第百八十七話
第百八十七話
各国代表と会談を終えた俺は、ダンジョンの最下層にある憑依ルームで一息を付いた。
パペットだったとはいえ、なかなかに疲れる話し合いだった。特に救済教会のキルケとの話は、なかなかに緊張感が強いられた。
彼の言っていたことは、半分いちゃもんであった。しかし交渉というのは、その場を支配する言動が何より重要だ。彼は教会の圧力を背景に、言葉一つで立ち向かってきたのだ。なかなかの人物だろう。
もっともカジノの利権に加え、転移陣を用いての移動手段というカードの前にはどうしようもなかった。初めから俺の勝ちが決まった勝負だったが、立ち向かってくる奴がいなければ張り合いがない。
それにこれからも交渉は続く。大筋で決まったとはいえ、細かい話し合はこれからだ。キルケをはじめ、各国の代表も癖のある人物ばかりだ。これから忙しくなるだろう。
俺は憑依ルームを抜けて、自分の執務室へと戻った。そこではスケルトンに抱えられたケラマが待っていた。
「おかえりなさいませ、マダラメ様」
「ただいま。上の様子はどうだ? 東クロッカ王国とカッサリア帝国の軍勢はどうなっている?」
俺は執務室の椅子に腰をかけながら、副官たるケラマを見る。
「はい、現在のところ、目立った動きはありません。ただし両軍の本陣は慌ただしく動いており、幾つもの早馬が出て行くのが確認さています」
ケラマの報告に俺は頷く。
会談が終わったのち、会談に参加した列強五カ国は救済教会と魔法都市ガンドロノフ立ち合いのもと『交易都市ロードロックとその一帯を中立都市として認める』と言う共同声明を発表した。
会談に呼ばれなかった東クロッカ王国とカッサリア帝国にとってみれば、寝耳に水といった話だろう。両軍が慌てるのも当然と言えた。
「すぐさま戦闘にならず良かったな」
俺は胸を撫で下ろした。最大の懸念は会談の内容など知らぬと、問答無用でこの地を征服されることだった。
「マダラメ様はそのことを随分と懸念されていましたが、列強五カ国を敵に回すとは思えません」
「まぁ常識的に考えればそうだな」
列強五カ国の共同声明を無視するなど、まずあり得ない。それに立会いをした救済教会と魔法都市の顔に、泥を塗ることにもなる。
「だが相手の常識に期待しすぎてはいけない。人間は時に理屈に合わない行動をするものだ」
俺が言うと、ケラマは俺を見ながら深々と頷いた。
「なるほど、それは確かにそうですね。私にもよくわかります」
ケラマは俺を見ながら、念を押すように言う。なぜ俺をそんな目で見るの?
「まぁいい。両軍がすぐに動かなかったのは良かった。一番危険なのは、現場の人間の暴走だからな。本国に判断を尋ねた以上、暴走はすまい。だが備えだけはしておいてくれ」
「はい、アルファスとオーメルガをはじめ、モンスター軍団は各階に配備しております」
ケラマの答えに俺は満足する。
「ただし専守防衛に勤めるように、ダンジョンより上のことは人間たちにやらせよう」
俺はロードロックの冒険者や四英雄の姿を思い浮かべた。
ロードロックの人間は、計算高く強かで抜け目がない。彼らならたとえ軍勢が攻めてきても、多少は持ち堪えられるだろう。
そして四英雄だが、連中は今回の騒動に対して中立を保つ態度を示している。だが中立声明の立ち合いを救済教会がした以上、声明を無視した行動をすれば聖女クリスタニアが動く理由になる。クリスタニアが動けば、仲間の四英雄も動く。地上は彼らがいればなんとかなるだろう。
「しかしこれで中立化に加え、銀行の設立もできるな」
俺はこの後の予定を考えた。
事態が動いたことで、やらなければならないことが山積している。
