表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

182/236

第百八十二話

いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。

小学館ガガガブックス様よりロメリア戦記が発売中です。

BLADEコミックス様より、上戸先生の手によるコミカライズ版ロメリア戦記も発売中です。

漫画アプリ、マンガドア様で無料で読めるのでお勧めですよ。


 第百八十二話


「さて皆様」

 ダンジョンマスターマダラメは、キルケたち列強の代表を集めた会談で演説を始めた。


「皆様にお集まりいただいたのは、他でもありません。現在、ロードロックを中心として東クロッカ王国とカッサリア帝国が軍勢を集め、睨み合っています。このままではいつ戦争が始まってもおかしくはありません」

 マダラメは一度言葉を区切り、ロードロックのギルド長ギランに目を向けた。


「ここに出席されているギラン様は、ロードロックとその一帯を中立化することで戦争を回避されようと尽力されています。私はその思想に感銘を受け、後押ししたいと考えました。そこで皆様を集め、今回の会談を開いた次第でございます。どうかロードロックの中立化に、ご協力いただきたい」

 マダラメの演説を聞き、キルケは静かに息を吐いた。


 ロードロックを紛争の中心としつつも、中立化の際は自分のダンジョンを含めたその一帯も加えるという。なんとも目的が見え透いた話だった。だがこの程度の虚飾は交渉の際には当然のことなので、文句をつけるべきではない。しかし……。


「マダラメ様、一つよろしいですか」

「もちろんです、キルケ様」

 キルケが手をあげて発言の許可を求めると、マダラメは会釈して頷く。


「事前にいただいた手紙には、この会談に出席すると神々の秘宝である聖遺物を頂けるとありました。これはまことでありましょうか?」

「もちろんです。嘘偽りはもうしません」

 キルケの問いにマダラメは重々しく頷く。キルケの調査では、マダラメは交換の利を知っている男だった。


 所有には興味がなく、他者と交換することでより大きな利益を引き出す。この男にとっては神剣ミーオンですら、交換の道具にすぎなかった。


「では、見せていただけませんか?」

 キルケの言葉に、会談に出席していた列強の代表が息を呑む。先に約束した褒美をよこせと言っているようなものだからだ。一方で代表たちにとって、キルケの提案は好都合でもあった。


 列強の代表たちがこの会談に足を運んだのは、参加するだけでもらえる聖遺物という餌に釣られてのことだ。

 とは言え、参加しただけでも 貰えるとはどこの国も思ってはいない。マダラメの提案を、ある程度受け入れなければならないと考えている。


 どの程度まで譲歩するか、どの提案は拒否するか。代表たちの頭の中では、損得の天秤が今も揺蕩っているはずだ。


「今、ですか?」

「ええ、今です。我々はこうしてあなたの求めに応じ、この会談に出席しています。十分約束を果たしていると思いますが?」

 キルケはマダラメに選択を迫る。


 マダラメが聖遺物を先に渡せば、列強の代表はこれからの会談で譲歩する理由がなくなる。逆に渡さなければ、最初から渡す気はないのだという論調で会談を進めればいい。


 聖遺物を貰える見込みが薄いのであれば、各代表も譲歩しなくなる。どちらをとっても、マダラメには不利な選択だ。

 キルケはマダラメを見据えた。


 先ほど確認したマダラメの手筋は、不利な選択を迫るところにある。ならばこちらから不利な選択を迫るのみ。

 キルケが見つめる中、マダラメは一瞬だけ視線を落とした。だがすぐに視線を上げて頷いた。


「……良いでしょう。お帰りの際にお渡しする予定でしたが、ここに集まっていただいたお礼として、今すぐにお渡ししましょう」

 キルケの要求を呑んだマダラメは、後ろを振り向き背後に控える四英雄のアルタイルへと視線を向ける。


 アルタイルが細い顎を頷かせると、しばらくすると外へと通じる扉が開いた。扉からは一台のワゴンと共に、救済教会の聖女クリスタニアが入ってくる。ワゴンの上には、聖遺物と思しき幾つもの品々が載せられていた。

 アルタイルはどのような方法かわからないが、クリスタニアと情報をやり取りして聖遺物を持ってくるように指示したのだろう。


 クリスタニアは魔法都市ガンドロノフのマシューをはじめ、五大強国の代表の前に聖遺物を置いていく。そして最後にキルケの前に卵形の品物を置くと、静かに退室していった。


 キルケは台座の上に鎮座する、卵形の品物を見た。キルケは聖遺物を伝聞でしか聞いたことがなく、鑑定を行う知識も審美眼も持ち合わせていない。しかし提供された品物が聖遺物であると、一目見るだけで理解できた。


 卵型の表面には精緻な細工が施されており、神々しい美しさを湛えていた。見ているだけで心が安らぎ、時を忘れさせるほどであった。

 まさに神が作りたもうた芸術、聖遺物に相違なかった。


 神々の遺産、その美しさに列強の代表も息を呑む。

 キルケは抑え難い欲求を振り切り、聖遺物から視線を外した。そして居並ぶ列強たちの顔を見回す。


 さすがに列強の代表だけあって、聖遺物を手に入れた喜びを顔に出しはしない。しかし場の空気は明らかに弛緩していた。聖遺物を手に入れた以上。あとは適当に話して帰ればいいと考えているからだ。だがキルケは現在の状況がまずいことに気づいていた。


 あまりにも簡単に聖遺物を渡しすぎだった。聖遺物を渡せば、各国の代表が譲歩する理由がなくなる。逆に考えればマダラメは、聖遺物以上の交渉のカードを、まだ保持しているということになる。

 このままではマダラメの思い通りの結果となる。それを覆す方法はただ一つしかない。

 キルケは静かに息を吐き、覚悟を固めた。


「……大変、素晴らしいものですね」

 キルケは目の前の聖遺物を見た。神々しい美しさを宿す品は、まさに人類の至宝と言えた。この小さな品を手にいれるために、戦争すら起きた歴史があるのだ。


 救済教会は、聖遺物の回収と管理を掲げている。この目の前にある聖遺物は、なんとしてでも持ち帰らなければならなかった。それが教皇から指示された命令でもあった。しかし……。


「申し訳ないが、これを受け取るわけにはいきません」

 キルケは聖遺物の台座に指を置くと、マダラメに返すように前へと突き出した。


次回更新はちょっと早めにできるかもしれません

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なんだろ?本物だけどいちゃもん。本物だけど封印されていて使えない。本物だけど、お前が触ったから綺麗にしないと、クリーニング代金払え。 くらいかな?さあ口八丁にワクワクや
[良い点] ケチつけたくて仕方ないのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