第百五十九話
第百五十九話
シルヴァーナに捕らえられたサイトウは、激しい拷問にかけられ意識を失った。気が付けばモンスターに担がれ、どこかへ運ばれていた。ここがどこかも分からず、薄目を開けて周囲を見ると、目の前の床には穴があけられていた。
サイトウを肩に担いでいたモンスターが、ごみでも捨てるようにサイトウを穴に放り込む。サイトウは悲鳴を上げ、穴の縁に手を掛けようとした。だが指は全てへし折れ、何も掴む事が出来なかった。
穴の中はきつい坂道になっており、サイトウはゴロゴロと転がり落ちていく。
体をあちこちぶつけ、サイトウはただ痛みを耐えた。
長い坂道がようやく終わり、サイトウはどこかに投げ出された。
拷問された負傷に加え、転がり落ちた痛みからサイトウは動けずその場に蹲り続ける。指一本動かせなかったが、口だけはわずかに動かすことが出来た。
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる」
サイトウは呪詛の様につぶやき続けた。
◆
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体に衝撃が走り、サイトウは目を覚ました。
「おい、邪魔なんだよ、そんなところで寝るな!」
痛みにあえぐサイトウに、罵声が浴びせかけられる。何とか視線を上げると、そこには一人の男が立っていた。禿げ頭に鎧姿の男だ。手には巨大な戦槌を持っている。
「なんだと!」
蹲るサイトウは自分を蹴ったであろう相手をにらみつける。
見たところ人間。モンスターではない。また拷問が開始されたのかと思ったが違った。周囲を見れば拷問が行われた牢屋ではない。それはいいことだが、助かったわけでもないことにサイトウは気付いた。
サイトウが今いる場所は、石畳の広い部屋だった。目の前の男以外にも、武装した男女が十人程部屋に散らばっている。
見上げると天井には穴があった。落とされたことは覚えているので、あそこから落ちてきたのだろう。しかし穴は現在、鉄格子で塞がっており、出入りは出来ない。
他に部屋の外につながっていそうな出入り口が二つ見えたが、頑丈な鉄格子がはまっており、出られそうになかった。
「ここはどこだ、お前達は何者だ!」
「ああ? なんで俺がお前にそんなこと教えてやらなきゃいけねーんだよ。邪魔だからさっさと退け、ガキ」
「なんだと、貴様、この私を誰だと……」
サイトウは怒りが湧きあがり、禿げ頭の男を睨んだ。
殺すかと考えたが、ギリギリの所でサイトウはその殺意を押さえた。
アイテムボックスの中には、まだいくつかの武器やアイテムが残っている。それらを使えば目の前の男を殺すことは出来るだろう。しかし拷問を受けても隠し通したアイテムを、こんな相手を殺すために使うのは馬鹿馬鹿しい。
サイトウは思考を切り替えて、再度周囲を見回した。出口はない。また周囲の作りから、ここがダンジョンである可能性が高かった。ならば脱出のためにアイテムは残しておかねばならない。
それに今、自分が殺意を向けるべきはマダラメ、そして自分を拷問したシルヴァーナとメグワイヤだった。それ以外の雑魚に構っている場合ではない。
広間にいる人間は、サイトウを除いてちょうど十人。男が八人に女が二人だ。全員が剣や槍、杖や鞭などを持ち、鎧を着こんで武装している。どれも使い込まれており、熟練の冒険者であることが見て取れた。
一体何なんだ、ここは?
サイトウはとにかく警戒して周囲を見ていると、全員が同じ方向を見ている。視線の先を見ると、鉄格子がはまった出入り口がある。
何かあるのかと見ていると、突如鐘の音が部屋中に響き渡った、そして鉄格子が上へとゆっくり動き、通路がつながる。
出入り口と思しき場所が出来たが、周囲にいる誰も出入り口には向かわない。むしろ武具を握り締め、身構えて戦闘態勢に入っていることがわかる。
何か来る!
