第百九十六話
第百九十六話
ダンカンとカスツール。二人の冒険者は最強種である竜を簡単に圧倒し、倒してみせた。
残る竜は二頭。仲間があっさりと破れたことに、二頭の竜は警戒して身構える。
「ん? 俺が一番手でお前が二番手か」
戦鎚を担ぎながら、ダンカンがカスツールに目を向ける。
「そうみたいっスね、姐さんはどうしたんでスかね」
短剣を弄ぶカスツールが、ラケージの姿を探す。
「おい、お前。知ってるか?」
肩に戦鎚を担ぐダンカンが、サイトウに目を向ける。サイトウは右手に構えた剣を竜に向けたまま、左手の親指で未だ燃え盛る炎を差した。
竜のブレスは消えることなく轟々と燃え続けている。だが炎の中から激しい破裂音が響いたかと思うと、猛火が一瞬にして消し飛んだ。
炎の中からは、一人の女が姿を現す。
黒いレザーコートを羽織った女は、右手には黒光りする鞭を携えていた。黒い髪の下には長いまつ毛と青い瞳。肌は陶器の様に白く、血を吸った様な唇は不適な笑みを浮かべている。
「なんだ、生きてたのか」
ダンカンがつまらなそうに呟くと、ラケージが笑う。
「あら、心配してくれたの?」
「んな訳あるか」
ダンカンが吐き捨てる。
「ってか、竜のブレス受けて無傷っスか」
カスツールは呆れていた。
竜のブレスの直撃を受けて、無傷などあり得ない。サイトウはラケージが立つ周囲の地面に目を向けた。
石畳の床は竜の炎に焼かれている。だがラケージの周囲一メートルほどは、全くの無傷だった。おそらく強力な防御結界を張り巡らし、竜のブレスを完全に遮断したのだ。通常ではありえない防御力と言えた。
不的な笑みを讃えながら、ラケージがゆっくりと竜に向かって歩く。
股下数センチの短いスカートから、白い脚線美が伸びる。黒のロングブーツがこつりこつりと音を立て、歩くたびに胴衣に包まれたラケージの胸が揺れる。
前に進むラケージに対し、二頭の竜は動けない。自分たちが放ったブレスの直撃を受けて、無傷であるラケージが信じられないのだ。
「あらあら、ドラゴンさん。意外に奥手?」
ラケージは嘲笑の笑みを浮かべながら、無防備に竜に対し距離をつめる。
一頭の竜が、ラケージに対して唸りながら低く構える。対するラケージは身構えもしない。両手はだらりと下がり、右手に持つ鞭も伸び切っている。
ラケージがさらに一歩を踏み込んだ瞬間、竜が身を翻して巨大な尻尾の一撃を放つ。
空気を切り裂き、竜の尻尾がラケージに迫る。巨大な尻尾の一撃を受ければ、人間などひとたまりもない。だがそれでもラケージの笑みは崩れない。鞭を持つ右腕が振り抜かれる。
太い綱を引きちぎった様な音が響いたかと思うと、竜の巨大な尻尾が半ばから切断されて宙を舞う。
自身の尾が切り裂かれたことが信じられず、竜の目が驚愕に開かれる。だがそれはあまりに遅い反応だった。何故ならばラケージが振るった鞭は縦横無尽に動き、竜の目が開かれた時には手足や胴体、首を細切れに切断していたからだ。
鋼鉄以上の硬さを誇る竜の鱗が、まるで紙の様に引き裂かれる。
竜は開いた目で、自らの体が粉砕される光景を目撃した。
ラケージが血のついた鞭を振るう。一滴の血が跳ね、ラケージの白磁の頬を染めた。赤い口から艶かしい舌が伸び、頬を伝う血を舐める。そして濡れて唇はさらに赤みを増した。
最強種と呼ばれる竜を瞬殺したラケージに、ダンカンとカスツールは息を飲む。二人も恐るべき力を持っているが、ラケージには届かない。
黒髪の下、ラケージの大きな瞳がサイトウを見る。
「残りも私が倒してあげよーか? 今晩も私のところ来る?」
ラケージが挑発的な笑みを見せる。
この闘技場では、モンスターを倒した成績や順番で、寝泊まりする場所が決まる。現在、闘技場で生き残っている人数はサイトウを入れて五人。
竜を倒さなければ、ラケージの部屋に間借りさせてもらわねばならない。ただしラケージは嗜虐趣味に満ちている変態だ。人を痛ぶり、また痛ぶられることを快楽に感じている。
そんなラケージと共に過ごせば、骨の髄までしゃぶり尽くされる。
「ふん、いるかよ」
サイトウは口を尖らせ、残っている竜を見た。竜は身構え、低く唸りつつもサイトウたちを見ている。
竜はすでに仲間が三頭もやられており、ここにいる人間が容易に自分を殺す力を持っていることに気づいている。しかし逃げようとはしない。それは最強種たる竜の矜持か。
剣を構えながらサイトウが前に出る。対する竜が鼻から大きく息を吸い込み、体を後ろにそらす。赤い竜の胸が大きく膨らみ、胸の奥が赤く光る。ブレスを放つ動作だ。
竜の口腔から高熱の火球が吐き出される。しかし炎の大きさは、最初と比べれば半分ほどでしかない。
サイトウは剣を振りかぶると、迫る猛火に向けて振り下ろした。世界に縦の線が刻まれ、迫り来る火球が左右に崩れる。
剣速と闘気を併用し、竜のブレスを斬ったのだ。
ラケージの唇から、軽快な口笛の音が漏れる。サイトウの顔にも自然と笑みが浮かぶ。だがその顔は切り裂いた炎の輻射熱で炙られ、焼けただれる。それに戦いはまだ終わったわけではない。
必殺のブレスを切り裂かれた竜が、地面を揺らしながら突撃してくる。対するサイトウは一歩も動かず、ただ剣を構え握りしめる。
竜が口を開き噛み付いてくる。
一瞬にして巨大な竜の顔が視界いっぱいに広がり、赤い口以外何も見えなくなる。
竜の顎が勢いよく閉じられる。だが牙が噛んだのは空気のみ。サイトウはすでに竜の懐に潜り込んでいる。
カスツールが使っているのを見て覚えた、歩法の技だ。
懐に飛び込んだサイトウは、弓を絞るように剣を引く。一度目の攻撃は弾かれたが、あれは倒すための攻撃にあらず。強度が弱い部分を調べるためのものだ。すでに鱗が薄い部分は見つけている。
引いた剣を突き出し、サイトウは竜の腹に向けて渾身の突きを放つ。
サイトウの全身には、闘気が高速で駆け巡っている。ダンカンから盗んだ闘気の移動術だ。
駆け巡る闘気により身体能力が増幅され、通常の十倍以上の筋力が発揮される。そして竜の鱗に刃が触れる瞬間、全ての闘気を剣先に集中する。
鋼鉄の強度を誇る竜の鱗が切り裂かれ、剣が深々と突き刺さる。
竜が絶叫を上げる。だが巨体に相応しい体力を誇る竜は、これだけでは絶命しない。サイトウは剣を握りしめ、剣の先から魔法を発動した。
先ほども使用した光弾の魔法だ。竜は高い魔法抵抗力を持ち、前回は傷一つ付けられなかった。だがいくら竜でも、体内にまでは魔法に対する備えはない。
十数発の光弾が竜の体内で荒れ狂い、竜の体が風船のように膨らむ。そして破裂すると同時に大量の血肉と臓物がぶちまけられ、サイトウに降り注いだ。