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第百八十一話

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 第百八十一話


 キルケたちが集う部屋の扉が開いていく。

 息を呑むキルケたちが、開いた扉の向こうを見つめる。そこには黒い髪の男が立っていた。

 若い。青年と言ってもいい顔つきだった。おそらくこの男がダンジョンマスターマダラメであろう。一見するとどこにでもいそうな若者だったが、目には鋭い光があった。


 マダラメの背後を見ると、扉の外で警備についているクリスタニアと夜霧の姿が見えた。しかしマダラメのお供や護衛の姿は見えない。マダラメは一人で部屋に入ってくる。どうやら護衛を連れずにこの会談に挑む様子だった。


 マダラメの入場に、ギランが席を立ち出迎える。しかしキルケをはじめ他の誰も席を立たなかった。

 キルケ達の態度をマダラメは気にせず、部屋に入り自分の椅子を目指す。だが椅子に到達しても座らず、立ったままでキルケたちを見回した。


「初めまして皆さん。当ダンジョンの主。マダラメと申します」

 マダラメは笑みを見せて名乗る。名乗られたからには、名乗り返さねばならない。

 列強の面々が順番に名乗りを上げた。


「エスパーラ国のパーニャです」

 柔和な顔つきの青年といったパーニャが、のほほんとした笑みを見せる。

 とても交渉に向くようには見えないが、バーニャはするりと相手の懐に入り込むことを得意としている。そして気が付けば、パーニャに有利な条件で交渉がまとめられている。若いが侮れない相手だった


「将軍をしているオルドレイクだ。オルレア公国の外交と軍事の顧問をしている」

 顔に皺が刻まれたオルドレイク将軍は、笑みも見せずに答えた。

 将軍でもあり外交官でもあるオルドレイク将軍は、武力と交渉の二刀流を可能とする。この御仁を相手にすると、厳しい選択を迫られることになる。


「ステイヴァーレ国で、外務大臣をしていますヴィオラです」

 ヴィオラが細面に眼鏡を光らせる。

 見た目通りの切れ者であるヴィオラは、損得勘定がとにかく早い。そしてうまみがないとわかればすぐに相手を切り捨てる冷徹さを備えている。


「キシリルだ。フィンドル連邦では内務大臣補佐を任されている」

 でっぷりと太ったキシリルが、顎の肉を震わせる。

 怠惰を象徴したような体つきだが、先を見通す目を持っており、根回しが早いことで知られている。


「デーン帝国、バルッサじゃ。お若い方。よろしく頼む」

 しわがれた古木のような老人が、しわに埋もれた目を向ける。

 バルッサは先代皇帝の知恵袋と言われており、現皇帝の教育係でもあった人物だ。いくつもの大きな戦を経験し、戦争中の敵国とすら交渉したことがある御仁だ。交渉の経験回数では、この中の誰よりも多い。


 五人の代表が名乗りを上げる。そして次に魔法都市ガンドロノフ、メイルシュトローム家のマシューが名乗り、ロードロックのギランも儀式的に名乗った。最後にキルケがマダラメに笑みを向ける。


「初めましてマダラメ様。救済教会のキルケと申します」

「よろしくお願いします。キルケ様」

 マダラメはキルケや列強の大臣級の人物を前にしても、余裕の笑みを見せていた。その余裕を吹き飛ばして見せようと、キルケは机に置いた手をぎゅっと握りしめる。


「さて、お集まりいただいた理由ですが」

 早速本題に入ろうとするマダラメに対し、手を掲げて止める者がいた。フィンドル連邦のキシリルだ。彼はたるんだ頬を揺らして口を開く。


「ああ、少々お待ちいただきたい。事前にいただいた手紙では、マダラメ様本体ではなく身代わりの人形が応対すると書かれていました」

「ええ、そうですよ。これは私の姿に似せた人形で、私自身はダンジョンの奥深くで、この人形を操っております」

 キシリルの問いに、マダラメは素直に肯定する。


「我らは貴方と交渉しに来ているのに、貴方自身が交渉の席に来ないというのは、少々失礼ではありませんか?」

 キシリルは顔に皺を寄せ、不快感をあらわにする。


「うむ、確かにその通りだ」

「これがダンジョン流のもてなしですか?」

 オルレア公国のオルドレイク将軍が顎を頷かせ、ステイヴァーレ国のヴィオラが眼鏡を直し光らせる。さらに他の国々も同調して頷く。


 ちなみにキシリルの指摘は、事前にキルケと協議して仕込んでおいたものだ。ただし、根回しをしておいたのはキシリルだけであり、ほかの国はキルケたちの仕込みに気付いて同調しているだけだ。


「確かにその通りですね。我らもダンジョンという、本来危険とされる場所に赴いているのです。貴方の庭先まで来ているのに、その貴方自身が出てこないというのはおかしいのでは?」

 キルケは素知らぬ顔で、キシリルの指摘を補強した。


 マダラメの顔色に変化はない。だがどう出るかは見ものだった。

 事前に通達してあったのだから、変更はしないと押し通すか? それとも嫌なら帰れと強気で出るか? あるいは要求に応じて、本体が出てくるか?


