第十六話 カイトの才能
今日の分です
第十六話
「おい、どういうことだよ!」
広間に怒鳴り声が響いた。見ると一人の冒険者が、ブラックジャック台でディーラーに文句を付けていた。
「出番のようだぜ、警備隊」
「やれやれ、またか」
ダンカンはぼやきながら頬を掻いた。
ギャンブルだし熱くなるのは分かる。スッたらむかつくのもわかる。俺だってスロットで当たり来そうなのに来なかったときは、台を殴りたくなる。極めつけがディーラースケルトンに絡む奴だ。
「こんなのはイカサマだ、金返せ」
冒険者がディーラーに絡むが笑うしかない。ディーラースケルトンは服も着ていない骨だけの姿。カードを隠す場所なんて無い。
何よりここはイカサマをしない。金が目的じゃないからだ。
ハンド・ザ・マネーもそうだが、ここは配当がおかしい。
普通賭博は必ず胴元が勝つようになっているが、ここでは客が勝つようになっている。意図的にそうしているとしか思えない。
大勝ちすることはあまり無いが、こつこつやればかならず少しは勝つようになっている。十枚スロットや百枚スロットは別かも知れないが、馬鹿なかけ方をしない限り儲けることは出来るのだ。
にもかかわらず、くってかかる冒険者は見るに堪えない。
しかしディーラースケルトンも譲らない。回収したコインは消えてしまうし、返還には応じない。逃げも隠れもせず堂々としている。
もちろん、俺たちが作った結界のせいで、逃げることも反撃することも出来ないのだが。
スケルトンが返還に応じないので、最後はおきまりのパターン。冒険者が得物を抜き、スケルトンの頭に振り下ろした。
当然避けることも出来ず、頭蓋骨を砕かれバラバラになる。
「けっ、モンスター風情が」
一撃で倒してスカッとしたのか男は笑っていた。だがそれを見て、俺は正直腹が立った。
隣にいたダンカンも眉をひそめる。
「止めに行けよ、警備隊」
「無茶言うな、冒険者がモンスターを倒したことをとがめることはできない」
確かにそうだ。それに俺もあいつと同罪だ。スケルトン達が配備されたとき、俺たちは調査のために連中を一度全て破壊した前科がある。
とはいえそれでも腹が立った。無惨に壊されたディーラーの残骸を見るとなおさらだ。
もちろんスケルトンは死んでいない。アンデッドの特性として、時間が経てばいずれ復活する。死んでもいないし、怒るのも筋違いだと分かっているがそれでも腹が立った。
「後で話を聞きに行くよ。名前を控えてギルド長に報告だ。あとはギルド長が上手いことやってくれるよ」
ギルド長はこのダンジョンをデリケートな問題と見ている。出来るだけ利益を吸い出しつつも、油断せず刺激もしないように気を使っている。
場合によってはあれが原因で、このダンジョンが人類に牙を剥くかも知れないのだ。
「馬鹿な奴だ、ギルドからここでは暴れないようにって通達あるのに」
ギルド長は冒険者の扱いが厳しいことで有名だ。俺たち全体の利益は守ってくれるが、組織の意に反する者は許さない冷酷さを併せ持つ。ギルド長の忠告を軽く見た、あの男の未来は明るくないだろう。
「馬鹿はほっとくとして、カイト。お前は来月開催のイベントに参加するのか?」
「当然だろ」
来月にはBIGハンド・ザ・マネーというイベントが開催される予定なのだ。
なんでも大会ではクレイハンドの大きさが、通常の倍になるらしかった。
先着五百名限定のイベントで、順番待ちは前日から許されるらしく、おそらく五百人がここに列を作る。メリンダ達は乗り気ではないが、何とか頼み込んで順番待ちをしてくれることになっている。
「お前も参加するのかよ、警備の仕事はどうした」
「休むに決まってるだろ、運よく黒コインが引けたらこんな仕事とおさらばだ」
「叔父さんに言いつけてやる」
「残念だったな、ギルド長もやるらしいぞ」
「それ本当?」
「ああ、本人は来ないが代理にやらせるそうだ。当たりが出たら折半だとよ」
