第百五十話
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第百五十話
「今のところ、変わったところはないな」
城塞都市メキシカリの冒険者であるカンタータは、着込んだ鎧や兜を揺らしながら山道を歩いていた。自分の前や後ろには他にも、武装した五人の仲間たちが同じように歩いている。
カンタータは歩きながら額の汗をぬぐった。山道で疲れたのではない。緊張で汗をかいていたのだ。
冒険者ギルドから、カンタータたちはダンジョンの調査を依頼された。ダンジョンの調査自体はよくある依頼だが、危険度が高いことが予想された。ダンジョンに向かう道中も油断できず、たった一時間の山道が長く感じられた
「ギーグ。お前はどうだ? 何か気付いたことはあるか?」
「いつも通りの山道だ。変わったところは何も感じないよ」
先頭を歩く斥候のギーグに尋ねると、革鎧の上にマントを着込んだギーグは視線を前にしたまま返事をした。
「もう少ししたら『熱波のダンジョン』だ。本当にあのダンジョンが変化したのか?」
カンタータの後ろを歩くローブ姿のゲッコーが、魔導士の象徴ともいえる杖で肩を叩き、懐疑的な声を上げる。
「定期的に見回りに行っている、冒険者はそう言っているらしい。だから冒険者ギルドが、俺たちに本格的な調査を依頼してきた」
カンタータは、冒険者ギルドから依頼された内容をそのまま話した。
「あの死神ダンジョンが、今更変化するか……できればガセであってほしいぜ」
大鎧を着こんだゴゴールが、大盾を背負いながら頬を掻く。仲間の言葉に、カンタータも内心同意した。
熱波のダンジョンは、城塞都市メキシカリのほど近くにあるダンジョンだ。
ダンジョンができた頃は、危険だが実入りのいい、歯ごたえのあるダンジョンとして評判が良かった。そのため一獲千金を夢見て、多くの冒険者がメキシカリに集まって来た。しかしある時から、熱波のダンジョンで死亡する冒険者が多くなっていった。
冒険者たちは当初、ライバルが減ったことを喜んでいた。しかし行ったきり帰ってこない冒険者が後を絶たず、いつの頃からか熱波のダンジョンは死神ダンジョンと恐れられるようになった。
そして今では、訪れる者もほとんどいなくなったと言われている。
「改めて確認しておくけれど、熱波のダンジョンは崩壊寸前だったんだよな? 中のモンスターはどうなっていたんだ?」
鎧姿に双剣を腰に差すキケロが尋ねる。
「訪れる者がいなくなってからは、何度かモンスターが外に出ることがあったらしい」
ギルドから教えられた情報を、カンタータが伝える。
ダンジョンを放置すると、中からモンスターが這い出てくることがある。救済教会がダンジョンの駆除を掲げている理由がこれだ。
「冒険者ギルドは定期的に冒険者を派遣して、モンスターの駆除を行っていたらしい。ただ最近では、モンスターも見かけなくなったと言われている」
「モンスターが出なくなるのは、崩壊の兆しですね」
カンタータの説明を聞き、僧服を着込んだロッコが眼鏡を正す。
「ギルドの方も、いずれ熱波のダンジョンは崩壊すると考えていた。あとは誰がダンジョンを攻略するかという話だったらしい。巡回の冒険者も、運が良ければダンジョンを攻略できると喜んでいたそうだよ」
「そこで、ダンジョンが変化したのを発見したと」
ゲッコーが、カンタータが言おうとした続きを言い当てる。
「でもそれ、本当に変化したのか? 崩壊寸前のダンジョンが変化するなんて聞いたことが無いぞ?」
ゲッコーは懐疑的に眉をひそめる。
ダンジョンは、時折その構造を変化させることがある。一説には訪れる者の欲望を食らい、ダンジョンは成長するのだと言われている。この説が事実かどうかは別として、訪れる者が多いダンジョンはよく変化する。逆に訪れる者が少なくなったダンジョンは、あまり変化しない。
