第百六十八話
第百六十八話
サイトウは息を整えて拳を構えた。そして口を閉じ、じっと前を見据える。対峙するのは、うねるような黒髪を持つ女だった。ラケージである
ラケージは胴衣にスカートを身につけていたが、体を覆う布の面積は短く半裸とも言える格好だった。緩く構えられた腕は細く、肩は滑らかな曲線を描いている。肌は白磁の様に白く、触れば吸い付きそうな感触が見流だけで想像できた。
胸は衣服に覆われていたが、ラケージの身につける胴衣は小さく、豊かな双丘が顕となり、胸の谷間がくっきりと見ることが出来た。
大きく膨らんだ胸の下には、こちらも顕になったお腹が見えた。ラケージの腰回りには、贅肉によるたるみはない。うっすらと腹筋が浮き上がり、猫科の肉食獣の様なしなやかさが見てとれた。そして腰骨に引っかかるように、スカートが腰の下を覆っている。
ラケージが身につけるスカートは体にぴったりと張り付き、お尻の形がクッキリと浮かび上がっていた。そして短すぎる裾から、太く柔らかそうな太ももが伸びている。ラケージの足は優雅な曲線美を描き、長い足の終点の爪は紅く染められている。
ラケージの肢体からは匂い立つような色気が振りまかれ、雄を誘うフェロモンが幻視できそうなほどであった。しかし対峙するサイトウは、ラケージの体に欲情することはなかった。
波打つ黒髪の下、ラケージの瞳は緩く笑みを浮かべていた。
血を舐めた様に赤い唇がわずかに開き、桃色の舌が芋虫の様に動き自らの唇を舐める。
扇状的な仕草だったが、ラケージの笑みを見てサイトウの背筋が震えた。
あれは獲物を見つけた肉食獣の笑みだった。
サイトウは肌にうっすらと汗が噴き出るのを感じた。直後、ラケージの左肩がわずかに動いた。次の瞬間、ラケージが構えていた左手が消失した。
見える!
サイトウは目に闘気を集中させ、ラケージが放った左拳を見切る。頭を右に振って回避すると、ラケージの拳が耳元を突き抜けていく。その速度はもはや砲弾。空気の層を突き破り逃げ遅れた髪を空中で切り裂く。
左拳を避けられたラケージは、即座に右拳を放つ。初撃を回避したサイトウだが、右拳は回避が間に合わず、左腕を掲げて防御する。ラケージの拳がサイトウの腕に当たると、激痛がサイトウの体を駆け巡った。
ラケージの腕は細くその拳は小さいというのに、まるで鋼鉄のハンマーで殴られたような威力を誇っていた。
防戦一方になれば押し切られるだけだと、サイトウは即座に右拳で反撃しラケージの腹を打った。
ラケージの腰は細い。しかし殴った感触は、まるで分厚いゴムを殴った様だった。腹を見れば攻撃した箇所に闘気が集中されており、的確に威力が殺されていた。
ならば手数だと、サイトウは両手でラケージのボディにパンチのラッシュを浴びせた。
サイトウの連打を受けるラケージの口が歪む。だがそれは苦痛ゆえにではない。
こ、こいつ! 楽しんでいやがる!
腹を何度も打たれてなお、ラケージは笑っていた。まるでちょうどいいと言わんばかりに。
「だったら、これでどうだ!」
サイトウは拳を振りかぶると同時に足に闘気を集中させ、足首、膝、腰、背中、肩、腕とオーラを移動させ、筋力を倍増させていく。そして最後に拳に闘気を集中させ、ラケージの腹を撃ち抜く。
一点に集中したサイトウの闘気は、ラケージの闘気の防御を貫き腹に突き刺さる。
これにはラケージも応えたらしく、体をくの字に曲げて蹲る。
ラケージは俯き悶える。黒い髪を振り乱すラケージを見てサイトウは快感に震えた。
女の柔肌を殴りつけた拳の感触は心地よく、目の前で悶絶する姿はサイトウの気分を高揚させた。
「どうだ、みたか」
サイトウは口の端を歪ませながら、悶えるラケージに歩み寄った。そしてラケージの黒髪を掴んで引っ張り上げた。
苦痛に歪んだ顔を見てやろうと思ったが、黒髪の隙間から見えたのは、快感にとろけた顔だった。
「そう、これよ。これが欲しかったの。でもまだよ、もっと、もっとちょうだい。こうよ」
表情を硬直させるサイトウに対し、ラケージは鼻息荒く恍惚とした顔で語り続ける。そして拳を作るとサイトウの腹に手を添えた。
ラケージの拳はポンと、子供が殴ったような勢いしかなかった。しかし打たれた次の瞬間、サイトウの体にこれまで感じたことのない衝撃が駆け抜けた。
体の中で爆発が起きたような衝撃が走り、サイトウは胃の内容物を全て吐き出し、自らの反吐の中に倒れた。
痛みと酸欠に喘ぎ、息をしようとするも体は吸うことを許さず、内臓すら吐き出そうとしていた。
「こうよ、わかる!」
痛みに悶絶するサイトウをラケージが見下ろして笑う。
「殴った瞬間に、衝撃と闘気を相手の体の内部に送り込むの。こうよ、こう!」
悶絶するサイトウに、ラケージが上気した顔で殴り続ける。
軽く殴られただけなのに、サイトウの腕が内部から骨が砕け、筋肉がちぎれ破壊されていく。
もはやサイトウは戦える状態ではなかったが、興奮するラケージは気づかず、サイトウの四肢を破壊していく。
「……あら、ごめん。もしかして、私やりすぎた?」
興奮が冷めてきたラケージは、舌を出す。
サイトウはその仕草を見る余裕もなく、ただ痛みに耐えるしかなかった。
もう少ししたら、マダラメサイドの話に戻るかも