第百七十二話
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第百七十二話
俺は相棒とも言えるケラマを肩に乗せ、カジノダンジョンの最新部、ダンジョンコアが置かれた部屋にやってきた。
巨大な宝玉の如きコアは青く光り、その球面にはカジノの内部が映し出されていた。
カジノには幾つものスロット台が並び、ルーレットにトランプ台などの娯楽設備もそろえられている。
普段は人で賑わい、移動するのも困難なほど盛況だった。しかし……。
「マダラメ様。本日の来場者数ですが、二百十八人となっております。先日より二十三人減りました。本日の予想収支ですが……」
「言わなくていいよ、ケラマ。どうせ赤字だ」
獲得ポイントを言おうとするケラマを俺は制した。
二週間ほど前から、我がカジノダンジョンは来場者数が減少の一途を辿っていた。
「まぁ、仕方ないだろう。人がいないのは、ここだけではない」
俺はダンジョンコアを操作した。すると球面にダンジョンの様子が図案化された状態で映し出される。内部には二百十八の青い色の人形が動いていた。これがダンジョンの中にいる人間の全てだ。俺は映し出された映像を操作する。すると図案化された映像が縮小し、ダンジョンを中心に外の様子が映し出される。
カジノダンジョンの上には街が作られ、幾つもの建物立ち並び、人々が行き交っている。だがこちらもやはり少なく、人通りは最盛期の十分の一以下だった。
「上の街も寂れているな」
俺はさらに操作して画面を縮小すると、次にロードロックの街並みが見えてくる。
城壁に囲まれた交易都市は普段なら人や物で溢れかえっているが、今は大通りも閑散としており、商品が並ぶこともなかった。
「ロードロックも状況は同じですね。まぁ街道が封鎖されているのですから当然ですが」
ケラマが頷く。俺はさらにコアを操作して、遠くを見る。するとロードロックの北にある平原には、何千、何万という人の姿が現れた。
平原に集まる人々は整然と並び、四角い陣形をいくつも作っている。明らかに普通の様子ではない。平原に集まっている者たちは統率された軍勢であった。
俺がさらに縮小すると東にも規則正しく整列する人々の姿が見える。こちらもやはり軍勢であった。
「カッサリア帝国と東クロッカ王国か……」
ケラマが俺の肩の上で息を吐く。
北に布陣しているのがロードロックと国境が面するカッサリア帝国軍。そして東に陣取っているのが、現在ロードロックを支配する東クロッカ王国の軍勢だ。
「ええと、今回はどちらが難癖をつけたのでしたかね?」
「どちらも相手が先に挑発してきたといっているだろうな」
ケラマの問いに俺は鼻で笑って返した。
歴史を紐解けば、交通の要衝でもあるロードロックは何度も戦火に巻き込まれている。現在では東クロッカ王国の領土となり自治を任されているが、それ以前はカッサリア帝国の領土であった。だがそれ以前は東クロッカ王国の版図であり、その東クロッカ王国も、別の国からロードロックを奪い取った歴史がある。
カッサリア帝国は東クロッカ王国によるロードロックの支配を認めず、返還を求めている。もちろん東クロッカ王国はそのような要求はつっぱね、自分達こそが正当な支配者だと言い切っている。
ロードロックは以前から両国の争いの火種だった。しかし最近は争いも沈静化し、定例のように抗議文を送り合うだけの状態が続いていたのだ。
「両軍が睨み合って、すでに二週間ですか」
ケラマの言葉通り、事の起こりは二週間前だった。
カッサリア帝国と東クロッカ王国が抗議文のやりとりを何度かした後、帝国が演習の名目で軍勢を動かしロードロックの国境付近に布陣した。この動きに王国は即座に対応し、同じく軍勢を演習目的で派遣した。
両国ともあくまで演習目的であるが、両軍は危険であるからと街道を封鎖し、人や物の通行を禁じていた。そのためロードロックからは交易商人の姿が消え、我がカジノダンジョンからも観光客の姿が消えてしまった。
「先に動いたのは帝国だったが、東クロッカ王国の動きも早かったな」
「この地域一帯の価値が上がりましたからね」
「俺たちのせいでな」
ケラマの言葉に俺は笑って付け加えた。
ロードロックには戦乱の歴史があるが、最近は落ち着いていた。理由は採算が合わないからだ。
交易の町として、ロードロックは富を生み出す。だがかかる戦費を考えれば割に合わないと考えられていた。そのため帝国も抗議はすれど本腰ではなかった。
