第百七十八話
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第百七十八話
ダンジョンマスターマダラメの会談の呼びかけに、キルケは出席するつもりだった。しかし秘書であるマゴーネは目を三角にして反対する。
「なぜです。ダンジョンを攻略するならいざ知らず、話し合いに行くなど、ダンジョンの存在を認めることになります!」
「だがマゴーネよ。戦争を止めるための会談と言われれば、無視は出来ぬ」
「ですが、そのダンジョンはロードロックという町のそばにあるのでしょう? 自らのダンジョンが戦争に巻き込まれたくないから、申しているだけではありませんか」
キルケがとりなすと、マゴーネが口元の黒子を動かして言葉を返す。確かにダンジョンマスターの思惑は透けて見える。東クロッカ王国とカッサリア帝国は、国境に面したロードドックという街の領有権を主張している。しかし本当の狙いは、カジノという新たなものを生み出すダンジョンだ。
マダラメが運営するダンジョンでは、これまでになかった商品やサービスを提供していた。人や物、金が集まる一大産業地となっており、その収益は国家すら無視できないほどとなっている。
東クロッカ王国とカッサリア帝国の狙いはこれにある。マダラメは自分のダンジョンを国家の管理に置かれたくないため、戦争を止めようとしているに過ぎない。
「だがそれでも、戦争は止めねばならん。それにあのダンジョンには神剣ミーオンをはじめ、多くの聖遺物が集まっている。あのダンジョンが一国の手に落ちれば、列強のパワーバランスが崩れる」
「それは……確かにそうですね。全く、あの勇者も余計なことをしてくれる」
マゴーネは顔を顰めた。
当代の勇者サイトウは、神剣ミーオンを抜いた紛うことなき勇者だった。彼はマダラメのカジノダンジョンに挑んだが、あっさりと敗北して神剣ミーオンを奪われた。
神剣ミーオンを手に入れたマダラメは、あろうことか神剣ミーオンを賞品にしてギャンブル大会を開いた。不敬とも言える行動だが、奪われた神剣ミーオンを取り返す好機でもあった。サイトウは神剣ミーオンを取り戻すため、ギャンブル大会に意気揚々と挑んだ。しかし結果は敗北。それも言い訳の効かないほどの大敗北だった。
サイトウは自らの掛け金だけでなく、所持していた様々なアイテムや神の時代から伝わる聖遺物すら賭けの代金として積み上げてしまった。そして人類が継承すべき秘宝の数々が、ダンジョンマスターに奪われた。
「神剣ミーオンが国家の手に渡るのは避けたい」
「それはごもっともですが、神剣ミーオンは人類の手にあるのでは?」
キルケの言葉に、マゴーネは首を傾げる。
神剣ミーオンが賭けられたギャンブル大会は、紆余曲折を経てある冒険者が最終的な勝利を収めた。マダラメは偽ることなく、神剣ミーオンを勝者に与えた。そのため神剣ミーオンは人類の手に戻った。
「確かにそうだが、神剣ミーオン所持者はロードロックの住人だ。ロードロックが国家の手に落ちれば、奪われる可能性は高い」
キルケの脳裏に、神剣の威を借りて他国に侵略する国家の光景が思い浮かんだ。
神剣ミーオンは神が残した最大の聖遺物である。神剣ミーオンの保管を目的として発足した救済教会としては、見たくない光景であった。
「それにな、マゴーネ。この手紙の内容、お前はどれだけ知っている?」
キルケはダンジョンから送られた手紙を、摘んで掲げてみせた。
「列強各国の代表を集めて、会談を行いたいという内容だとは聞いております。ですが全文は知りません」
マゴーネの言葉にキルケは頷く。本来であれば、機密である手紙の内容を知っていることは問題だ。だが今は問題にせずに話を続ける。
「手紙の最後にだがな、会談に出席してくれればマダラメは見返りとして、所持している聖遺物を譲渡するとあるのだ」
「本当ですか?」
手紙の内容を伝えると、マゴーネが目の色を変えた。
救済教会は聖遺物を人類の全体の宝と捉え、その回収と保管を標榜していた。しかし聖遺物の効果は絶大であり、世界各国は提出を拒んでいる。そのため聖遺物の回収は遅々として進んでいない。その聖遺物を、会談に出席するだけでくれると言うのだ。
「クリスタニア様がこの手紙を仲介されたのも、これが原因であろう」
「しかし、信用できるのですか? 相手はダンジョンマスターですよ?」
マゴーネの言葉はもっともである。ダンジョンマスターはいわば人類の敵だ、敵の言葉を鵜呑みにするなど馬鹿のすることだ。しかし……。
「信用できるだろうな」
キルケは椅子の背もたれ体を預けながら答えた。
「なぜです。会ったこともない相手だと言うのに」
「だがこのマダラメという男は、神剣ミーオンを約束通り譲渡している」
キルケが答えると、マゴーネは押し黙った。
神剣ミーオンが賞品となったギャンブル大会では、最終的にロードロックの冒険者が勝利した。そしてマダラメは賞品として神剣ミーオンを勝者に譲渡した。約束を守ったのである。ならば今回の約束も守るだろう。
「教皇様も信用できるだろうと、会談に乗り気だ」
キルケは手紙を手に取り中を開けた。中には三枚の紙が二つ折りにされて入っている。うち二枚は会談の申し入れが書かれた手紙だ。キルケが残りの一枚を広げると、そこには複雑な図形や文字がびっしりと書かれていた。
「それは?」
「転移を可能とする呪文書だ。これを使えば一瞬でカジノダンジョンまで移動できるそうだ」
キルケが教えるとマゴーネが感嘆の声をあげた。無理もない、転移の魔法は千年より前に失われており、ダンジョンの内部でのみ可能とされていた。その転移を可能とする紙が、目の前にあるのだ。
この一枚の紙には、家一軒の価値がある。カジノダンジョンのマダラメは、会談のために列強各国に同じものを送っているはずだ。マダラメは会談に本気で挑んでいる証明でもある。
「これを使い、私は三日後に開かれる会談に出席する」
「行くのですね……」
マゴーネは言葉を濁して俯く。ダンジョンマスターとの会談が、やはり納得できないのだ。気落ちするマゴーネに対し、キルケは腹から声を出し笑った。
「さぁ、忙しくなるぞ、マゴーネ! カジノダンジョンの情報を集めてくれ!」
「え? どういうことですか?」
「相手が会談を望むというのなら行ってやろう。教皇様の命もあるしな。だが乞食の様に聖遺物を貰いに行くつもりはない。これはダンジョンマスターマダラメとの対決だ」
キルケは声に力を込めた。
交渉上手を自負しているキルケとしては、相手の思惑通りにことが進む状況は面白くなかった。それに相手が話し合いを望んでいるのだ、ならば全力で挑んでやろう。
「剣や魔法での戦いならばいざ知らず、交渉であれば私の分野だ。正面から戦いに挑み、相手の目論見を完膚なきまでに打ち崩す」
キルケは拳を固めた。
もちろんその結果マダラメが気分を害し、聖遺物を渡さないということも十分ありえる。しかし正々堂々と話した上で相手が言葉を違えたのであれば、それはマダラメの問題であってキルケに落ち度はない。
安易に手紙を出したことを、後悔させてくれよう。
キルケは口の端を歪ませて笑った。