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第百七十九話

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 第百七十九話


 エルピタ・エソにある会議室の一室で、救済教会の枢機卿であるキルケは椅子に座り時が経つのを待っていた。ほどなくして大聖堂の鐘楼から鐘の音が響き渡り、正午を告げた。

「さて、時間だな」

 キルケが椅子から立ち上がり、懐から一通の手紙を取り出す。促すように周りを見たが、返事の声はなかった。キルケが視線を向ける先には、四人の人影があった。質素な修道服を着た女性が一人、白銀の鎧を着こみ錫杖を持つ騎士が二人。そして司祭服に紫の飾り布を首にかけた男が一人。

 四人は押し黙り、気まずそうに視線をさまよわせる。


「あっ、あの! キルケ様、やはりおやめになった方がよろしいのでは……」

 修道服を着た女性が前に出て手を伸ばす。女性はキルケの秘書であるマゴーネだった。その短い黒髪の下にある瞳は憂いに揺れている。

「そのようなもの、危険です」

 マゴーネの視線は、キルケが持つ手紙に向けられていた。


「これか?」

 キルケは手紙の中から位、一枚の紙を取り出して見せる。紙には複雑な図形が描かれていた。これは瞬間移動を可能とする転移の効果が込められた呪文書だ。この呪文書は手紙と共にカジノダンジョンのダンジョンマスターマダラメより送られたものだ。キルケは今日の正午、この呪文書を使ってカジノダンジョンへと向かう手はずとなっている。


「ダンジョンマスターが送ったものです、罠かもしれません」

「さすがにそれはないだろう」

 顔を青ざめさせるマゴーネに、キルケは笑いかけた。

 差出人であるマダラメは、キルケのことを知らない。罠にかけて殺す理由すらないのだ。それでも信用すべきではないと、マゴーネは視線で訴える。その後ろにいる鎧姿の二人、救済教会が保有する武力である武装神官も同じ視線を向ける。


「これが転移の呪文書であることは間違いない。のぉ、魔導司祭殿」

 キルケは紫の飾り布を首にかけた司祭服の男に目を向けた。彼は救済教会の中でも、魔法の技に長けた者だった。


「はい、書かれている式を解析しましたところ、どうやら本当に空間転移を可能とするもののようです。魔法都市の魔術師たちも同じ見解です。転移は安全に行われます」

「ですが転移した先がどこなのかもわからないのでしょう? 転移した先が石の中、という可能性もあるではありませんか」

「それは……十分あり得ます」

「それのどこが安全なのです!」

 マゴーネの声は甲高く、魔導士祭は首を竦めて額に流れる汗を拭いた。


「これこれ、司祭殿を困らせてはいけないよ」

 キルケはマゴーネを嗜めた。キルケにも多少の恐怖はある。何せ初めての転移だ。不安は尽きない。しかしマゴーネの言うような、罠は恐れていなかった。


「怖いのなら、ここに残っていなさい」

 キルケはマゴーネと、背後にいる武装神官の二人に優しく声をかけた。

 マゴーネはキルケの秘書として、武装神官は護衛としてキルケとともにマダラメのダンジョンに転移することになっている。

 マゴーネはキルケ同様戦う力を持っていない。一方護衛である武装神官は、魔を祓い邪を討つ為に日夜訓練に励んでいる。その実力は列強の騎士団にも劣らぬと言われているが、四英雄のような隔絶した力を持っているわけではない。転移した先で罠が待ち構えていれば、間違いなく命を落とす。しかし二人の武装神官に、命を惜しむ様子は見られなかった。


「何をおっしゃいます! キルケ様が行かれるのでしたら、たとえ竜の口の中でもお供します」

 マゴーネが可愛らしいことを言ってくれる。背後にいる二人の武装神官も、胸を張って一歩前に出る。


「では行こう。魔導司祭どの、よろしく頼む」

 キルケは魔導司祭に向けて、転移の呪文書を差し出した。彼は呪文書を使用して、転移を見届けることが仕事であるため同行はしない。


「わかりました、ではお集まりを」

 呪文書を受け取ると、魔導司祭が促す。キルケの元にマゴーネと武装神官が歩み寄る。

「呪文書を起動します」

 魔導司祭が呪文書を両手に持って掲げる。マダラメは呪文書の使用方法を手紙で説明してくれていた。転移の呪文書とはいえ使い方は他の呪文書と同じく、わずかな魔力を流し込むだけでいい。しかし転移の呪文書を使用する興奮からか、魔導司祭の手は震えていた。 


 魔導司祭が呪文書に魔力を流し込むと、呪文書の図形と数式が青い光を放つ。呪文書から図形と数式が流れ出して宙を舞う。図形と数式はキルケたちを取り囲み、一つの大きな魔法陣が完成する。魔法陣は光を強めキルケたちを覆う。


 側にいたマゴーネがキルケの元に歩み寄り、キルケの左袖を摘む。キルケはそっと右手を伸ばし、袖を掴むマゴーネの手に重ねた。


 魔法陣から放たれる光が一層強まり、キルケの視界が白一色となる。だが次の瞬間には光が収まり、光に眩んだ視界が戻った。しかし周囲は一変していた。先ほどまではエルピタ・エソの会議室にいたはずだが、今は赤い煉瓦が敷き詰められた小部屋にいた。


「ふむ、転移は成功した様だな」

 周囲を見回しながら、キルケは周りにいるマゴーネたちに聞こえる様に呟いた。

 キルケはエルピタ・エソのすべての部屋を知っているわけではないが、エルピタ・エソではあまり赤煉瓦は使われない。それに気温が先ほどよりも若干下がっている気がした。おそらくここがカジノダンジョンの内部なのだろう。


 倉庫の様な小部屋には何も置かれておらず、壁の一面に木製の扉が一つあるだけだった。床には複雑な図形の魔法陣が描かれており、これが転移陣の座標の役割をしているのだろう。

 マゴーネや武装神官たちは、転移が成功したことに安堵の息を漏らす。その時、閉じていた扉がゆっくりと開く。武装神官が素早く動いてキルケの前に立ち、錫杖を突き出して構える。


 武装神官に守られながら、キルケが開いていく扉を見る。すると向こう側から一人の女性の姿が現れた。長い金髪に、やや下がり気味だが大きな瞳は美しく輝いている。身に纏う法衣は清浄なる白い輝きを放ち、携える杖には大きな宝玉が嵌め込まれていた。

 キルケはこの女性を知っていた。救済教会が誇る聖女、クリスタニアその人であった。


次回更新はちょっと早めにできるかもしれません

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― 新着の感想 ―
[良い点] いしのなかにいる!
[良い点] 作者が頭いいからなのか頭脳戦の部分面白くて好き。
[良い点] 面白かったです 次回をたのしみにします
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