼が接近し、大上段から打ち下ろす。
サイトウは大剣を避けるため、大きく後ろに飛び跳ねた。
振り下ろされた大剣の一撃は凄まじく、床の石材を叩き割り破片が飛び散る。
攻撃を避けたサイトウだが、まだ油断はできない。三体の大鬼の後方に目を向ければ、さらに三体の大鬼が控えている。
弓を構える斥候に、杖を掲げる魔導士。そしてフードを頭から被り、祈りを捧げる祈祷師がいた。
魔導士が杖の上に巨大な炎の球を生み出し、サイトウに向けて投げつける。
サイトウは左に飛んで回避するも、地面に激突した火の球からは炎が溢れ出しサイトウの体を炙る。さらに避けた先に斥候が弓を放つ。サイトウは回避しようとしたが、僅かに反応が遅れて矢が腕を掠める。
腕の傷はかすり傷だが、小さな傷口は熱を帯びる。なんらかの毒が塗られている。
目を切らさずに大鬼の一団を見ていると、祈祷師が耳ざわりな声で叫んだ。すると前衛の三体の大鬼を、白い光が包み込む。
鎧を着込んだ三体の大鬼達の体が、うっすらとした光の膜を帯びる。おそらく防御力を上昇させる魔法だろう。魔法を完成させた祈祷師は、すぐに次の祈りを開始する。
サイトウは剣を構えながら、自分の体を確かめた。
炎で体を炙られたが、致命傷ではないため治療はあと。毒も全身に回るほどではないので放置する。
戦闘続行に支障がないことを確かめたサイトウは、大鬼の一団を睨んだ。
武装が整えられた六体の大鬼たち。
前衛の三体はそれぞれ防御、牽制、攻撃と役割が分かれている。その連携に隙はなく簡単には崩せない。だが前衛に時間をかけていれば、後方から攻撃魔法と毒矢が飛んできて体力を削られる。さらに祈祷師が際限なく前衛を強化するだろう。
厄介な後衛から先に仕留めたいところだが、前衛がそれを許すとは思えなかった。オーソドックスなパーティー構成だが、それだけに隙がない。
「やれやれ、面倒だな」
サイトウは嘆息すると、息を吸い込んで剣を構え直す。そして身構える六体の大鬼たちに向かい突撃した。
大鬼の一団がサイトウを迎え撃つ。正面に大楯を構えた大鬼が陣取り、左手側に軽装の刺突剣を持つ大鬼がステップを刻む。そして右手側に大剣を肩に担ぐ大鬼が隙を伺う。
後方では魔導士が魔法を発動させ、斥候が弓を引き祈祷師が祈る。
突撃したサイトウが狙うのは、正面で盾を構える大鬼だった。最も防御力が高い相手に、サイトウが剣を振りかぶる。対する盾を構えた大鬼は、腰を落とし万全の体勢をとった。
サイトウは剣に闘気を纏わせ、渾身の力で振り抜く。分厚い鋼鉄の盾が両断され、後ろにいた大鬼の顔も縦に切り裂かれる。
「⁈」
盾ごと仲間が切り裂かれたことに、大鬼の一団が驚愕に包まれる。細身の剣を持つ大鬼が、慌てて牽制の突きを放つ。サイトウは返す刀で同じく突きを放った。
刺突に特化した細身の剣、その剣先は針のように細い。その切っ先にサイトウの剣の剣先が激突した。
剣先と剣先がぶつかるという奇跡のような光景に、細身の剣を持つ大鬼の目が見開かれる。だがサイトウは驚きもせず握る剣に力を込めた。
細身の剣は刺突に向くが強度は弱い。細身の剣は半ばからへし折れ、大鬼の眉間にサイトウの剣が突き刺さる。
仲間二体が一瞬にして倒されたのを見て、大剣を持つ大鬼が捨て身で切り掛かってくる。
サイトウは避けることはせず、打ち下ろしの一撃を迎え撃った。
刃と刃が激突して火花が飛び散る。
大鬼は人間よりも優れた体躯を持ち、何より怪力が自慢の種族だ。二の腕は女の腰ほどの太さがあり、大剣を持つ手に力を込めるとさらに膨れ上がる。
