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第百七十七話

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 第百七十七話


 そこはかつて何もない荒野だった。ただいつからあったのか、一本の剣が大地に突き立てられていた。

 誰もが大地につき立つ剣を抜こうとした。だが剣はどれほど力を込めても、根が生えたように抜くことは出来なかった。しかしある時、タナカと名乗る男がどこからともなく現れた。彼が剣を手にすると、剣は何の抵抗もなく大地から抜けた。


 何年も大地に突き刺さっていた剣は、タナカが手にすると光り輝き、ひとたび振るえば山さえも両断した。

 剣を手にしたタナカは、癒しの技を持つ一人の女性と旅に出た。そして行く先々でダンジョンを攻略しては、人々を苦しめるモンスターを屠った。

 人々を救って回るタナカはいつの間にか勇者と呼ばれるようになり、傍らに付き従う女性を人々は聖女と呼び慕った。


 タナカの死後、聖女は剣を元の野に戻した。そして大地につき立つ剣を背にし、世界を救済する教えを説いた。

 のちにその教えは救済教として広まり、荒野はエルピタ・エソと呼ばれるようになった。そして荒野につき立つ剣は、聖女の名をとりミーオンと名付けられた。



 救済教会のキルケ枢機卿は、書類の束を小脇に抱えながらエルピタ・エソに築かれた大聖堂の廊下を歩いていた。大聖堂の隅々には様々な彫刻や絵画が施され、いたるところに金の装飾がなされている。

 かつては荒れ果てた荒野に小さな教会があっただけのこの地も、今やいくつもの大聖堂が建設され、百を超える塔が天を突いていた。救済教会は強大になり、教皇が住まうこの地は神聖不可侵とされ、あらゆる国の干渉を受けず俗世から切り離された空間となっていた。


 華美装飾が過ぎる大聖堂を通り抜け、キルケは大きな扉を開けて自らの執務室に入った。部屋の中には二つの机が置かれている。そのうちの一つの机では、修道士の服を着た女性が書類に向かい書き物をしていた。黒髪にショートカット、白い肌に切れ長の瞳。右の口元に小さな黒子がある。秘書として自分を支えてくれているマゴーネだった。


「おかえりなさい。キルケ枢機卿」

 戻ったキルケに気付いたマゴーネは、椅子から立ち上がり口元の黒子を動かし会釈する。

 キルケはマゴーネに頷くと、そのまま自分の机に向かった。キルケの執務机には書類が山のように積み重なっている。キルケは空いた場所に手に持っていた書類を乱雑に置いた。そして椅子に座り息を吐いた。


「……教皇様からのお呼び出しとのことでしたが、新たなお仕事を仰せつかったのですか?」

 キルケの不機嫌な態度を察し、マゴーネが慎重に声をかける。


「ああ、そうだ。教皇様直々に交渉役を仰せつかった」

 キルケはため息をつきながら答えた。キルケは救済教会に所属する枢機卿として、救済教の教義を深く読み解き、その教えを広めることを一番の仕事としている。しかしキルケにはほかにも仕事があった。それが他者との交渉だ。


 キルケは昔から人と話すのが得意で、相手の狙いや目的を会話のうちから読み解くという特技があった。救済教会に入ってからもその特技は生かされ、商人と渡りあって安く品物を仕入れたりした。また交渉の経験を積んでからは各国の代表者とも話し合い、救済教会にとって有利な条件を引き出してきた。


 今や教皇の覚えもめでたく、キルケは枢機卿の地位まで得た。キルケ自身、教会内部で自分以上に交渉が得意な人間はいないと自負している。しかしそのせいで、このような仕事を仰せつかるとは思わなかった。