状況を一変させたのが、我がカジノダンジョンだ。これまでになかった商品を次々と生み出し、人と富が渦巻く様になった。おかげでロードロックを含め、この周辺一帯の価値が激増し、カッサリア帝国の野心を刺激したのだ。
「カッサリア帝国がロードロックに手を伸ばしてくるのはわかる。問題は東クロッカ王国の行動だな」
「はい、ロードロックの内部に入らず、街道を封鎖しています。現在ロードロックには三万五千人の住人が避難せずに残っているようですが、両軍がにらみ合っているため、食料や物資が供給されずに干上がりつつあります」
「東クロッカ王国も、ロードロックの味方ではないようだな」
「支配する街を助けるどころか、逆に苦しめるのですから、度し難い者たちでございます」
「連中もここが欲しいんだろ。どいつもこいつも、俺たちに夢中だ」
白い目を向けるケラマに俺は笑っておく。
東クロッカ王国が敵であるカッサリア帝国と協力して、ロードロックの封鎖しているのには理由がある。両者の狙いはロードロックの自治権だ。
ロードロックは戦乱にもまれていた。そのため国家に対する帰属意識は低く、独立の気風が強い。
東クロッカ王国はその辺りのことをよく理解しており、多額の税を納める代わりにロードロックの自治を許していた。しかし東クロッカ王国はもはやロードロックに自治を許すつもりはないらしく、王国に完全に取り込むつもりのようだった。
「干上がったロードロックが東クロッカ王国に泣きつけば、自治権を取り上げる代わりに助ける。逆にロードロックが帝国につけば、裏切り者として処罰し、征服する。といったところか」
「街道を封鎖しているカッサリア帝国も同じ考えのようですね。まずはロードロックの選択肢を奪ったのちに、東クロッカ王国と戦うつもりでしょう」
ケラマが俺の考えを補足する。自治を守り抜きたいロードロックとしては、どちらも選びたくない二択だ。
「転移陣が使えなくなったのが痛いな」
俺はコアに映る映像を切り替え、ダンジョンの内部を映し出した。
我がダンジョンには、複数の転移陣が存在し、いくつかのダンジョンと連結している。一番人通りが多いのが、シルヴァーナの白銀のダンジョンだ。また最近では、行き詰ったダンジョンを再建する名目でダンジョンマスターヨーネのダンジョンとすでに転移陣を設けている。
たとえ街道を封鎖しても、転移陣からの移動は止められないはずだった。だが現在、転移陣を行き交う人の姿はない
「シルヴァーナのダンジョンはカッサリア帝国内部にある。またヨーネのダンジョンは東クロッカ王国の内部にある。両国が国内にあるダンジョンの、転移陣を封鎖するのは予想できた」
俺は人通りの絶えた二つの転移陣を見た。シルヴァーナのダンジョンの内部がどうなっているかはわからないが、ヨーネのダンジョンでは東クロッカ王国の兵士が転移陣を封鎖しているため通行不可能となっている。
両国が転移陣を封鎖することは予想できた。だが我がダンジョンにはこの二つの他にも、攻略された旧グランドエイトのダンジョンが四つ存在する。この四つは他の国々と繋がっているため、こちらからならば移動可能なはずであった。
「それぞれのダンジョンへとつながる道路が土砂崩れで寸断され、橋も爆破され通行不可能となっています。どちらの国がやったのかはわかりませんが、かなり念入りです」
肩にいるケラマが、体をゆするように首を横に振った。
カッサリア帝国と東クロッカ王国のどちらかは、ロードロックを封鎖するため、転移陣で繋がるダンジョンの道路を寸断し、通行不可能にしていた。
「道路の復旧にはまだ時間がかかるようです。その前にロードロックの食料が尽きるでしょう。おそらく持って二週間。そのあとは餓死者が出てくるでしょう」
ケラマの分析に、俺は頷く。
ロードロックは交易の街だ。食料自給率は無いに等しい。俺が手に入れたグランドエイトのダンジョンには、大きな湖があり、食用可能な魚が多く生息している。しかしロードロックの民は魚を全く取らず、素潜りで真珠ばかりを取っていた。農業をする土地もあったが、彼らは全く農作業をしなかった。交易の民であるロードロックの住人は、漁や農業を自分達でするという発想がないらしい。
最近ではようやく漁をする人が出てきたが、ロードロックに残った数万にも及ぶ人々の胃袋は満たせない。我がカジノダンジョンの内部には、いくつかのレストランやカフェが存在する。だがこれらの料理店は良い食材を使っているため値段は高価だ。庶民が毎日食べるには高すぎる。
カジノの景品で簡易食料や缶詰などもあるが、こちらも割高で数も限られている。
このまま放置すればロードロックは詰む。
さて、どうしたものか……。
俺は顎を撫でた。