第百九十七話
第百九十七話
竜の腹をぶち破ったサイトウに、大量の血と臓物が降り注ぐ。全身は血でぬれ、顔に腸の切れ端がかかる。
「けっ、生き延びやがったか」
戦鎚を担いだダンカンがつまらなそうに吐き捨てる。
「ケケケッ、汚ねぇっスねぇ〜」
小男のカスツールが肩を震わせる。
サイトウは顔にかかった血や臓物を左手で跳ね除け、回復魔法を発動した。
竜のブレスにより全身が焼け爛れ、痛みが限界だった。
傷を癒すサイトウのもとに黒いブーツに足を包んだラケージが歩み寄る。ラケージが手を差し出すと、手には白いハンカチがあった。
「よかったら……使って」
ラケージは上目遣いでサイトウを見る。その頬は赤みを帯び、内股を擦り付けてモジモジとしていた。
サイトウは顔を背けラケージを無視する。もちろんハンカチも受け取らない。だがラケージは怯まない。
「あの……さっきはあんなこと言ったけど、今日、私の部屋に来ない?」
憂を帯びたラケージの瞳は妖艶ですらあった。そこに嘲笑の声がかけられる。
「直々のお誘い、羨ましいっスねぇ!」
「相手してやれよ、勇者様よ!」
カスツールとダンカンが囃し立てる。
「ねぇ、いいでしょう!」
誘うラケージの顔はすでに欲情し、出来上がっていた。短いスカートから除く内股を見れば、僅かに濡れているのが見てとれた。
サイトウの顔が嫌悪に歪んだ。
ラケージは血が好きなのだ。そして血まみれのサイトウに興奮して、欲情までしている。ラケージの性癖に顔を歪めながら、サイトウはその場を離れた。
「ねぇ、待ってるから!」
ラケージが後ろから声をかけるが、サイトウは無視して闘技場を歩く。
「相手してやればいいのに」
ダンカンが声をかけるがサイトウはこれも無視する。目指すは闘技場の左端だ。
闘技場の左端には、黒い物体が横たわっている。焦げた肉の匂いをあげるその物体は、よく見れば人の形をしていた。魔法戦士のカニンガムだ。体の下には黒焦げの剣が転がっている。
サイトウは足でカニンガムの体を押す。炭化した体が崩れ、下から赤黒い肉が見える。
死んでいることは明らかだった。
「なんだ、こいつ。死んだのか」
ダンカンがつまらなそうに、カニンガムの死体を見下ろす。
「まぁ、こいつは死ぬと思ってたっス」
カスツールが笑う。
この闘技場では死は付きものだった。共に戦っていた戦友相手でも、死者を悼む感情など無縁であった。ただサイトウは一瞬だけ、生きている頃のカニンガムを思い出した。
カニンガムは魔法と剣技を併用して戦う魔法戦士だった。特に相手の体に剣を突き刺し、体内で魔法を発動して内部から破壊する戦法を好んでいた。
サイトウはカニンガムの戦法を盗み、その技術を自分のものとしていた。サイトウが盗んだ技術はそれだけではない。剣技は騎士のバーゼルから、光弾の魔法は魔導士レイラから、防御結界は僧侶のポルムグが使っているのを見て覚えた。
地下で戦う者たちの技や魔法を見て覚え、サイトウは強くなっていた。
カニンガムはサイトウの師とも言える。しかし……。
サイトウはカニンガムの死体を蹴り飛ばして退けると、体の下にあった黒焦げの剣を手にする。
「黒焦げだな、使い物になんのかよ」
ダンカンはサイトウが死体から奪った剣に視線を移す。
「いるのか?」
サイトウが焦げた剣を見せる。この闘技場では、死体から奪ったものは早い者勝ちか奪い合いとなっている。
「いらねぇよ、そんなきたねー剣」
ダンカンが吐き捨てる。
サイトウはマジックボックスのスキルを使用し、焦げた剣を収納する。そしてカニンガムから目を離すと、カニンガムのことを綺麗さっぱり忘れた。
技も武具も、カニンガムから奪えるものは全て奪いとった。もはや何も奪えるものはなく、サイトウにとってカニンガムは完全に無価値となったからだ。
天井から音が響きわたる。闘技場での戦いが終了したのだ。
サイトウは息を吐き、今日の夕食のことを考えた。
ラケージはドン引きするほどの変態だと思う