第百八十四話
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第百八十四話
約束を守り、理路整然と話すマダラメに対し、各国の代表は態度を軟化させ始めていた。
このままではまずい流れになりかねない。キルケは各国の代表が考えを変えてしまわないうちに次の手を打った。
「なるほど、確かに他人の罪を、あなたが負わなければならない理由はありません。ですがあなた自身が犯している罪についてはどうです? あなたのダンジョンでギャンブルを行われている。賭博行為は人を堕落させる行為です」
キルケの言葉にマダラメだけではなく、各国の使者も表情をこわばらせる。どの国も国営賭博を運営しており、大きな収入源としていることは周知の事実だからだ。
「これは異なことを、世界中で賭博行為は公然と行われています。何より救済教会は、各国の国営賭博場に許可を与えて寄付金を得ているではありませんか」
当然マダラメもその程度のことは知っているし、当然の反論をしてくる。キルケはもちろんその反論を最初から想定していた。
「確かに言われる通り、教会は各国の国営賭博に許可を与えて寄付金を人々の救済に当てています。ですがはっきりと言っておきますが、救済教会としては賭博行為を禁止すべきであると考えています」
キルケの言葉に、各国の代表はさらに顔色を変える。マダラメも目を細めた。
「賭博は人々の心を乱す悪徳です。ですが民衆の小さな楽しみとしてならば、教会も否定はしません。しかしあなたのダンジョンで行われているギャンブルは大きすぎる。ここに集まる国々の、すべての国営賭博場を合わせた物より、あなたの賭場の方が大きい。そしてすべての国家では、無許可の賭博行為を認めてはおりません。これは罪と言えるのでは?」
キルケが問うと、マダラメが口を開きかけた。だがキルケはマダラメが話す前に言葉をかぶせる。
「おっと、言っておきますが、あなたたちの賭博に教会が許可を与えることは致しませんよ。また寄付金を受け取ることも致しません」
キルケは念のために付け足す。
確かに各国の国営賭博場には許可を出しているが、これは無秩序な賭博の横行を防ぐために、しかたなく国家に許可を出しているだけにすぎない。そして寄付金は、貧しき者を救うために集めているだけだ。だが本来そんなものは必要ないのだ。
人々を救うのは神の愛と、人々の善意である。賭博で得た汚れた金などでは決してない。
「あと、ここで賭博の要不要を議論するつもりはありませんよ」
キルケとしては、賭博が必要悪だという議論には飽いていた。
世界や社会に国家、そして人の心の中に悪があることはわかっている。聖書も人に悪があることを認め、人間には原罪があるとしていた。
世に戦争、貧困、犯罪が存在し。人に嫉妬や怠慢がある以上。必要悪という物もいるのだろう。だが悪は小さければ小さいほど良い。小さくする努力こそすれ、進んで大きくする必要はないのだ。
すべての逃げ道は潰した。もはや逃げられまい。
キルケはマダラメを見た。追い詰められれば顔色を変え、慌てふためくとキルケは予想した。
しかし……。
「……ふむ、なるほど。確かにあなたの言うとおりだ」
マダラメはキルケの言葉を否定するどころか肯定した。
「それは……自分の非を認める。ということですか」
「そうですね、確かにギャンブル手広くやっていることは認めます。またそれが問題になっているというのなら、真摯に受け止めるべきでしょう」
「なら、自分が討たれるのも仕方がないと?」
告発したのは自分なのに、つい問うてしまった。だがまさか、自分の死刑執行を肯定する者がいるとは誰も思わない。
「確かに私とこのダンジョンに、問題があったことを認めます。ですが、猶予はいただきたい」
「猶予?」
「私に非があったことは認めますが、私はそれまでギャンブルが悪いことだとは知りませんでした。貴方たちも私の行為を非難しなかった。この中で誰か一人でも、私のカジノに対する非難を表明された方はおられますか?」
マダラメが周囲を見回すが、各国の代表者はもちろんキルケも何も言えなかった。
そもそもダンジョンに対し、非難声明や抗議文を送るという発想が人類にはなかった。
「今日問題を指摘して、許さないから今日討つ、というのはいささか横暴ではありませんか? まずは罪を指摘して猶予を与え、改善が見られなかった場合は強制手段をとる。という手順を踏むべきです。それが公平と公正では?」
マダラメは法が踏むべき手順を説く。人類の敵であるダンジョンマスターに、法の基礎を説かれるとは思いもしなかった。
