第十九話 ダンジョンのレストラン
お昼の分です
第十九話
「ここがレストランとなります」
スケルトンに連れられて、ダンジョンの一角に行くと、小さな塀で区切られたエリアがあった。
区画の中にはいくつものテーブルと椅子が並べられているが、人の気配はなく、テーブルにも準備中の札がかけられてある。
「調理師として、ここに住み込みで働いてもらいます。労働時間は朝夕の四時間ずつの計八時間労働。給料や待遇に関してはすでに聞いていると思いますが、問題ありませんか?」
スケルトンが労働条件を確認する。すでに聞いていることなのでうなずく。
「ああ、問題ない」
ちゃんと働く気になるかどうかは別だが。
「では調理場の方にご案内を」
正直こんなところで働けと言うギルド長も、モンスターのくせに冒険者を雇おうとするこいつらも腹が立って仕方がなかった。
ダンジョンにある調理場。きっとごみ溜めの様に汚い場所だろう。そんなところで働かされるぐらいなら、いっそ……
斧にかける手に力がこもる。しかし通されたそこは、これまた別世界の様な所だった。
「なんだここは、これが調理場か?」
床と壁は、白く磨きあげられた光り輝く石のタイルが敷き詰められ、チリ一つ落ちていない。部屋の中央に置かれた調理台も、金属でできているのか銀色に光り輝き、汚れ一つ見えなかった。
天井や壁につるされているのは、赤銅色に光り輝く銅の鍋やフライパン、さまざまな調理器具が、綺麗に整列し使われるのを待っている。
魔道具で作られたコンロに、壁には特大のオーブン。これほどの設備を備えた調理場はかつて見たことがなかった。
「こちらが食糧庫となります」
呆然としていると骸骨が奥へと歩いていく。急いでついて行くと、調理場の奥に巨大な扉があった。やけに分厚い金属製の扉が設けられている。
スケルトンが苦労をして扉を開けると、肌を冷気が襲った。
「むっ、これは……氷室か」
食料を保存するために、氷を生み出す魔道具で食材を冷やす装置があると言うのは聞いたことがある。しかし非常に高価で、大貴族や商人ぐらいしか使えないはずだ。
驚くべき設備だが、真に驚くべきはその中身だった。
みずみずしく新鮮な野菜に果物。卵にチーズ、ハムやソーセージが並んでいた。
さらに奥に進むとここにも巨大な扉があり、扉の奥はさらに温度の低い氷室となっていた。ここは冷凍庫となっており、大量の肉や魚が氷漬けにされ、解凍されるのを待っている。
「どうでしょう? 何か設備として足りないものはありますか?」
嫌味もなくスケルトンは聞いてくる。
文句などどこにも無い。最高の環境だ。
「設備がいいのはわかった。しかし雇い主はお前だ。お前はどういう店にするつもりなんだ?それを聞いておこう」
料理人として腕が鳴る設備に食材だが、しかしここはダンジョンだ。うまい話などあるわけがない。たとえ最高の環境でも、上司が最悪では意味がない。特に、料理や料金に口を出されるのはごめんだ。
「朝はともかく、夕方に関してはある程度自由にしていただいて構いません。適正な値段でおいしい料理を提供していただくこと。これが唯一の条件です」
ダンジョンマスターは意外にまともなことを言ってきた。
「当り前だ。まずい料理など作らん。ぼったくりもせんし、安い商売をするつもりはない」
もっとも、ここにある食材はかなり品質が良く、普通の庶民や冒険者の口には入らないような物ばかりだ。手頃な価格を考えると、相対的に安くなってしまうかもしれないが、安さを売りにするつもりはない。味で勝負するつもりだ。
「朝はともかくと言ったが、朝食は何か考えがあるのか?」
「はい、ビュッフェスタイルにしようと考えています」
「ビュッフェ? 知らん言葉だ。何だ? それは?」
「自分でとる形式の食堂ということです。数種類のパン。簡単な肉料理に卵料理。サラダにジュースなどを大きなテーブルに並べ、利用者が好きなようにとって食べてもらいます」
スケルトンが驚くことを言う。
「待て、それでは食べ放題ということか!? 冒険者相手にそんな事をしたら、あっという間に無くなるぞ」
体が資本の冒険者は大食漢が多い。食い放題なんかにしたら食い尽くされてしまう。
「しかし、お客の要望にこたえるのも、仕事の一つでは?」
言われて少し考える。現役時代、駆け出しのころはいつも腹をすかせていた。実入りが少なく、たらふく食えないことで力が出ず、結果実入りが少なくなるという悪循環だった。腹をすかせて死んでいった仲間たちも多かった。その時のことを考えると、若い奴には好きなだけ、腹一杯喰わせてやりたいという気持ちはある。
「だが安売りはしないと言ったぞ」
「ですので、朝食の代金は一律銀貨一枚とします」
千クロッカ。食べ放題とは言え、朝食にそれは少し高い。
「ただし、ここで宿泊してくれているお客様には無料とします」
ダンジョンマスターは付け加えた。
「なるほど、狙いはそこか」
このダンジョンにはホテルがあるという話も聞いていた。食い放題がついてくるというのなら、こぞって宿に泊まろうとするものが現れるだろう。
このダンジョンはとにかく人を集めようとしている。
ギルド長からも言われていたことだった。
ここは街から離れているが、他のダンジョンと比べれば近い。交通の便は良く風呂や遊び場が目の前にある。さらに食べ放題の食事がついてくれば、居つくものも出てくるだろう。
冒険者を集めてここの主がなにをしようとしているのか、元冒険者としては警戒すべきなのかもしれない。しかし料理人としては腕が鳴る話だった。
最高の設備、最高の食材、集客の見込める立地。
誰がやっても成功することは確実。ならば試されているのは料理人としての腕だ。
「分かった、ここで働かせてもらう」
大きくうなずいた
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