第百七十五話
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第百七十五話
ギランが語った中立国案。それは俺にとっては悪い話ではなかった。
このあたり一帯が非武装の中立国となれば、軍隊を用いてダンジョンを攻略するという最悪の展開が防げるからだ。
実現できるのなら、大変ありがたい話だった。もちろん実現できるのならばの話だが。
「面白いお話ですが、そんなものが成立するので?」
俺は白い目を向けた。中立と言えば聞こえはいいが、要は他人の手を借りない代わりに、他人のもめごとにも関わらない。というスタンスだ。
一見良いことのようにも思えるが、他国が攻めてきた場合、ほかの国に援助や援軍を求めることは出来ず、自力で何とかしなければいけない。しかし自力で自国の防衛が可能ならば、中立国を名乗る必要がない。世界で中立国が少ない理由だ。
資源や産業に乏しく、戦争を仕掛けるメリットがない国ならばいざ知らず。ロードロックの場合は、カジノダンジョンという分かりやすい利益が目の前にあるのだ。
中立国など宣言した瞬間に、東クロッカ王国とカッサリア帝国に攻め滅ぼされるだけだ。
「言いたいことは分かっている。だが中立国として、やっていけているところは二つある。一つは救済教会の総本山であるエルピタ・エソ。そしてもう一つが、魔法都市ガンドロノフだ」
ギランの言葉を聞き、俺はわずかに目じりが動いた。
エルピタ・エソは大陸に住む八割の人間が信仰している救済教会の総本山であり、絶対不可侵としてあらゆる軍隊の侵入を拒んでいる。そして魔法都市ガンドロノフは、魔導の研究地として教えを乞うものに対する門戸は広く開かれている。だが武力をもって侵入する者を許さず、不届き者に対しては強大な魔法を駆使して撃退している。
「確かに、その二つはどの国にも与せず、中立を貫いています。しかし片方は宗教の聖地、もう片方は学究の地としての大義名分があります。貴方達には何の大義が? それに大義があったとして自力で自国を守れなければ意味がないのでは?」
俺は疑問を呈した。
エルピタ・エソは宗教の聖地として、多くの人々巡礼の場だ。そしてガンドロノフは学び舎として誰にでも門戸を開いている。両者とも高い公益性があり、世界中の国にとって利益となっている。そして救済教会は世界中に信者がおり、世界各国の指導者も救済教の信徒だ。魔法都市は強大な魔導士を何人も抱えており、他国が侵略してきても罰し跳ね返すだけの力がある。ロードロックにはその二つがない。
「わかっている。我々は商人だ、商業国家として独立する。誰にも独占させず、あらゆる国と等しく取引する。特にこのカジノとその周辺は、これからも発展する。世界中の国に土地を売り、人と金と商品を集める。この地を世界最大の商業都市にする」
ギランは拳を掲げて語った。
「なるほど。利益を出して等しく分け合い、そのために中立でいる。公益性はそれで担保されるでしょう。ですがその方法ですと、世界各国に働きかけ、列強各国の軍事力を背景に中立を宣言しなければなりません。多くの国の賛同を得られるので?」
俺は次なる疑問を呈した。利益を分け合うとする提案に、列強各国は興味を示すだろう。だがそれだけだ。明確な利益を渡さない限り国家は動かない。将来の利益程度では弱いのだ。
「現在交渉の最中だ。魔法都市ガンドロノフは乗り気だ。このダンジョンの特性に興味津々らしい。一方で救済教会のエルピタ・エソでは話し合いが紛糾しているらしい。勇者を倒し、神剣ミーオンを奪うほどのダンジョンを攻略すべしとしている。だがこのダンジョンが人を殺していないことにも注目していて、静観すべきだという声もある。この二つが中立国案に同意してくれれば、可能性は高まる」
交渉の進捗を語るギランの声には力があった。ギランが中立案を言い出したのも、この二つが興味を示していることに由来するのだろう。
「ただし、話がつくまでにまだ時間がかかる。だが食料がない。話が済むまでの間、食料を融通してほしい」
ギランが再度頼み込む。
「しかし食料が手に入っても、東クロッカ王国とカッサリア帝国が戦争を開始してしまえば意味がないのでは?」
「ああ、そちらに関しては時間稼ぎの手を打っている。四英雄と交渉して、協力を取り付けた」
「ほぉ、四英雄と。よく彼らが首を縦に振りましたね」
これには俺も驚いた。四英雄が自分から戦争に首を突っ込むとは思わなかったからだ。
「協力と言っても、協力しないことに同意してくれただけだ」
「協力をしないこと?」
「そうだ、協力しないことを承諾させた」