我が叔父ながらひどい話だ。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
スロットが俺を待っている。
ダンカンと軽く挨拶をした後別れてスロットに向かう。いつものように一枚スロットだ。
大当たりとはいわないまでも、ある程度は勝ちたかった。
「どう? 勝ってる?」
しばらくスロットを回していると、湯気を立ち昇らせているメリンダがやってきた。
「ああ、まぁまぁだ。缶詰は手に入りそうだよ」
「ほんと。やった」
メリンダが喜ぶ。
最近カジノの景品が様変わりした。安物の武器や防具が消え、代わりに携帯食料と缶詰が追加されたのだ。
携帯食料はドライフルーツやナッツ類を小麦粉で焼き固めた物で、サクサクしていて口当たりが良くおいしい。味のバリエーションも豊富で色々楽しめる。ここの携帯食を食べると、今までの干し肉と焼き固めたパンの味気ない食事に戻れなくなるぐらいだ。
缶詰という物も追加されたが、これも凄い。どうやっているのか、薄い金属に煮込んだ豆や肉、魚が入っている。
始めは食べられるのか心配だったが、意外においしく、鉄の味がすると言うこともない。やや油がくどいが、保存のためと割り切るべきだろう。
「あったら桃をお願い。桃がいい」
桃の缶詰をねだられる。
特にメリンダ達女性陣は、果物の缶詰に夢中だ。果物を砂糖水でつけ込んだ物で、かなりおいしい。一つにつきコイン三十枚とかなり高額で簡単には手が出せないが、スロットで儲けた分で購入すると、次の日一日中メリンダの機嫌が良くなるので、コインが余ったときは優先して交換するようにしている。
ただしこの商品は街でも人気で、四千クロッカで取引されているらしい。商人たちが買い占めようとしているが、補充される時間が不規則で、運が良ければ手に入る。
「しかしあの缶詰ってすごいよね、冬でも果物を食べられるんだから」
メリンダが果物を口に含んだようにほおを緩ませる。
持ち運びに便利で、季節はずれでも果物が楽しめるのは確かに画期的だ。しかも長期保存できるらしく、表示を信じるなら二年は保つというのだから、保存食としても優秀だろう。
「商人たちが真似しようとしているらしいけれど、作ってくれないかな」
「難しいだろう。薄い鉄を大量に作るのは」
缶詰は薄い鉄板を使用している。手作業で薄くすることもできるが、大量に作るのは無理だ。
「缶詰をそのまま真似るのは無理だと思う。でも似たようなことはできると思う。要は砂糖水や塩水、油で密封してやればいいんだろ。ガラス瓶で代用できるんじゃないかな」
缶詰より重いし割れる危険性もあるが、代用品にはなるだろう。
「今度商人たちに提案してみようかな」
ただし、蓋が問題だ。完全に密封するとなると普通の蓋や栓じゃぁ駄目だ。ひと工夫必要となるだろう。
スロットを回しながら考えていると、ミランダが笑ってこちらを見ていることに気づいた。
「なんだよ」
「別に、ただやっぱりそっちの方に才能あるのかなって思って」
「何がだよ?」
「この前、ギルド長がカイトのこと褒めてたよ」
「叔父さんが?」
ちょっと信じられない。いつも怒鳴られてばかりだ。
「剣の腕は二流だけれど、目端が利くって」
メリンダの言葉に、顔をしかめるしかない。
「それ全然褒めてないよね」
「誉め言葉だと思うわよ、目端が利くって冒険者としては大事だし。それに、一生やる商売でもないでしょ」
確かに、冒険者は長く続ける商売ではない。
誰でも金を稼げる手段だが、その分命懸けだ。ある程度金を貯めれば、別の道を探すのが一般的だ。
「カイトが提案した警備隊の件はうまく行っているんでしょ?」
入り口わきに設置されている警備隊の詰め所を指さす。
「ギルド長も喜んでいるし、商人たちもそれなりに満足。警備の冒険者も楽な仕事が出来たと言っている。あなたの考えで、多くの人が喜んでいる。冒険者よりも向いているんじゃない?」
指摘されて、少し考えてしまう。