「その仕事とは、もしや例の手紙の件ですか?」

 マゴーネの問いに、キルケは息を吐いて頷いた。

 現在、救済教会内部では、ある一つの手紙をめぐり大きく揺れていた。その手紙は内容もさることながら、差出人がまず問題であった。


「世も末だよ、ダンジョンマスターが救済教会に手紙を送るのだからな」

 キルケが顎で指した手紙には、差出人の名前が書かれていた。赤い蝋で封がされた裏面の隅には、『ダンジョンマスターマダラメ』と書かれている。


「これが噂のダンジョンからもたらされた手紙ですか……」

 マゴーネは汚物を見るような視線を、白い手紙に向けた。

 気持ちは分かる。キルケとて同じ気持であった。


 ダンジョン。神の摂理に逆らうモンスターを生み出す悪の巣窟である。救済教会はダンジョンの存在を悪しきものとして、その攻略を推奨していた。だがマダラメというダンジョンマスターは、そんなことも気にせず手紙を送ってきた。


「まぁ、このダンジョンはほかのダンジョンとは毛色が違う様子だ。かのダンジョンでは、これまで人を殺していないという話だしな」

「そんな話、信用できません! それに聞けばそのダンジョンでは賭博行為をしているとか、悪徳の温床ではありませんか!」

 キルケの言葉にマゴーネがきつい声を返す。

 確かに調べた話では、マダラメが運営するダンジョンでは賭博行為などの遊興施設があるらしい。そして人々がその遊びに熱中しているという。


「こんな手紙、悪しきものに違いありません。燃やしてしまいましょう!」

「そうもいかん。この手紙を仲介した人物が人物だからな」

 マゴーネの主張に、キルケも同意したかった。しかし手紙を燃やすことはできない。

 差出人であるマダラメは、普通に出したのでは救済教会は受け取り拒否することを予想していた。そのため教会が受け取りを拒否できない人物に仲介を頼んだ。


「クリスタニア様が仲介した手紙を、勝手に破棄するわけにはいかん」

 キルケはクリスタニアの顔を思い浮かべた。


 聖女の認定を受けたクリスタニアは、その名に恥じぬ力を持っている。少し前には八大ダンジョンを攻略し、四英雄の一人にまで数えられていた。今や彼女の権威は教皇にすら匹敵し、キルケといえど無碍には出来なかった。


「そもそもどうしてクリスタニア様は、このような手紙をダンジョンマスターから預かったのです! 本来ならば渡された時点で破棄し、ダンジョンとの関係を明確にすべきです」

 マゴーネの語気も荒々しい。彼女の意見はもっともであり、教会内部でもクリスタニアは堕落したと叫ぶ者もいる。


「クリスタニア様は変わられた、最近ではダンジョンに潜ることなく、遊び惚けているというではありませんか」

 マゴーネの言葉は、救済教会関係者の内心を代弁するものであった。クリスタニアはカジノダンジョンの攻略に赴いたというのに、今ではダンジョンに潜ることも少なくなったと言う。

 賭博行為におぼれた聖女の姿を思うと、あまりにも恥ずかしい。だがキルケは立場として聖女を悪く言うことはできなかった。


「クリスタニア様の件は別にしても、この手紙を無視するわけにはいかん。戦争を止めようというのだからな」

 キルケは話をクリスタニアから手紙の内容へとずらした。


 手紙には東クロッカ王国とカッサリア帝国との戦争を止めるために、列強各国を一堂に集めて会談を行いたいと書かれている。そして救済教会にも、その会談に出席してほしいとあった。


 キルケも両国がロードロックという町の領有をめぐり、戦争を起こそうとしているのは知っていた。そして救済教会としては、同じ人間同士の争いを肯定してはいない。両国が軍勢を出した時には、戦争を止めるように声明を出している。もっとも、何の効果もなかったが。


「戦争防止のための会談を無視したとあっては、救済教会の理念にかかわる。無視はできぬ」

 キルケは話をずらしながら、忸怩たる思いだった。

 本来ならば戦争を止めるため、教会こそが会談を主導する立場とならなければいけなかった。しかし上手くいかないことが予想されていたため、戦争が起きるたびに効果のない声明を出すだけで終わっていた。


 教会がやるべきことをダンジョンがやるなど、あべこべではないか。

 キルケは今日何度目ともわからぬため息をついた。


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