第十七話 ダンジョンマスターからの手紙
今日の分です
第十七話
「ダンジョンがギルドに依頼をするだと!」
ギルド全体が揺れたのではないかと思うほどの怒声を発したのは、他でもない冒険者ギルドのギルド長で叔父のギランだった。
声が来ることが分かっていたので、耳を塞いでいた俺は、音が収まるのを待って続きを促した。
「どうやらそのようです。昨日の夜、ダンジョンの宿屋に泊まっていたら、スケルトンからギルドに仕事を依頼したいと、手紙を渡されました」
真っ白な、それでいて飾り気のない封筒を差し出す。
貴族が使う物とは少し趣が異なるが、どうやって作られたのか、シミ一つ無い真っ白な封筒だった。
「依頼の手紙を届けるだけで金貨一枚。いろんな意味で断る手はありませんよね」
歴史に残る手紙かもしれないのだ。
「これは、ダンジョンマスターの依頼ということか?」
「おそらくは」
俺は会ったことはないが、ダンジョンの最奥には、ダンジョンコアを守る主がいるらしい。
「ダンジョンマスターに関しては、ギルド長の方が詳しいでしょう。話したことはないので?」
叔父さんは若いころ冒険者で鳴らしており、いくつものダンジョンを攻略した実績を持つ。
その時にダンジョンマスターとも会っているはずだ。
「確かに連中は知性がある。会話も可能だ。だが話すことはまずない」
「そうなんですか?」
「連中からしてみれば城が落ちてすべての兵が殺され、最後に自分一人が残されている状況だからな」
なるほど、土壇場で敵と話す気にもなれないのだろう。
「それに、下手に会話して罠にかけられるかもしれない。相手が何を言ってきてもどうせ殺すんだ。なら問答無用で倒すのがいいんだよ」
確かに、殺す相手と話してもいい気分にはなれないだろう。
「ダンジョンが相手とはいえ、依頼ですのでお渡しします。受取証にサインを」
相手が誰であれ依頼は依頼。金は貰ったのだし、一応ちゃんとしなければいけない。
サインをもらい、手紙を渡す。
手紙を渡した後、俺は出ていかずそのまま待った。どのような形であれ、返事をもらってきてほしいというのも依頼であったからだ。
ギルド長は手紙を受け取ると、封を開けて中を見る。中には折りたたまれた紙が二枚。すぐに読める短いものだった。手紙を見るなり、ギルド長の顔色はさらに赤くなった。
「どうやら、ダンジョンは人手を募集しているみたいですね」
手紙の内容は、一枚目には人を雇いたいので見繕ってほしいという人材派遣の依頼であった。
「中を見たのか?」
場合によっては殺すぞ、と、殺意を込めた目で睨まれる。
「いえいえ、まさかまさか」
手紙を預けられた場合、見ない調べない詮索しないは冒険者の基本だ。
「ただ、相手が相手ですからね、依頼を受ける前に、中がなんなのか尋ねたんですよ」
依頼を受けてから中を尋ねるのは作法に反するが、依頼を受ける前に尋ねるのは反していない。わずかな違いだが大きな違いでもある。
「他言しないことを条件に教えてくれました。危険なことでもないので、引き受けました」
手紙には、ギルドから住み込みで働く人を派遣してほしいと書かれていた。
「全く、一体何をするつもりなんだ」
手紙を机にたたきつけるギルド長に、俺は答える。
「それはまぁ、募集している条件を考えるに、レストランやバーを開くつもりではないでしょうか?」
当然のことを答えると「そんなことは分かっている!」と罵声が投げ返された。
ダンジョンが求める募集条件は簡潔で、年齢や性別は不問。屈強な元冒険者が望ましいとあった。
さらに住み込みで働けて料理に造詣が深く、飲食店で三年以上の実務経験があることと書かれている。
他にもバーテンダーやウエイターなど、料理屋や酒場で働く人材を募集していた。
ずっと準備中の札がかけられてあった、バーやレストランを稼働させるのだろう。
「いくらあのダンジョンに危険がないとはいえ、モンスターが作った料理は食べたくないですからね、人間の料理人やバーテンダーは必要でしょう」
あのダンジョンはある程度信用できるが、それでもモンスターが作った料理、中に何が入っているか気になってしまう。こちらから派遣した料理人であれば、多少は安心だ。
「そもそも、ダンジョンにレストランとバーがあることがおかしいだろうが」
「それを俺に言われても困りますよ」
叔父さんはまだ納得がいっていないらしい。
「ダンジョンとはいえ福利厚生はちゃんとしてますし、いい職場だと思いますよ」
給料も支払われるらしく、料理人には住み込みで月に三十万クロッカを支払うとあり、かなり高給だ。しかも七日に一日は休暇が貰え、勤続年数に応じて昇給制度もあると言うことなので、冒険者をやめて俺が働きたいぐらいだ。
ただし、客とトラブルになった場合にはダンジョン側は一切関与せず、自己責任となっている。ある程度トラブルを対処できる人材を求めており、ギルドに依頼してきたのはそのあたりに理由があるのだろう。
「ギャンブルに風呂に宿泊施設。そしてレストラン。全く、あそこは何をしたいんだ」
「俺たちの居心地を良くしたいとか?」
思いつきを口にすると、また怒鳴られたいのかと睨まれた。
「でも、悪いことばかりじゃないですよね」
俺は二枚目に目を向けた。
二枚目には、ギルドとの取引が書かれてあった。
例の髪油や石鹸を百セット、二百万クロッカでギルドに卸すというのだ。
「百セットも手に入れば、かなり潤うんじゃないですか?」
髪油や石鹸は稀少な限定品となっている。全てギルドが独占しているが数が足りず、新たに注文を受け付けることが出来ない状態だ。
ここでさらに百セット手に入れば、貴族や商人に流すことができ、ギルドの権限はさらに拡大するだろう。権限の拡大は莫大な利益とつながる。
「わかっている!」
ギルド長は苛立たしげに吐き捨てた。危険を承知でも、腕の立つ冒険者を送り込むだけの価値はある。わかっているだけに、ギルド長としては相手の思惑に乗らざるを得ない状況が嫌なのだろう。
「でもこの話、断れば商人たちにもっていくかもしれませんよ」
最初に依頼されたが、商売相手は何もギルドだけじゃない。いまのところダンジョンはギルドの独占状態にあるが、面白く思っていない商人たちもいる。連中に話を持っていかれれば、いい事態にはならない。
「それもわかっている!」
ギルド長は吐き捨てる。
「あいつに頼んでみるか」
ギルド長はつぶやきながら、返事の手紙を書いて俺に託した。
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