「もちろん今すぐじゃなくてもいいけど、ちょっとは考えておいてよね。私も協力するし」
メリンダはそういうと去っていった。
去って行ったメリンダの背中を見て、スロットをやる気にならず、椅子から降りる。
確かに自分は冒険者としての腕は二流だ。素質も高くはないだろう。
警備隊の件はその場の思い付きだったが、実際に実現したのを見ると、なんだか楽しい気分になったのは事実だ。
自分の考えが形になるというのは、なんとも言えない充足感がある。
「ほかの道か………」
冒険者として上を目指すばかりで、そんなことを考えたことはなかった。
しかし、冒険者稼業もずっとは続けていられない。いつかは別の道を探すことになる。
目まぐるしく変わっていくカジノの中で、自分の未来のことを考えた。
最下層 ~モニタールーム~
「よしよし、クレーンゲームもうまく行ったな」
適当に作ったクレーンゲームは思いのほか大盛況で、イベントも打ってみたが、これも大成功だった。
一日前から順番待ちを許可してみたら、五百人が列を作り、丸一日ダンジョンで過ごしてくれた。おかげでポイントは山盛りに入ってくる。
「しかしあのゲームですと、こちらが当たりを操作できず、そこが問題ですね」
ケラマが浮かれる俺に注意を促す。
現在スロットは、こちらである程度操作している。
もちろん負けさせるためではない。逆に勝たせてやっているのだ。
普段は手を出さないのだが、負けが込んでいる客がいれば少し手をくわえ、コインを少し持ち帰らせてやるのだ。
よほどのことがないとやらないが、クレーンゲームはさすがにそう言った小細工が出来ないので、三百人目辺りで大当たりが出た。
「なに、それも想定内さ」
ちゃんと目の前で箱を開けて、三千枚近い硬貨を出してやると、銀貨の山に埋もれた冒険者は、放心して喜び、他の全員からやっかみの目で見られていた。
ただ、途中で当たりが引かれることを予想していたので、二千枚ほど硬貨を残していたので、それを追加して、残りのゲームは消化された。
これからも定期的にあのイベントを打っていこう。
「順調といえば、宿屋の方もいつも満室状態だし、少し数を増やしてもいいかな?」
初めのうちはモンスターに襲われるのではと、扉に自前の閂をつけたり魔術をかけたりする者もいたが、最近は簡単な罠や鳴子、踏めば音がするガラス片などを蒔く程度に落ち着いている。
さすがに冒険者、完全に油断はしないらしい。別にどうでもいいけど。
「スケルトンだが、今日は何体破壊された?」
「今日はまだ破壊されていません。日に日に少なくなってきていますね」
負けた奴が腹いせに、スケルトンを壊していくことがままある。
金がかかっているんだから、ある程度は仕方ない。
しかし最近はディーラーに絡むのを自粛する動きがあるらしく、暴れる客は冒険者達の警備隊がつまみ出してくれる。ありがたいことだ。
「順調順調。問題なしだ」
モンスターを配備しても恐れられず、新しいゲームも好評。宿泊施設も稼働率がよく収益となっている。これは我がダンジョンが受け入れられたと考えていいだろう。
「よし、じゃぁついにあれをやるぞ」
俺は次なる段階へ踏み出すことに決めた。
「本当にやるのですか?」
何度も話し合ったことだが、ケラマはあまり乗り気ではないようだった。
「やはり反対か?」
「いえ、そのようなことは。ただ、前代未聞のこととなるでしょうね」
「先駆者となれるのか、それは名誉なことだ」
「このようなマスターにお仕えできて私は幸せ者ですよ」
皮肉を言うケラマに俺は笑っておく。
「それで、だれに頼むつもりです?」
「すでに決めている。メッセンジャーは最初にこのダンジョンに入り、今も常連として通ってくれる彼らが適任だろう」
モニタールームの画面には、スロットマシンで遊ぶ青年の姿が映し出された。
いつも評価や感想。ブックマークや誤字脱字の指摘ありがとうございます
ロメリア戦記ともどもよろしくお願いします