 キルケはマダラメに行動を予想した。ダンジョンマスターは単体では弱いという話だ、キルケの護衛達でも勝てるだろう。さらにここには四英雄がいる。彼らがその気になれば、マダラメは一瞬で死ぬ。


 普通に考えれば、本体が出てくることはまずない。しかし調査でマダラメは、無謀ともいえる大胆さを持っていることが分かっている。場合によってはこの挑発に乗り、本体が出てくることもあり得た。


「……ふむ、そうですね。もしどうしてもというのなら、私が直接出ても構いませんよ」

 マダラメの言葉に、キルケは好機の到来を感じた。

 挑発に乗り、勇気と無謀をはき違える者は多い。もしノコノコと現れるようなら、護衛達にはマダラメを討ち取るように指示してある。

 相手の信頼を裏切るような行為だが、マダラメは当代の勇者を手玉に取ったほどの男だ。交渉の席で相手を討つというのは、道義上許されない行為だ。しかし倒せるときに倒してしまうべきだ。

キルケは好機に息を呑む。


「私の本体がここにきて交渉するのは構いません。ただし、その場合は護衛の帯同をお許し願いたい」

 マダラメは人差し指を立てて条件を付けた。

「それは、モンスターの軍勢を寄越すという事か?」

 オルドレイク将軍が巌の顔をさらに険しくする。


「いえ、軍勢と呼ぶほどのものは。皆様と同じく二名。いえ、二体のモンスターで十分です。というより我がダンジョンには、四英雄の皆様にお見せできるようなモンスターは、二体しかおりませんので」

 マダラメは背後に立つ、アルタイルとシグルドを一瞥した。この言葉に、二人の英雄がわずかに眉を動かす。


 お見せするといったが、実際のところは四英雄に対する威嚇だろう。つまり、マダラメは四英雄に匹敵するモンスターを抱えている。

 四英雄は隔絶した力を持っている。ここには各国の腕利きの護衛が十人以上存在するが、束になっても四英雄一人を倒すことも出来ない。その四英雄に対抗できると、マダラメが自負しているモンスターが二体。


 戦いとなった場合、たとえ四英雄が勝利したとしても、その場に居合わせたキルケたちは全員生き残れないだろう。

 死の危険に、各国の代表が顔を見合わせる。しかしモンスターが怖いからやめてくれとは言えない。


「しかし――」

 口火を切ったのは、ほかでもないマダラメ本人だった。

「私が求めているのは交渉です。話し合いの席に無粋なモンスターなど不要。そして私の発言が私の意思で行われている以上、話し合いに支障はありません。私はこのまま進めたいと思っておりますが、いかがですか?」

 マダラメの言葉に各国の面々が視線をさまよわせる。キルケと協議を重ねていたキシリルも一瞬だけ視線を寄越す。


「……まぁ、マダラメ様がそこまで言われるのでしたら」

 キルケはマダラメに譲る形で、このまま会談を続けること了承した。

 各国の代表の緊張がわずかに緩む。マダラメも微笑みキルケに笑みを向ける。

 マダラメの視線が一瞬だけキシリルに向く。そしてキルケに戻り、再度笑みを浮かべた。


 どうやらキシリルとの仕込みに、マダラメは気付いているらしい。おそらく手のサインや視線から見抜いたのだろう。

 マダラメは元々がギャンブラー。この手のイカサマや仕込みには聡いようだ。小細工を弄するのは危険と言えた。しかし今のやり取りでわかったこともある。


 交渉で大事なのは、相手がどの段階まで思考するかという事だ。

 相手が何も考えていないのか? それとも裏を掻いてくるのか? そのさらに裏を掻いてくるのか? 何段階の思考をするかを見極めることが重要であった。


 先ほどのやり取りで、マダラメはこちらの挑発に気付き、乗ると見せかけて逆に条件を突き付けてきた。

 選択を迫ったつもりがいつの間にか迫られている。主導権を渡さないのがマダラメのスタイルなのだろう。


 これは厳しい戦いになるかもしれない。

 キルケはこの交渉の行く末が、かつてない激戦になることを予感した。しかし――。

 キルケの口角は、自然と吊り上がっていった。


 楽しくなりそうだ。

 キルケの体は好敵手との戦いに震えた。


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