謎かけのような言葉に、俺は口を挟まず続きを促す。
「あの四人には、ロードロックやこのダンジョンを擁護しない代わりに、どこの勢力にも協力しないという約束をしてもらった」
なるほどと、俺はうなずく。
この時期に両国が動いたのはただの偶然ではない。この町に逗留する四英雄も目当てなのだ。
四英雄を口説き落とし、彼らを先頭に戦争を仕掛け、自国の国旗を世界中にはためかせる。そんな夢でも見ているのかもしれない。実際四英雄が味方になれば、その白昼夢は現実味を帯びる。
四英雄の影響力は一国にも匹敵する。だが彼らとて馬鹿ではない。自分の持つ影響力を知っているし、利用しようとする者達には辟易していることだろう。
そんな彼らにとって、協力しないでくれと頼むギランの提案は新鮮に映ったはずだ。
「伊達にギルド長をしていませんな」
俺は素直に感心した。頂点を極めた英雄たちの内心を読んだ、よい一手といえるだろう。
「東クロッカ王国とカッサリア帝国には、四英雄が首を縦に振らないのは、相手の国からもっといい条件を提示されているからだと偽情報を流している。時間さえあれば四英雄を口説き落とせると、両国は思い込んでいる。俺たちが食糧支援を受けて延命しても、交渉の時間が伸びたと喜ぶだろう」
ギランの言葉に、俺は考え込んだ。それぞれの思惑が入り乱れ、なかなかに複雑な状況だ。とはいえ、混沌とした状況は面白い。
「頼む、時間が足りない。食料がなくなれば、どちらかについてしまおうと、動き始める奴らもいるはずだ」
ギランの声は切迫していた。
包囲している両国は、自国につくようにと扇動役を潜り込ませているだろう。またロードロックの商人も信用できない。都合のいい方につくのが気風であるなら、身内でさえも売るだろう。
東クロッカ王国とカッサリア帝国が、この地を支配するのは面白くない。だが……。
「しかし食料を融通することは、やはりできませんね」
俺の返答に、ギランは顔をしかめた。
「ここは軍事施設じゃない。兵糧の供給なんてできるわけがない」
ただでさえ転移陣を設けたことで、軍隊の移動や派遣が可能となっている。この上、食料を提供できるとなっては、世界が放っておかないだろう。
「だ、だが、人がいなくなると、そちらも困るはずだ」
「そうですね、お客様は大事にしないとな。だがそれでも食料の提供はできない」
俺はきっぱりと断る。
俺の拒絶にギランはもとより、周囲を包囲していた冒険者も顔色を変える。俺が唯一の当てだったのだろう。
「しかし、このままでは!」
「ところで、そろそろ二年目ですね」
ギランは食い下がろうとしたが、俺はその言葉にかぶせた。
「二年?」
「このダンジョンができてそろそろ二年目になります」
「ん? そんなになるか?」
「ええ、なります」
俺は断言した。実際はまだ少し先だが、そういうことにしておこう。
「日頃のご愛顧に感謝して、イベントを考えています。大々的な見世物を作り、みんなに楽しんでもらいたい」
「それはいいが、我らに見に来ている余裕は」
「開催期間中、来場者には漏れなくパンとスープを無料で進呈するつもりです。皆さんお誘いあわせの上、ふるってご参加ください」
俺の定型の決まり文句を聞くと、硬直していたギランの顔が緩んだ。
「それは、本当か?」
「嘘は言いません。ただし、これはさっきも言ったように二周年記念の特別企画です。ある程度時期が過ぎればイベントは打ち切ります。また、同様のイベントは二度と行うことはないでしょう」
俺はしっかりと言い含めておく。
「あ、ありがたい」
ギランはほっと息をつく。正直干渉しすぎだが、餓死者が出るのは見たくない。
「あと、これはあくまで一般人向けのイベントです。軍隊の食料ではありません。軍人の来場は断らせていただく」
ここもはっきりと線引きをしておきたい。冒険者や非番の軍人が来るのは構わないが、軍隊として中に入られる前例を作られれば、今後、ほかの軍隊が中に入ってもいいということになってしまう。
「ああ、それは問題ない。ロードロックは自治都市だ。軍隊は存在しない。すべて治安維持のための警備兵だ」
「それは結構」
俺は席を立ちあがった。
「では話も終わったのでこれで」
「ああ、助力に感謝する」
「私は何もしていませんよ、ただいつも通りお客さんを呼ぶための、いつものイベントの一つです」
「そうか、それでも助かる」
ギランが頭を下げた。
「では交渉の成果が出たときに、またお会いしましょう」
「ん? ああ、わかった。成果が出たら必ず連絡する」
俺の言葉にギランが頷く。その返事を確認すると。俺はその場でパペットの接続を切った。