「崩壊前に、やせ細ったのを見間違えただけではないか?」
「だといいんだがなぁ」
ゲッコーの楽観的な考えに、カンタータとしても縋り付きたかった。
ダンジョンは崩壊する寸前、急速に縮小することがある。ダンジョンの縮小は、一見すれば変化のように見えなくもない。とはいえ、それはないだろうなとカンタータは嘆息した。
カンタータは一度、縮小したダンジョンを見たことがある。縮小したダンジョンというのは、なんともみじめで、一目で力が無いことが分かるのだ。たとえ新人であっても、見間違えはしないだろう。
「おい、見えて来たぞ。熱波のダンジョンだ」
斥候として先頭を歩くギーグが、顎を前に向ける。すると切り立った山肌が見えてきた。この山肌に洞窟のように開いた穴が、熱波のダンジョンのはずだ……が。
「変化してるよこれ」
カンタータは諦念と共に唸った。
見えてきたのは洞窟に開いた穴ではなく、石で作られた入り口だった。
何もない山の中に、突然石造りの階段が出現していた。五段ほどの階段を登ると、山肌に石材で組まれた神殿のような入り口が、大きく口を開けていた。
ダンジョンの縮小などではない。明らかに変化している。それも以前より規模が大きくなっているようだった。
「確か熱波のダンジョンは、洞窟タイプのダンジョンだよな」
「ああ、そのはずだ。俺が最後に来たときは、洞窟のように穴が掘られたダンジョンだった」
カンタータが確認するように尋ねると、ゴゴールが頷く。
仲間に聞くまでもなく、カンタータは熱波のダンジョンのことをよく知っていた。さびれる前までは、よくこの場所に足を運んでいたからだ。
「熱波のダンジョンは、確か中級の少し手前に分類されていたよな。でもこれは入り口だけ見ても中級の規模だぞ」
カンタータは過去に見た記憶をたどった。
ダンジョンは入り口を見ることで、ある程度の規模を予測することができる。
洞窟タイプの構造を持つダンジョンは小規模のダンジョンに多く、石造りの構造のダンジョンは中規模からだ。
この法則は必ずしも当てはまるわけではなく、大きなダンジョンでも、洞窟タイプの場合もある。しかし弱いダンジョンが中規模の作りをしていることはない。
「おい、これ大丈夫か?」
普段は戦士として威勢のいいキケロが、顔を引きつらせていた。
崩壊寸前だった死神ダンジョンが、中規模のダンジョンに変貌を遂げる。どう考えてもいい予感はしない。ぽっかりと開いた石造り入り口は、地獄の入り口にも見えてくる。
「……行くぞ、準備しよう」
入りたくはないが、カンタータは仲間たちに促した。
自分たちが請け負った仕事は、変化したダンジョンの調査だ。入り口を見ただけで帰るわけにはいかない。
「ギーグが先頭。二番目はゴゴール。俺は三番手。ゲッコーとロッコは俺の後ろから離れるな。最後尾はキケロだ」
カンタータが腰の剣を抜いて指示を出す、仲間たちがいつもの布陣を取る。
斥候のギーグが短剣を抜き、ゴゴールが背負っていた巨大な盾を構える。ゲッコーが杖を軽く振り、ロッコが錫杖の握りを確かめる。キケロが双剣を煌めかせる。
「相手は死神と恐れられた熱波のダンジョンだ。それも変化したてとなれば、何が起きるか分からない。全方位に注意して行け。危険かもしれないが、俺達なら必ずこの仕事を成しえるはずだ」
カンタータは声を張り上げ、仲間たちを鼓舞した。
城塞都市メキシカリの冒険者ギルドでは、カンタータたちは腕利きで通っている。自分達ならば、たとえ死神ダンジョンと恐れられた場所でも、生きて帰ることはできるはずだ。
「行くぞ!」
カンタータは剣を掲げ、変貌を遂げたダンジョンを目指した。
次回、カンタータたちがマダラメのダンジョンの毒牙にかかる!