第百七十六話
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第百七十六話
接続を切った俺の意識は憑依ルームへと戻った。
パペットをそのままにしてきたので、酒場で倒れているだろう。後でスケルトンに回収に行かせなければいけなかった。
俺は憑依ルームに並べてある、ほかのパペットを見た。いくつか種類をそろえているが、これらは冒険者たちに捕捉されていると考えるべきだろう。もったいないがすべて処分するしかない。冒険者たちを侮った罰だ。
憑依ルームを出ると、そのままケラマがいる部屋へと向かった。ケラマはもちろんすべての状況を見ていた。
「マダラメ様。お戻りになられましたか。現在パペットをスケルトンに回収させております」
ケラマは俺が戻るなり、すでにパペット回収の指示を出していることを伝えてくれた。
「助かる。それで、話は聞いていたな。イベントをする。食料配給の方法をゲンジョーと協議しておいてくれ」
俺が命じると、ケラマは小さな体を頷かせた。
「わかりました。しかし中立国案、うまくいくとお考えで?」
「いや、いかないだろうな」
俺はギルド長の考えを、バッサリと切って捨てた。
「このままじゃまず無理だろうね、各国の代表を頷かせるには餌が足りない」
俺は指を折って数えた。
「まず各国の代表を交渉のテーブルにつける。これに一つ餌がいる。次に交渉をでその気にさせる餌。最後にダメ押しにもう一つ。最低でも二つ、できれば三つは餌が欲しい。ロードロックに三つもおいしい餌を用意できないよ」
「では失敗するので?」
「俺が手を貸さなきゃな」
俺の言葉に、ケラマは意外そうな顔をした。
「望みが薄い計画に、手を貸されるので?」
「俺たちにとって中立案は悪い話じゃない。何より重要なのは、ロードロックの民が中立を望んでいることだ。これが大きい」
今回の話し合いは、実りあるものだった。ロードロックの民の意向を知れたのは大きい。
「ロードロックの意向をそこまで重視しなければいけませんか?」
「もちろんだよ、彼らの意に反することはすべきではない。地域住民の意向に沿わないやり方は、きっとうまくいかない」
俺はケラマに説明したが、ケラマはあまり納得がいっていないようだった。
「しかし彼らは、カジノダンジョンに依存しています。我らの意志を押し通しても、逆らえないのでは?」
ケラマが首を傾げる。だがそれは考え違いというものだ。
「確かにロードロックは我がダンジョンに依存している。しかし彼らを無碍に扱わない方がいい。今回のことでわかったが、この世界の人間は骨がある奴が多い」
俺の脳裏にはカイトやギルド長などの顔が思い浮かんだ。サイトウは神の加護が与えられ、強力なアイテムで武装していた。しかし油断と慢心ばかりで、怖いとは思わなかった。一方でカイトを始め普通の冒険者たちは、単体では強力な力を持っていない。だがだからこそ彼らは油断せず、細心の注意と努力を払う。
「油断しない相手に、油断していると足元をすくわれる。それにこちらが有利だからって、強気に出るのは馬鹿のやることだよ。有利な時ほど下手に出るものさ」
「なるほど、自戒しておきます」
ケラマがぺこりと頭を下げる。
「それで、これからどうされるおつもりで?」
「さて、そこが問題だ。後押しをするとは決めたが、まだ細かいところは詰め切れていない」
俺は顎に手を当てた。中立国案とするならば、さまざまな国を巻き込まねばならない。東のエスパーラ国に中原を支配するオルレア公国、ステイヴァーレ国と北海の覇者フィンドル連邦 にデーン帝国。これに魔法都市ガンドロノフと救済教会総本山エルピタ・エソ。さらに東クロッカ王国とカッサリア帝国を加えた九つの勢力が存在する。
これらをうまくまとめる必要があった。特に気を付けなければいけないのが、東クロッカ王国とカッサリア帝国。そして魔法都市ガンドロノフと救済教会総本山エルピタ・エソだ。
現実的に軍隊を目の前にそろえている両国は、下手をすれば暴走の可能性がある。連中にはことを察知されずに、一気に話を進める必要があるだろう。
一方で魔法都市と救済教会は特殊な環境であり、一筋縄ではいかない。魔法都市はこちらに興味があるようだが『興味がある故に攻略して調べる』などという行動もありうる。宗教関係者はもっと注意が必要だ。宗教的熱意にはどんな交渉も通用しない。彼らとの交渉が今回の山場となるだろう。
残った五か国にはどうするべきか? 単純な利害だけでなく、各国との関係性も重要となってくる。そして我がダンジョンの今後の方針も考えねばならない。中立国案が進めば、今と同じというわけにはいかない。環境が変われば、こちらも変化を迫られる。むしろ新たな環境を、飛躍のための好機とせねば、今後生き残れない。
何を与え、何を奪うか。
何を失い、何を得るか。
ここは思案のしどころだった。だがここで重要なのは、何事も思い切りよくしなければいけないという事だ。
与えるのならばすべてを与え、失うのならばすべてを失わなければならない。今持つすべてを失う覚悟で挑まねば、大きな成果は決して得られない。
背筋に冷たい汗が流れ、一方、喉は干上がるようにヒリつく。
悪くない感覚だ。
「……ケラマ。カジノやめようか」
俺は笑いながらつぶやいた。
ケラマ「まーた悪い癖が出ているようで」
マダラメ「やだなぁ、ダンジョンの未来を考えてのことだよ」
ケラマ「で、本心は?」
マダラメ「暴魔のメダルを捨てた炎氷将軍の気分」