第百九十一話
第百九十一話
シグルドの内弟子であるモーガンは、師であるシグルドや他の四英雄が訓練する部屋から出ると、扉の警護を他の内弟子に任せて館の裏手へと向かった。
歩くモーガンの足音は大きく、その手は硬く握りしめられていた。
裏手へと向かうモーガンに何人かの門弟がすれ違った。しかし険しい形相に誰も声がかけられなかった。
肩を怒らせながら、モーガンは屋敷の裏手へと出た。そこには鈍色の鉱石が鎮座していた。これは神鋼と呼ばれるもので、とても硬く破壊不可能とすら言われている。
神代の時代、神々はこの鉱石を武具に加工したと言われている。だが神々が去り、その加工方法も失われた。
現在では利用法もなく打ち捨てられている。剣の館ではこの使い道のない神鋼を、打ち込みの道具として使用することで知られていた。
モーガンは神鋼を前に腰に携えた剣を抜き放った。そして裂帛の気合いと共に一刀を振り下ろす。
剣が神鋼に激突し、甲高い音を立てる。モーガンの腕前は剣の館で三本の指に入るほどだった。しかしその一刀を持ってしても、神鋼には傷一つついていない。
モーガンの手には剣を伝わり衝撃が走る。痺れるほどであったが、モーガンは構わず剣を振り続ける。
硬すぎる鉱石に打ち付けられ、剣に刃が溢れて潰れていく。本来であれば練習用の剣か、木剣で試すものである。しかしモーガンは愛剣で力一杯打ち付けた。
甲高い音が鳴り響き、剣が中程でへし折れた。
モーガンは全身に汗をかき、肩で息をしながら無惨に折れた愛剣を見る。込み上げてくるのはただただ苛立ちだけであった。
「くそっ、なぜだ。なぜあんな奴に!」
モーガンの口から、これまで蓋をしていた思いがついにこぼれ出た。
今の状況が、モーガンにはどうしても納得が行かなかった。
モーガンは若い頃、剣の天才と持て囃されていた。
地元では負けることをしらず、冒険者となり世に出てからもそれは続いた。
強力なモンスターと戦い高名な剣士と立ち会いをしても、斬れぬ相手はいなかった。
モーガンは次第に自惚れ、自分より強い者などいないと思うようになっていった。だが膨れ上がっていた自信は、ある男との出会いによって打ち砕かれた。
シグルド。四英雄と呼ばれる前であったが、その力はすでに人の域を超えていた。
シグルドを一目見るなり、モーガンは力の差を思い知った。竜のように肥大化していた自尊心は蚤の様に小さくなり、気がつけば弟子入りを懇願していた。
シグルドの弟子となったことに、モーガンは何の後悔もしていなかった。教えを乞うことでモーガンの剣は冴え渡たり、今では内弟子の中でも三本の指に数えられる様になった。
また入門希望者を取りまとめ、指導することも嫌ではなかった。むしろ多くの後輩に囲まれて教えをこわれることは、彼の自尊心を満足させた。だが最近、状況が変わり始めた。
まず師であるシグルドが、他の英雄たちを仲間とした。
まぁこれはいい。他の英雄たちは師と並び称されるだけあり、全員が卓越した力を持っている。むしろ彼らが互いの力を認め合い、手を組むことは当然のことに思えた。だがここに異物が入ってきた。
カイト。ロードロックの冒険者である。
その才能は凡才もいいところ。剣の館であれば入門すら許されず、外で基礎鍛錬を行なっている段階である。その凡夫がどうやったのか、四英雄に間に入り込んで仲間の面をしているのだ。
なぜあんな奴が。
口にはせぬが、多くの者が不満に思っていた。
もちろん四英雄が、カイトを仲間にした理由はわかっている。
神剣ミーオン。全てはこれが原因だ。
カイトは現在、神剣ミーオンを所有している。振えば山すら断てると言われる、神代の時代の聖遺物である。なんの因果か、あの男が神剣ミーオンを手に入れたのだ。
四英雄がカイトを仲間にしたのは、何物にも神剣ミーオンを悪用させないためである。カイトなど神剣ミーオンの鞘だ。それはわかっている。だが……。
モーガンは折れた剣を握りしめた。
四英雄はカイトを殊の外厚遇し、毎日のように訓練を施している。
モーガンの脳裏には、先程行われたシグルドとカイトの模擬戦が思い出された。
他の英雄たちと錬磨することで、師の剣はさらに冴え渡っている。もはやモーガンには、その太刀筋を見ることすら叶わない。
至高とも言える剣技であるが、師はその技の数々を惜しみなくカイトに見せているのだ。そして他の英雄たちも、カイトに対して気前よく技を披露している。
あれほどの英雄たちの教えを受けられるなど、王侯貴族であっても無理なこと。それをなぜあのような凡才に。
「何故です、シグルド様」
モーガンの呟きが夜に消えていった。
次回更新は三月十八日を予定しています