第百五十三話
第百五十三話
「いらっしゃい」
カンタータが指定された部屋に入ると、部屋では黒髪に赤いドレスの女が椅子に座っていた。テーブルには酒瓶らしきものが置かれており、杯が二つ置かれている。部屋には後は寝台があるだけで、これまで見た部屋と全く同じ造りをしていた。
女以外に生物の気配はない。音や匂いもなく、危険な兆候はなかった。
カンタータが入り口に立って、罠の形跡がないかどうかを確かめていると女が笑った。
「そんなところに突っ立ってないで、座ったら?」
女が椅子を勧めたが、カンタータは首を横に振って断った。座っていると襲われた時に対処が遅れるからだ。
「悪いが少し調べさせてもらう」
カンタータは室内に凶器が隠されていないかを確かめた。女を抱いている時は、最も無防備な瞬間だ。ナイフでブスリと刺されたくはない。
「どうぞご自由に」
女が呆れながら許可を出したので、カンタータは遠慮なく寝台やテーブル。椅子の下なども確かめる。
枕の中や寝具の下も調べたが、武器が隠されてはいなかった。
「どう満足した? 私の身体検査もする?」
呆れる女が投げやりな声で話す。だがその必要はなかった。体の線がはっきりと出るドレスでは武器を隠す余地はどこにもない。もっとも豊かな胸にくびれた腰、ドレスの中にあるものこそが、一番の凶器かもしれなかった。
「まぁいい、リラックスしろって言われても無理よね。一応聞いておくけれど、呑む?」
女がテーブルに置かれた酒瓶を掲げるが、もちろんカンタータは断った。
「なら、私だけでも頂くわね」
女が杯に赤い液体を注ぎ、一口飲む。酒が回ったのか、女の白い肌に赤みが差し、熱い吐息を口から漏らす。
「すぐに始めてもいいんだけれど、少し話しましょうか。あなたもその方がいいでしょ? 私はダリアよ」
「俺はカンタータだ。それで、ここは本当に娼館なのか? お前が俺を襲わないという保証はあるか?」
「ないわね」
ダリアはあっさりと認めた。
「でもそれは地上でも同じでしょ? 女を抱いた後に、見知らぬ男が乗り込んできたり、財布から金を盗まれたことはない?」
「それは確かにその通りだな。人間同士でも騙して殺し合っている」
カンタータは肯定した。油断すれば刺されるのは、地上でも同じだ。なら油断しなければいいだけのことだ。
「では逆に聞くが、俺が君を殺したらどうなる?」
カンタータは剣の柄に手を添えた。
冒険者は暴力が生業だ。欲しいものがあれば、殺してでも奪い取るのが冒険者の流儀といえる。
「どうにもできないわね。私には抵抗する術はない。せいぜい無抵抗な女を殺して平気なの? って言うぐらいかな」
ダリアは笑っていたが、その言葉はなかなか効果があった。少なくともカンタータは、無抵抗な女を斬って平気ではいられない。
「でも私達を殺すと、次はもう誰も相手をしてくれないわよ。あなたを見た瞬間、女たちはみんな逃げる。あなたの仲間も全員同じ。殺してなくても顔を見た瞬間逃げる」
「なるほど、ブラックリストに入るわけね」
カンタータは剣に添えた手を放した。
女たちが危険かどうかは分からない。しかし一人でも殺せば次がなくなる以上、調査の為には今は殺すべきではない。
「ところで、鎧ぐらい脱いだら? こっちが落ち着かないんだけれど」
ダリアが白い目を向ける。
「いや、しかし……」
「信用できないのは分かるけれど、ここまで来たんでしょ? まぁ、下だけ脱いでやるのもいいけれど、それ滑稽よ?」
眉をひそめるダリアに、カンタータも顔をしかめざるを得なかった。
上は重装備なのに下は丸裸。人には絶対に見られたくない格好だ。それにやると決めてここまで来たのだ、覚悟を決めて最後までやるしかない。
カンタータは息を吐くと、鎧を脱いて肌着姿となる。だが剣だけは手元に置いておき、椅子に座る。
「やっぱり貰うよ」
杯を手に取り、手酌で注ごうとしたが、ダリアが先に手に取り注いでくれる。
モンスターが注いでくれた酒を飲むのは勇気がいるが、ここでまごついていては男が廃る。覚悟を決めて口に含んだ。
苦みが口に広がり、嚥下するとアルコールが喉を焼く。
「安物でごめんね」
「いや、美味いよ」
カンタータは一気に飲み干す。杯を置くと酔いが回って来たのか、体が熱くなってきた。胸元を緩めると杯を置いた手に、ダリアの手が添えられる。
絹のように柔らかく、暖かな手触りは心地いい。カンタータがダリアを見ると、ダリアも視線を返す。視線が絡み合い、カンタータは手の感触を楽しんだ。
不意に手が離され、ダリアが立ち上がりカンタータの前に立って背中を見せる。赤いドレスの後ろは大胆に開かれており、うなじから肩甲骨が顕わとなっていた。肩甲骨の下あたりには赤い紐が結ばれている。
「ほどいてくださる?」
「ここを引っ張ればいいのか?」
言われた通りカンタータが引っ張ると、紐は簡単にほどける。そして紐がほどけたように
ダリアを包んでいたドレスもスルスルと脱げていき、一度も引っかかることなく床に落ちた。
ダリアは下着を着けておらず、背中に腰、そして丸く突き出たお尻が顕わとなる。
煽情的な光景だったが、ダリアが肩越しに笑いかけると寝台へと進み、敷布を手に取り体に巻き付け隠してしまう。そしてそのまま寝台に寝転がり、挑発的な目をカンタータに向けた。
いつまでそこでそうしているつもり? ダリアの目が誘っていた。カンタータは挑戦を受け、剣を片手に肌着のボタンをはずしながら寝台に歩み寄る。
「悪いが、これは置かせてもらうぞ」
カンタータは剣を寝台の枕元に立て掛けた。
覚悟は決めたが油断もしない。用心をしておくのに越したことはなかった。
「別にいい、それより、楽しみましょ」
ダリアの腕がカンタータの首に絡みつく。小さな顔が接近し、赤い唇がカンタータの唇に重ねられた。
メリークリスマス
クリスマスに美女を抱くなんて、カンタータはリア充……と思ったけど、娼婦でしかも人間でもないので、リア充でもないよなと気付く