対するサイトウは小柄というほどではないが、決して大柄ではない。大鬼と比べれば、その腕は若木のように細く頼りない。
大鬼がこのまま押し切ろうと、全身の力を込める。足を踏ん張り腰を入れ、背筋を隆起させる。
まるで一塊の筋肉となったような光景だった。しかしその剛力を前にしても、サイトウは小揺るぎもしなかった。
その細腕にどれほどの力が込められているのか、剣は寸毫たりとも動かない。大鬼は顔を真っ赤にして力を振り絞るも、それでも押し切ることはできなかった。
大鬼の大剣を受けるサイトウが、口を三日月のように歪ませる。
笑いながらサイトウは剣を前へと動かす。それだけで大鬼の大剣が後退した。
大鬼が負けまいと力を込めるも、さして力を込めているふうにも見えないサイトウの剣を止めることができない。
大鬼は片膝を付き、口の端から泡を吹くほどに抵抗した。だが押し返されるのを止めることができず、ついに大剣の諸刃が自分の顔に食い込む。
サイトウは酷薄な笑みを浮かべながら、ゆっくりと力を込める。大剣が大鬼の顔に食い込み、鼻が潰れて額が裂けていく。
大鬼はサイトウの力に抗えず、両膝が地に付きそのまま後ろに倒れた。サイトウは尚も力を緩めず剣を押しこんだ。
獰猛な大鬼の顔は、今や血と痛みに歪んでいた。大剣は大鬼の顔の骨に達する。
サイトウはその気になれば一気に押し潰すこともできたが、あえて徐々に力を入れて押し潰していく。そして自分の剣で頭を潰された大鬼は、ついに動かなくなった。
大剣を持つ大鬼が動かなくなったのを見て、サイトウは一息ついた。そのサイトウの後頭部を狙い矢が放たれる。だが後ろから射られた矢を、サイトウは振り返ることなく左手で掴み取った。
矢を掴み取ったサイトウが首だけを返し後ろを見る。そこには弓を構える斥候と魔導士、そして祈祷師がいた。三体の大鬼の顔には、揃って恐怖が張り付いている。
大鬼は体格と筋力に優れる種族であり、魔法の行使を得意とはしていない。後衛としての大鬼は怖くないのだ。それに前衛を失った後衛は脆い。自らを守る盾がなくなったも同然だからだ。
弓を持っている斥候は、新たに矢をつがえることなく弓を捨てる。そして腰の剣を抜いた。斥候は隣にいる魔導士を一瞥すると、魔道士が頷き返し杖を掲げた。杖の先からは膨大な炎が吹き出し、魔導士の頭上に巨大な炎の塊が生まれる。
先ほど見た炎よりも、数倍は大きな炎の塊だった。
剣を手にした斥候が、雄叫びをあげてサイトウに向かって突撃する。さらに魔導士が炎を放つ。
剣と魔法の同時攻撃。だがサイトウは慌てずに左手を突き出す。
サイトウの左手から、白い光と共に風雪の嵐が吹き荒れる。氷結の魔法であった。凝縮されたブリザードの暴風は、剣を振りかぶり突撃してくる大鬼だけでなく、巨大な炎の塊すら飲み込んだ。
サイトウが魔法を停止させると、一筋の氷の道が出来上がっていた。
氷結の道を辿ると、剣を手にした大鬼の斥候が完全に凍りついている。いや、斥候だけではない。炎の塊すら凍てつき、氷のオブジェとなっている。さらに後方にいた魔導士も巻き込まれ氷の彫刻となっていた。
氷の彫像にヒビが入り、砕け散る。氷の粒が散乱する中、サイトウは目を凝らす。氷の白煙が覆う室内に蠢く姿があった。フードを被った大鬼の祈祷師だった。魔法の直撃を受けることはなかったものの、全身が凍てつき這うことしかできない。
サイトウは面倒だと顔を顰めた後、歩み寄り剣を一振りして止めを刺した。