各国と交渉して、カジノ部門を譲渡する準備を始めなければいけない。またディーラーとなるスケルトンの貸し出しや景品の納品など、事業体制を一新する必要がある。訪れる人が増えることから、ホテル部門やアトラクション部門も拡大しなければならない。
さらに転移陣を各国のダンジョンと繋げなければならない。これには各ダンジョンのマスターとの話し合いもあるし、各国との調整も必要だ。
特に列強各国には、ダンジョンの上に領事館を置いてもらう必要がある。転移陣の前では入国審査も必要になるだろう。新たな法整備や体制作りが必要だ。
そして目玉となる銀行部門の新設。
やることが多すぎて目が周りそうだ。
「大掛かりな改装となりますので、一度ダンジョンを閉じる必要があるかもしれませんね」
ケラマの言葉に俺も頷く。チマチマ改装していても仕方がないので、人を全て出して、一気にリニューアルすべきだろう。
「しかしマダラメ様。リニューアルもよろしいですが、今日はお休みを」
「ん? しかしやることは一杯あるぞ」
「はい、ですがお休みを。このところ仕事が詰まっておりましたので」
「だが……」
「お休みを」
椅子に座る俺に対し、ケラマが自分を持つスケルトンを一歩前に踏み出させる。ケラマの言葉には、有無を言わせぬ迫力があった。
「……わかった、そうさせてもらうよ」
俺は根負けして、背もたれに体を預けた。
「それがよろしいかと、一仕事したのです。それに、国家と交渉したダンジョンマスターなど、マダラメ様以外に例がありません。偉業を成し遂げられたのです」
ケラマが俺を褒めてくれる。だがそれは過剰というものだった。
「持ち上げてくれるのは嬉しいが、今回の一件はな、半分茶番だったのだよ」
「茶番、ですか?」
ケラマは体ごと首を傾げる。
「俺たちはいい仕事をした。それは間違いない。俺たちは確実にうまく行く状況を整えて挑んだ。会談が行われた時点で、この状況は決まったようなものだった」
俺は会談の内容を振り返った。
気を吐いたキルケには悪いが、結果は初めから決まっていた。
「だがうまく行ったのは、俺たちが頑張ったからだけじゃない。この結果は他の人間にとっても好都合だった。だからうまく行った」
「まぁロードロックの住民にとっては、好都合だと思いますが……」
「彼らだけじゃない。この会談の影の功労者は四英雄だ」
「四英雄、ですか?」
ケラマは体ごと首を傾げ、疑問符を浮かべた。確かに今回彼らの動きは、あまり見られないように思うだろう。だが違う。四英雄こそ今回の会談の立役者だ。
「列強各国や教会が会談に出席してくれたが、彼らが参加してくれたのは四英雄が働きかけてくれたからだ」
俺は会談の内幕を語ってみせた。
各国の代表を集めて会談を開くところが、一番の問題だった。そしてその部分をやってくれたのが、実は四英雄なのだ。
救済教会は聖女クリスタニアが働きかけてくれていただろうし、魔法都市には灰燼の魔女アルタイルのとりなしがあった。
他にも剣豪シグルドは、オルレア公国のオルドレイク将軍の元で戦っていた戦歴がある。エスパーラ国のパーニャは、暗殺者ギルドに何度か仕事を依頼した噂がある。
四英雄は国家とも繋がりがあり、会談へ出席するよう促してくれたのだ。
「ですがなぜ、彼らは我らの後押しをしてくれたのでしょう? 彼らが我らの利となる行動をする理由がありませんが」
ケラマが再度疑問符を浮かべる。我が副官が首を傾げるのもわかる。俺たちと四英雄は互いに警戒し、潜在的な仮想敵として見ている。
「それが俺たちの目的であり、彼らの目的でもあったからだ」
俺は笑った。
敵対しあっていても、都合のいい部分では協力しあう。実に茶番だ。なんとも茶番だ。
「今頃、その話でもしているんだろうなぁ」
俺は笑って上を見上げた。




