第百七十四話
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第百七十四話
冒険者たちに包囲され、俺は固唾を吞んだ。
動きを予想され、頭から罠にかかってしまっている。背中がピリつき、刃で撫でられたように首元が寒くなる。しかしこの緊張の感触は嫌いではなかった。
俺の口元は自然と緩み、笑みが浮かぶ。
「謝罪しよう。俺は貴方たちのことをだいぶ侮っていたようだ。しかしこれは仮の姿だ。俺を倒してもダンジョン攻略とはいかんぞ」
「わかっている。そもそも敵対する気なら取り囲む前に殺している」
ギランの言葉にそれもそうだと、俺は両肘をテーブルにつき手を組んだ。
「それで、話とは?」
俺はギランに促した。攻撃してこない理由はただ一つ。話があるからだろう。
「話が早くて助かる。現在、このダンジョンを挟んで東クロッカ王国と、カッサリア帝国がにらみ合っている。街道が封鎖されているため、食料が入ってこない。このままではロードロックが干上がる。食料を援助してもらえまいか?」
「それは、難しい提案ですね」
ギランの頼みを、俺はやんわりと拒否した。
俺はロードロックとその住民を好ましく思っている。しかしこの好意とロードロックに食料支援をすることは別だ。
ダンジョンコアでは食料を安く作れるので、ロードロックを食料難から救うのは簡単だ。だがこの手段には危険を伴う。安価な食料供給地になると周囲や国家から認識されれば、我がカジノダンジョンは娯楽施設から食料生産地としても意味を持ってしまう。そうなれば戦略目標として、戦争の火の粉が降りかかるかもしれない。
ロードロックを助けるためだけに、その危険は冒せなかった。
「どちらかにつけばよろしいのでは? 自治権を与えられているとはいえ、ここは東クロッカ王国に属しているのでしょう? ならば王国に助けを求めてみては?」
ロードロックは東クロッカ王国から自治権を与えられ、すでに八十年が過ぎている。今も東クロッカ王国の一部なのだから、助けを求めるべきは王国だろう。
「それはあまりいい話だとは思っていない。我々ロードロックの民は生まれながらの商人だ。常に都合のいい方につく」
「それは何とも」
俺はあきれた。これだから商人は怖い。忠義もなければ恩義もない。彼らが信仰するものはただ一つ、物言わぬ金貨だけだ。
「連中は俺たちを都合のいいように使う。だから俺たちも都合のいい時だけお友達だ」
「あなたは冒険者をまとめる、ギルドの長ではなかったので?」
「冒険者も商人の一形態だ。取引するものが品物ではなく暴力や労働というだけだよ」
これには俺もなるほどとうなずいた。
「それにこのダンジョンができてからというもの、俺たちは少し儲けすぎた。王国の連中はここの利権をすべて俺たちから奪うつもりだ」
「では帝国に着くのですか?」
「それはもっとまずい。連中は俺たちの利権どころか、財産すべてを奪うつもりだろう」
「どちらも選べないというわけですか」
俺は頷く。ギランやロードロックの住民たちは、正確に物事を把握していた。そして目の前にあるのが最低か最悪の二択しかないことも分かっている。
「ですが、もう方法がないのでは? どちらにもつけないが、どちらかしか選べない。選ばないという道もありますが、それは一番の愚策でしょう」
勝利の栄光は決断した者に与えられる。決断しないという選択肢はない。
「もちろんそうだ。考え抜いて、一番都合のいい相手を選ぶことにした」
「それで、どうされるので?」
「貴方を選ぼうと思う」
ギルド長ギランは、意外過ぎる提案をしてきた。
「私? ですか?」
俺はなんとも間抜けな声を出してしまった。
「そうだ。我々には王国も帝国も必要ない。だがこのダンジョンは必要だ。だからあなたとこのダンジョンを選ぶ」
「それは……なんとも思い切った決断ですね。しかしいいのですか? 私はダンジョンマスターで、ここはダンジョンですよ」
「商品を売り買いしてくれる相手であれば、だれだってお客様だ。貴賤は問わない」
ギランの思考は商人としてあまりにも割り切りすぎていて、俺はあきれるのを通り越して感心した。
「しかし私を選ぶといっても、私にどうしろと? 私はあなたたちの面倒を見るつもりはありませんよ? それともまさか、このダンジョンに立てこもり、軍勢と戦うとでも?」
俺はここが戦場になる光景を想像した。
殺し合いが起きれば大量のポイントが手に入るだろう。しかし俺はこの場所を血なまぐさいことに使いたくはなかった。
血は一滴でも流れれば、とめどなくあふれ出すものだ。だから俺はダンジョンで血の臭いを徹底的に排除した。ダンジョンでありながら、血の臭いがしない場所。それがカジノダンジョンの方針だ。
「いや、戦うことは考えていない。我々は商人だ。殺し合いは得意分野ではない。専門は商談と取引だ」
「具体的にどうすると?」
こちらにつくなどというが、正直つかれても困る。
「このダンジョンを含めた一帯を、完全非武装の中立国として独立させる」
ギランの提案に、俺はまたしても息を呑んだ。