勇者として備わっている感覚が、危険の襲来を告げる。サイトウが身構えると、空いた出入り口から巨大な蟻型のモンスターが、何十匹も這い出て来る。
全身が銀色に光り、まるで金属でできているかのようなモンスターだった。
「けっ、まーた、虫共かよ」
初めて見るモンスターにサイトウが警戒していると、先程サイトウを蹴った禿げ頭の男が唾を吐き、戦槌を振りかぶり蟻型のモンスターに向かって行く。他にも、周りにいた冒険者たちが立ち向かっていく。
その動きは皆際立っており、やはり全員が手練れだ。戦槌や剣、槍に鞭の一撃で、銀色の蟻達は無惨に引き裂かれ、バラバラにされていく。
サイトウが見ていると、熱い炎が頬を打つ。ローブを着込んだ男が、杖から魔法を放っているのだ。
それを見て、サイトウはここが魔法を使える場所なのだと気付いた。
サイトウの体には、拷問で受けた傷が幾つも残っていた。サイトウはすぐに回復魔法を自分に使用して傷を癒す。
白い光が全身を覆い、傷がゆっくりと塞がっていく。
サイトウが傷を癒していると、そこに怒号が飛び込んできた。
「おら、そこ! のろのろ回復してんじゃねーよ! 戦え‼ 新入り、殺すぞ!」
罵倒して来たのは先程の禿げ頭だった。やはり殺すかと怒りがわく。ここは魔法が使えるのなら、隠した武器を使うまでもない。
サイトウは拳に炎を集め魔法を練る。だが禿げ頭に放つ前に、銀色に光る蟻が襲ってきた。
「邪魔だ」
サイトウが手の平から炎を放ち、蟻型のモンスターが炎に包まれる。
次は禿げ頭だと、サイトウがモンスターから視線を切った瞬間だった。
炎を縫って蟻型のモンスターが現れる。その体には傷一つついていない。
「馬鹿な」
サイトウは後ろに飛んでモンスターと距離を取る。
「おいおい、何だお前、回復が専門か? もう少しましな威力の魔法が放てねーのかよ」
「なんだと!」
禿げ頭の蔑みの声に、サイトウはもう一度魔力を練った。
「さっきは雑魚用の弱い魔法を放っただけだ!」
サイトウが魔力を高める。だが魔力が高まり切る前に、モンスターが襲ってくる。その動きは素早い。サイトウが慌てて避けると、大顎が頬をかすめざっくりと斬り裂かれる。
モンスターの素早い攻撃に、サイトウは魔法を中断して後ろに下がる。
「なんだこいつ? 魔力のタメがおせぇ、そのくせ間合いの取り方が甘い。お前ほんとに後衛かよ」
「何を! 俺は後衛なんかじゃない!」
サイトウは禿げ頭の嘲笑に叫び返す。しかしよそ見をしている暇は無かった。蟻の動きは素早く大顎の一撃を安堵も繰り出してくる。距離を取ろうにも離してくれない。
「ええい、仕方ない」
ここで死んでは意味がないと、サイトウはアイテムボックスから隠していた剣を取り出した。拷問されても出さなかった武器の一つだ。
取り出した刃で斬りつける。一刀両断したと思ったが、繰り出した刃は銀色に光る蟻の外骨格にはじき返された。
「なんだと!」
「どうした自称前衛! 手を抜くとは余裕だな!」
禿げ頭がサイトウを笑う。サイトウは歯を噛みしめ、力を剣に込める。体内のマナが闘気となって剣につたわる。そして大上段に一撃をはなつ。
サイトウの放った一撃は、蟻型モンスターの外骨格を切断し、脚の一本を斬り落とす。
「どうだ!」
サイトウは禿げ頭を見返す。そして闘気を剣に込め、止めの一撃を繰り出す。しかし蟻型のモンスターは素早く動き、サイトウの一撃を回避した。
「くそ、ちょこまかと」
サイトウは剣に闘気を込めるが、蟻型モンスターはサイトウの一撃を警戒し、容易に当てられない。
「闘気を込めるのがおせぇんだよ、だがそれ以上に剣技がお粗末すぎる。お前それで前衛って、笑わせるよな」
禿げ頭が失笑する。サイトウは唇を噛んだ。
こんなはずではなかった。ミーオンさえあればと、サイトウは失った神剣がないことを嘆いた。
オリハルコンで出来た剣があれば、魔力の収束を助け、わずかな魔力で高威力の魔法を連射できたのだ。そしてその切れ味は、岩さえも容易く切断し、切れない物はない。軽く振るう一撃で、全てのモンスターを倒すことが出来た。
ミーオンさえあればこんな敵!
サイトウは歯噛みする。剣を構え直したサイトウは、闘気を剣に込めて前に出ようとする。だがその時モンスターの体液に濡れた足場に足を取られ、足が滑る。蟻型モンスターがサイトウにのしかかる。
「うわぁ、間抜け」
禿げ頭は一部始終を見ながらも、サイトウを助けようと動きもしない。
サイトウの視界一杯に、蟻の大顎が広がった。