「なるほど。では仮に猶予を与えたとして、どうするというのです? このダンジョンを閉めるとでも?」
「それは残念ながらできません。カジノを楽しみにされている方もおられますので」
「では……」
マダラメの言葉に、キルケは前のめりとなる。しかしそこにマダラメが言葉をかぶせてきた。
「ですが、十分な時間をいただければ、カジノ部門を縮小してもかまいません」
ダンジョンマスターの言葉に、各国の代表から声が漏れる。特にダンジョンマスターの隣に座っていたロードロックの代表であるギランは顔色を変えていた。彼も聞いていない話だったのだろう。
「先ほど指摘されましたが、私が運営するカジノが大きすぎることが問題というのであれば、問題がない規模にまで縮小しましょう」
マダラメの言葉に、周囲からもどよめきが起きる。まさか自分の屋台骨を自分から縮小するとは誰も思っていなかったからだ。しかしキルケはマダラメの言葉に騙されない。
「具体的には? 十分な時間といいましたがいつまでのことですか? そして縮小といいましたが、閉鎖するわけではないのですから、どれぐらい縮小していただけるので?」
キルケは即座に返答を求めた。
言葉巧みなマダラメのこと、何年もずるずると引き延ばし、少し減らしただけで縮小したと言い逃れをされかねない。
「具体的な数字をあげていただきたい。そうでなければ時間稼ぎと私は判断します」
詰め寄るキルケに対し、マダラメは右手であごを掻いた。
「……そうですね。縮小するにしても段階的に減らしていきたいので、三か月はいただきたい。手始めに一か月後には、カジノの床面積の十六パーセントを縮小しましょう。そして三か月後には半分まで減らしましょう」
具体的な期限と数字に、場内がまたざわつく。キルケもこれには息を呑む。
「それは……本気、ですか?」
「もちろん、二言はございません。現在カジノは六つのフロアに分かれています。そのうちの一つを一か月後までに閉鎖し、他のフロアも順次縮小していきましょう」
マダラメの揺るぎのない言葉に、また会場がざわつく。
「しかし縮小はしても、閉鎖はしないということなのでしょう? 縮小した後にまた元に戻すつもりなのでは?」
キルケは油断しない。マダラメは名うての博徒、抜け穴を突くイカサマはお手の物であろう。
「未来がどうなるかまでは誰にも分かりませんので、完全にお約束することは出来ません。ですが縮小した場合、少なくとも一年間は拡大しないことをお約束しましょう。ですが今言えるのはここまでです。これ以上条件を詰める場合は、十分な協議を経て決めるべきです」
理路整然としたマダラメの言葉に、各国の代表たちの心が大きくマダラメに傾く。ここまで譲歩するのならば、ダンジョンの存在を認めてもよいのではないかと考え始めている。
キルケは旗色がかなり悪いことを感じ取っていた。
約束を守る相手が理路整然と話し、譲歩の姿勢まで見せている。これ以上下手に追求すれば、逆に周りの反感を買う事となるだろう。
普段のキルケであれば、ここで態度を軟化させて周りとの同調を優先させた。しかし……。
「いえ、やはり私はあなたを信用することが出来ません」
キルケはきっぱりと答えた。交渉の席に着く各国の代表は、行きすぎだと非難の目を向ける。
確かに、マダラメは話の分かる相手だった。交渉相手としては好ましい人物ともいえる。だがキルケはマダラメに、どこか底知れぬものを感じていた。
この男にとって聖遺物も自らのダンジョンも、すべては道具にしか過ぎない。いや、この男にとっては、この世にあるすべての事柄が道具なのだろう。この男が何を目指しているのかは分からない、だがこの男に大きな力を持たせるべきではなかった。
「どうして私を信用していただけないのでしょう?」
当然の問いにキルケは言葉に詰まった。交渉の席で、自分の勘がそう告げているからだとは言えない。
「それは……そう、カジノの持つ大きな利益です。貴方が手放すといった利益は大変に大きなものです。それらをやすやすと手放すと言われても、すぐに信用できません」
とっさに思いつた言葉だったが、キルケの言葉は各国代表の賛同を得られたらしく、何人かが頷いている。特にステイヴァーレ国のヴィオラなどは、計算高いだけに利益を手放す相手を信じられないと目を細めていた。
「なるほど。確かに私が手放した利益を、またすぐに拾うかもしれないという懸念は理解できます。ではここで一つ提案したいのですが、皆様カジノを経営してみる気はありませんか?」
マダラメは口の端を歪めて笑った。
キルケにはその顔が悪魔の笑みに見えた。
今年最後の更新となります
皆様よいお年を